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第94話 俺の情報は安くない

【俺の情報は安くない】  その日は|首領《ドン》が珍しくアパートの前にやってきて、シドニーの卒業と高校進学祝いだってギフトカードを渡してきた。いつもみたいに現金をポンじゃなかった所にわざわざ用意する手間をかけてくれた優しさを感じる。 「……せっかくなら会って行きますか」 「いや、いい。お前があのガキを|俺たち《マフィア》と関わらせたく無いって思ってる事は分かってンだ」  これは自己満でやってる事だから、受け取ってくれるだけで充分だと言って珍しく頭を撫でられた。ショットを除けば誰かにこんなことされんの、ガキの頃以来だ。 「……礼の手紙くらい、書かせます」 「おう」  それからお前の分だ、と言って追加でもう1枚渡される。 「え?は、いやっ、コレは何祝いですか」 「たまにはテメェにも小遣いをやらんとな」 「いっつも貰いすぎてるくらいですって」  そう言ったのに、首領は優しい目をして「|大事な息子《シュート》が世話になってる礼だ」と呟いた。 「……らしくないっすよ」 「さて、俺ァ忙しいんだ。じゃあな」  釈然としないまま部屋に戻るとシドニーが少し心配そうに待っていた。 「浮かない顔してるね?」 「いや、なんでもないよ。首領がお前に卒業と入学祝いだってさ。夏休みの間にショッピングモールにでも行こうな」 「うん」  お礼の手紙を書いてくれるか?と頼めば快く了承してくれた。  ***  後日、俺はその手紙を渡しに行くついでに、少し前にショットの記憶の再現を録音したボイスレコーダーのコトも思い出したので一緒に持って行くことにした。 「おうどうした」 「首領に渡したいモンがあってさ」 「悪いが今は取り込み中なんだ。俺でよければ聞くが」  いつも面倒を見てくれる首領の部下に手紙とボイスレコーダーを渡せば「こりゃなんだ」と尋ねられた。 「その……アイツ、音に対する記憶力がすごくて」 「はあ?」  どうもこの事は知らなかったらしい。  俺がひととおりの事を説明すると色々納得したように頷かれた。 「……なるほどな、合点がいく出来事がいくつかある」 「それでさ。このボイスレコーダーには、ショットが再現したマウロアの言葉が録音されてんだ」  そう言うとすぐ「俺も聞いていいか?」と尋ねられたから「当たり前だろ」と返した。 「実際、どこまで確かなのかは俺には確認のしようもねぇんだ。でも、あきらかに話し方も声のトーンも普段のアイツとは全く違うから」  俺がそう言ってるのを聞いてんのか聞いてないのか、抑えきれない様子でボイスレコーダーの物理ボタンをカコカコと操作している。 「ああそのファイルであってるよ。それ以外は消しといたから。音量はこのボタンな」  そうして音声が再生され、俺が録音状態にしてから動いた時のガサガサというノイズが聞こえてきて、やがてショットの声が流れた。  再生が終わった。 「……この時、俺は、一緒にいたんだ」 「え、この時って……」 「ロアが『愛してる』って言葉をアイツに教えてやってる時……俺は運転席にいた」  首領の部下は口元を押さえて、とても信じられないような顔をしてそう話す。 「一字一句間違いねえ。これはロアの言葉だ」  それを聞いて嬉しい気持ちになった反面、少し悲しくもなった。俺の想像が当たってたって事は、やっぱりアイツの記憶の中にある"嫌な音"が一生消えないんだって事も確定しちまったからだ。 「……アイツを傷つけるような言葉は、もう口に出来ねえな」 「お前は本当にいつでもシュートの心配ばっかしてんな」 「仕方ねぇだろ」 「……」  笑って返すと、何か言う事を迷ってるような仕草を見せたから気になった。 「なんだよ」 「あー、その……もう付き合い長いんだし、知ってるかもしんねーけど」 「いいよ、言えよ」  そんな気まずそうにされたって、聞かない事には分からない。 「いや、お前は心配性だからむしろ言わねえ方がいいかと思うこともあンだよ」  それだけ言われる方が余計に心配だっての。じっと見つめると肩をすくめて話してくれた。 「ほら、シュートのやつ……たまに呼吸がおかしい時あるだろ」 「え?ああ……たまにな。あんま気にしてなかったけど」  あったって数ヶ月に一度くらいの頻度だが、やけにフスフス言ってたり、寝息に少し|喘鳴《ぜんめい》のような音が混ざってる時がある。初めて見かけた時に大丈夫か?って聞いたけど本人が至ってケロッとしてるから、これは単なる喉風邪かイビキみたいなモンなのかなって最近はずっとスルーしてた。 「え……な、なんか病気なのかっ!?」 「いや違うから落ち着け。俺たちも保護中に気になって一度医者に診せたんだ」  反射的に「ありがとな」と言えばお前に礼を言われる筋合いはねぇって|一蹴《いっしゅう》された。 「結果的に病気の類じゃなかったよ。でも多分だが幼い頃、首の辺りに受けた外傷が原因で喉ってか声帯に機能不全が……発声と呼吸に障害が残ってるみたいなんだと」  幼い頃の、外傷。それを聞いた瞬間に俺は心臓がぎゅっと掴まれるような気持ちがした。 「……」 「……ほらな、そういう顔すると思ったよ」 「これは仕方ねえだろ」  まるで俺が今傷つけられたような顔をしちまった。見られたくなくて横に逸らす。発声にも障害があるってコトは、俺はアイツの掠れた声が好きだけど、本当はもっと違う声だったかもしんねぇって事か。 「今はあの程度だが、時が経つに連れてどんな症状が出るか分からねえ。もしかしたら、そのうち嚥下にも問題が生じるかもって言われてるから」 「……分かった。アイツの異変を見落とさないよう、気をつけとくよ」 「あんま深刻に捉えるなよ。これは単なる可能性の話だし、嚥下力なんて人間生きてりゃ誰しも弱ってくモンだ。念の為に伝えておいただけだからな」  ちょっと咽せて咳き込んだ程度でいちいち大騒ぎするなよ、と釘を刺されて苦笑した。言っとくが、絶対にいちいち大騒ぎする自信がある。 「さて……じゃ、ありがとうな。|コイツ《ボイスレコーダー》はちゃんと首領に届けるよ」 「いいよ、礼を言うのはこっちだ。いっつも世話になってんだ」  首領はいつも俺に"シュートの世話をしてくれてる"って言うけど、俺からしたら世話されてンのは俺たちの方だ。昨日の首領はどことなく覇気が無かったから、コレで少しでも元気が出てくれたらいいなと思った。  ***  アパートに戻る道すがら、たまたまショットと合流したから一緒に帰ることにした。ちょっと待てよ、たまたまなのか? 「……いや、お前って俺の足音が分かるんだっけ?」 「なに」 「俺が歩いてるの、わかる?」 「うん」  じゃあ今も俺が近くを歩いてるなって気付いたから近寄って来たのか。今までもそうだったんだろう。 「お前って、俺のことすっげー好きだよな」 「うん」  なんだこのバカみたいな会話。 「おい、馬鹿共」 「そうだな、今めちゃくちゃバカだった」  頭上から声をかけられて素直に認める。言わずもがな、リディアとオーサーだ。 「こんにちは!ちゃたろー、シュート!」 「おうこんにちは」 「こんにちは」  今日はりんごを売り歩いてるらしい。ひとつ差し出されたので5ドルくれてやった。 「はいおつり!」 「いいよ、チップ。取っとけ」 「ありがとー!」  食うかなと思ってショットに渡してみたら大人しくショリショリ食い始めた。 「で、どうしたんだ?」 「最近どうも不穏な流れがある。気をつけておけ」 「不穏な流れ?」 「確実な情報じゃない。ただ……近々この辺りは間違いなく荒れる。それは確かだ」  荒れる?荒れるって……またストリートキッズ共のチーム間で何かあったんだろうか。そんなフワッとした情報をオーサーが持ってくるのは珍しかった。それに、なんの見返りを求める事もなく。 「結構マジで慌ててる?お前」 「やるべき事が山積みでな。俺の情報は安くはないが、今この程度タダでくれてやっても惜しくないくらいには、ゆくゆくお前に支払ってもらう予定だ」  なんだよそれ、俺に何が支払えるってんだよ。前にも言ったがコイツに出来なくて俺に出来るコトといえば車の運転くらいだってのに。 「あ、おいタネは食うなよ」  目を離してるとりんごの芯もタネもそのまま食いそうな勢いのショットに慌てて手を差し出せばププッと手のひらに吐き出された。 「ぎゃあ!汚ねえなテメ!!」 「じゃあどうさせるつもりでその手を出したんだ」 「わかんねーよ!反射だよ!」 「ちゃたうるさい」  早く帰りたいのか襟首を掴まれて歩き出す。 「ぐっ、だから首の辺りを持つなって!」 「かえる」 「オーサー、忠告ありがとな!」  何をどう警戒すればいいのかは分からないけど、とにかく気を引き締めておこう。 「またねー」 「また夏の間にシドの様子を見に行く」  大量のりんごが入った袋を片手にオーサーを肩車してリディアはまたどこかへ走り去って行った。

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