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第95話 命の代償

【命の代償】  |首領《ドン》の|訃報《ふほう》が入った。  最近の様子や態度から全く予想外の出来事では無かったが、それでも思っていたよりずっと早かった。結局、少し前にシドニーの卒業祝いをしに来てくれた時が直接話せた最後の時間になっちまったんだ。  シドニーからの手紙とあのボイスレコーダーをちゃんと持って行けてよかった。きっと最期に聞いてくれたと思う。  数少ない心を許してる相手である首領の死にショックを受けないか心配だったが、意外にもショットはそれを聞いた時、ケロリとしていた。  多分、事前に首領から何か言われていたんだと思う。関係性の違いもあるのかもしれないが、何をどう上手く伝えればコイツが取り乱さずにいられるんだ?俺は絶対に無理だ。  それから身内だけの葬儀にも参加させてもらった。時代は変わってきているが、首領はマウロアと同じ土葬で隣に並ぶ事を選んだらしい。  最後のお別れを言う時にもショットは大人しく綺麗にエンバーミングされた首領の顔を見つめていた。  とはいえやっぱり調子が良さそうには見えなかったので、棺が閉じられたタイミングで俺たちはその場を後にした。  首領はマウロアの命日の少し前に逝っちまった。 「これからは併せて墓参りする事になるな」 「ん……」  甘えたそうに見えたからベッドに座って「おいで」と言ってみると、ショットは大人しく近寄ってきて俺の伸ばした足の上に頭を預けるようにして寝転がった。疲れた様子で目を閉じているその髪をサラサラと撫でてやる。 「何も心配しなくていい。大丈夫だからな」 「……」  ゴロリと寝転がって腹に顔を押し付けられた。泣いてるわけじゃ無さそうだけど、いろんな事をずっと考えてるように見えた。  オーサーがもうすぐ"荒れる"って言ってたのはこの事も関係あるのかもな。街の治安を担ってるマフィアの首領が倒れたとなれば、何か大きな波が起きても不思議じゃない。  だからってやっぱり、何をどう警戒しておけばいいのかは分からないけど……。 「明日から、出かける時はどこに行くのか、なるべく教えてくれ」 「……」  一応そう伝えておく事だけが、せめて今の俺に出来る事だった。  ***  それから数日後、ロアの命日が来て墓参りに行ったショットは深夜を過ぎても帰って来なかった。 「……ショット、早く帰ってこい」  首領の事もあるし思う所あってひとりになりたいのかもしれないが、どうしようもなく心配で窓から外に向かってポツリと呟いた。胸騒ぎがする。今夜にでも何か起きるんじゃないか……そう考え出すと止まらなかった。  深く眠れないまま窓の外では日が昇り始めて、俺はじっとしていられず体を起こした。今更だけど、やっぱり探しに行こう。 「シド、俺ちょっと出て……」  シドニーの部屋をそっと覗いてそう言いかけた瞬間、どこか遠くで銃声が響いた。それも一発じゃない。何発も。 「……っ!?」  ただの銃声だけじゃなく、何かが爆発するような音まで聞こえて心臓が飛び跳ねる。あきらかに只事じゃない。 「とーちゃんっ!!」 「シド」  怯えたように飛び起きたシドニーに駆け寄ってその体を抱きしめる。 「何?何なの?」 「わからねえ……とにかく逃げられる準備をしよう」 「う、うん」  その時、スラムの方向からスピーカーを通したアナウンスのような音が鳴り響いてきた。反響しまくって聞き取りにくいが、窓から身を乗り出して耳を澄ます。バラックに住む他の住人たちも揃って顔を出し、不安そうな様子でじっとそれを聞いていた。 「なんだって?」 「聞き取れなかった」 「捜査だとか言ってたよ」  そんな声がパラパラと聞こえてくる。するとスピーカーで拡声しながら警察の車両も現れた。 『これより強制捜査を執り行う。抵抗しなければ危害は加えない。大人しく指示に従ってゲート前広場に集合し、取り調べを受けるよう……』 「とーちゃん、何?」 「強制捜査だって」  身辺調査をされれば国へ帰されてしまう不法移民たちは慌てて身を隠すか、早く逃げようと飛び出していく。 「……シド」 「いやだよ!俺、行かないから!!」  ここじゃない別の国のスラムでも同様の"大規模取り締まり"が行われた歴史を俺は知ってる。数百人規模の警察隊に加えて軍までもが派遣されて、大量の逮捕者が出た。  逮捕だけならまだしも、抵抗したり逃げようとしたり巻き込まれたりして出た死傷者も相当な数に上っていたはずだ。 「お前は犯罪歴も無いし、不法移民でもない。いま大人しく言う事を聞いておけば……」 「やだ!そしたら俺、どこかの施設に入れられちゃうもん!2人と離れたくないよ!!」  そんな事わかってる。でも命には代えられないのに。俺はそれ以上強く「行け」と言えず、とにかく窓際を離れた。 「……ショットを探しに行きたいんだ」 「えっ……とと、まだ帰ってないの?」 「ああ」  この街に暮らしてる奴らは「取り調べをして問題なければ解放します」と言われてほいほいついて行けるような身分じゃない人間たちばかりだ。  俺だって、戸籍を調べられると困る。どうすべきか悩んで二の足を踏んでいるとまたどこかで爆発音がした。 「シド、奥の部屋に隠れててくれ。もし警察が入って来ちまったら……その時は絶対に抵抗しちゃダメだからな」 「……うん、わかった」  置いて行くのも不安だが、さすがに連れて行くことは出来ない。一度だけ強くハグをして、俺はアパートを飛び出した。  ***  逃げ惑う人波をかき分けてショットの名前を叫びながらとにかくマウロアの墓場を目指す。首領の家は警察に包囲されてるかもしんねーけど……。 「ショット!!どこだ!!」  近くで銃声が響いて人間が地面に転がるが誰も気にしていられない。 「出て行け!」 「ここは俺たちの街だ!」  そんな声があちこちから上がる。 「ショット!!」  こんな大騒ぎの中じゃさすがに俺の声も届かないだろう。分かってるけど、声を張り上げた。 「……っ!」  その時、道の向こうから数十人の警察隊が押し寄せてくるのが見えた。慌てて引き返そうとしても更に挟み撃ちにされる。 「確保しろ!」 「待て、俺はここに暮らしてるだけだ、犯罪者じゃねえ!!」 「調べればわかる事だ。本当に無実ならすぐに釈放してやる。今連行を拒否すれば公務執行妨害でそれも立派な犯罪だぞ」 「放せ!!」  暴れたらまじで手錠を着けられちまって、他の住人たちと一緒にひとまとめにされる。そこら中から「俺は無関係だ」「ただの一般市民なのに」と騒ぐ声が上がるも、当然ながら効果は全くない。  警察隊が捕らえた住人たちを誘導して連れて行こうとしているが、酷い混乱で統率が取れていない事だけが救いだ。なんとか抜け出す方法を考えねえと。  ゲート前に連れて来られて護送車に詰め込まれる列に並ばされたその時、見覚えのある身なりの綺麗なガキが人ゴミの間を縫って現れた。 「お困りか?」 「オーサー!」

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