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第96話 命の代償 2

【命の代償 2】 「何やってんだよ!」 「少なくとも日課の散歩じゃない」 「リディアは?」 「待機させてある」  見るからにスラムの人間じゃなさそうだからか、オーサーは捕まらずに自由の身みたいだ。だからってこんな時にこんな場所でウロウロしてる妙に身なりの良いガキ、どう考えても普通じゃねえだろう。 「……お困りだよ、助けてくれんのか?」 「まあ俺はどっちでもいいんだ。お前たちが捕まろうが捕まるまいがな」  ここに現れた時点で絶対そんな事思ってねえくせに。俺たちが捕まってここに連れて来られたら、逃がしてくれるつもりで待機してたんだろ。  素直じゃねえトコは相変わらずだな。ストレートに助けに来るのがガラじゃないからって、どうせ俺から「何が条件だよ」と言わせたいだけなんだ。 「ただ、シドの事だけはお前関係なく助けてやる」 「はいはい」  オーサーがチラリと視線を投げた方向を見ると、近くの建物の上で身を隠しているリディアがいた。俺の視線に気が付いてヒラヒラと振るその両手には何やらゴツいグローブが嵌められていて、いつも以上に攻撃力が高そうに見える。 「大人しく捕まっておいた方が安全ではあるぞ、別のスラムで同規模の取り締まりが行われた時には銃撃戦が激化し、何十人もの死者と何百もの怪我人が出たケースもある」 「知ってるよ。でも俺だってこのまま身辺を調べられンのは困る。分かってんだろ」 「ところであのクズはどうした。一緒じゃないのか」 「昨日の夜から帰ってねえんだよ……探しに出て捕まっちまったんだ」  世話の焼けるヤツだな、と呟いてオーサーは辺りを見回した。警察はいるが、あまりの混雑に未だ統率は取れていない。 「まだまだパニックは拡大しそうだ。適当にタイミングを見てさっさと連れ出す」 「大した金は払えねぇけど……」 「それはいい。それより俺が欲しいのは情報だ」  またソレかよ。 「でも俺が持ってるモンでそんな価値のある情報なんか……」 「この街を仕切るマフィア共の首領……その私的武器庫の入り口の場所と鍵の在り処を、お前は知ってるな」  なんでその存在を知ってんだよと言いたくなるが、まあマフィアなんだから武器庫がある事くらいは想像がつくか。それにしても、お目当てのモンがそこにあると分かった上で聞いているような口ぶりだ。 「お前なら買えるモンなんじゃねえのか」 「いくら金を積んでも手に入らないモノはこの世にいくらでもある。30を過ぎてそんな事も知らないのか?」 「うっせーよ」  情報は力……オーサーがいつか言ってた言葉だ。首領もそれを分かってて、俺とショットにそれを与えてくれたんだろう。それも、|俺《場所》と|ショット《鍵》が二人揃って初めて意味を持つ形で。  今思えば、首領はあの時点で自分がもう長くないことを知っていたんだ。俺は何も聞かされなかったが、あの日、首領と話した後のショットが妙に甘えたがった理由もそれだろう。 「その情報が欲しけりゃ、俺とショットを無事に生き残らせる必要がある」 「ああ、成功報酬でいい。無事に危機を全て乗り越えたらな」  このツンデレ野郎にはこれで、仕方なく俺とショットをどうしても助けなければならない大義名分が出来上がったってワケだ。  ***  近くで騒ぎが起きて列が乱れたタイミングで俺たちは人波に乗ってゲート前から離れた。手首には手錠が嵌まったままだが、鎖だけはリディアが引きちぎってくれた。  "大規模取り締まり"というよりは、もはや粛清って感じだ。あちこちが崩れ、火が上がり、大混乱に陥って人が縦横無尽に駆け回るバラック群をリディアの先導でなんとか駆け抜けてアパートへ戻って来ると近くの軒下にシドニーは身を隠してた。  俺がアパートの外階段を駆け上がろうとしたら「とーちゃん!こっち!!」と呼ばれて振り返る。 「シド!よかった怪我はないか!?」 「俺は大丈夫!でもととが……っ」  駆け寄ってきたシドニーを抱きしめて確認しようとすると手を引いて崩れてるガレキの山の方へ連れて行かれた。 「ショット!!」 「……ちゃ、た」  うつ伏せで崩れた壁や柱の下敷きになってるショットを見つけてすぐに駆け寄ると一応意識はあるみたいで、弱々しい返事が返ってきた。 「すぐ近くに爆弾が落ちたみたいな音がしたから俺、怖くなって、慌てて……外に出ちゃって……そしたら、ぜんぶ崩れてきて……」  そうか、ひとりにさせてごめんな、ともう一度強くシドニーを抱きしめる。 「危ないから離れててくれ」 「うん……ごめん、ごめんね」  まだ動揺している様子のシドニーにオーサーが近寄ってきて、その手を引いて離れてくれた。 「ショット、しっかりしろ」 「ちゃた……足うごかない」 「リディア、これどかせるか?」 「うん、できるよぉ」  振り返って頼むとリディアが積み重なってる資材を簡単に持ち上げてくれて、俺はショットをその下から引き摺り出す事が出来た。  とにかくアパートの1階の潰れたコインランドリーにショットを運び込む。表からは悲鳴や怒声に混じって銃声や破裂音も聞こえてきて、すかさずオーサーとリディアが背後で入り口の扉を閉めて警戒してくれる。 「おい、|あのガラクタ《壊れた洗濯機》をここに積み上げろ」 「はい兄さん!」  ガタガタとバリケードを作ってくれてる音を聞きながら俺はショットが足以外に大きな怪我をしてないか確かめた。 「とと、ごめん……」 「ケガなかったらいい」 「ショット、足の傷を確認するぞ」  ズボンをナイフで切り裂いて服の裾で血を拭うと右足のアキレス腱の辺りにガラス片が深々と突き刺さってた。左足もパックリ開いた切り傷だらけで、運悪くただの瓦礫じゃなくて窓ガラスの下敷きにでもなっちまったみたいだ。 「じっとしてろよ」  まだここが暮らしてるアパートでよかった。俺は急いでリディアに扉を少し開けてもらうと部屋から救急箱を抱えて戻り、ショットの足を止血してから突き刺さってるガラス片を引き抜いて消毒をした。 「う……っ、いた……」 「こら動くな」  血が足りなくて暴れる元気もないのか、弱々しい抵抗を押さえつけて応急処置を進める。 「クソ、見てるこっちが貧血になりそうだ」  あまりに痛々しい傷にクラクラしながらもなんとか止血をしてふうと息を|吐《つ》く。いつかもこんな風に、足に大ケガをして帰ってきたショットの治療をしてやったコトがあったよな。 「ちゃた……ちゃたは、いたいこと、ない……?」 「ああ、俺はどこもケガしてねえよ」  あの頃はコイツもまだまだ粗雑さが抜けなくて、ちょっと押し退ける程度のコトでいちいち痛い思いをさせられたモンだ。いつの間にこんなにしっかりしてたんだろうな。 「とと、俺のせいで……」 「守るべきものが出来ると人は弱くなるというのは本当だな」  オーサーは"あの"ショットのこんな姿を見て、嫌味ではなくただ本心からそう漏らしたようだった。 「強くある必要なんかない。お前のことは絶対に俺が守るから、何も心配するな」  力が入らないショットの頭を抱きしめると小さく名前を呼ばれる。 「それに……シドを守ってくれた。それで充分だよ。なあショット、本当にありがとう」 「……うん」  表の騒々しさはどんどん激しさを増している。ずっとここにはいられない。 「火事も広がってる。警察も踏み込んでくるだろうし、どこかに移動するべきだよな……でも、安全な場所なんか……」  守る、なんてデカいコトを言ったものの無闇に強がったって仕方がない。正直に言えば何の作戦も無く俺一人の力で負傷してるショットを守り切れる自信なんて当然ないし、オーサーも警察相手に戦いたくはないと言う。  それでもなんとかするしか無い。いざとなれば、今度こそ引き鉄だって引いてやる。リドルから受け継いだコンバットマグナムを腰から抜いて「|お前の銃《デザートイーグル》、預かるぞ」とショットの腰からホルスターを外す。  アサルトライフルは荷物になるから壁際に置く。失くなっちまったらごめんな、と言えば首を振るのが分かった。  首領の家に避難しに行くか……いや、でもマフィアたちこそ今回警察が一番に狙っている組織なんだろう。俺がショットのホルスターを自分に付け替えながら必死で悩んでるとショットの状態を確認していたオーサーが「お前はごちゃごちゃ考えなくていいからついて来い。頭脳担当は俺だ。安全な場所を用意してある」と涼しい顔で言って歩き出した。

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