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家族編 第3話 愛を伝えられること
【愛を伝えられること】
◆本編58『おれにあいをくれるひと』後日
買い出しに向かう途中、スラムにあるビルの壁面に表示されている日付を見てふとバレンタインだと気が付いた。
「……」
らしくもないが、なんとなく花屋でバラの花を手に取る。これがどういう意味なのか、アイツには分からなくていい。わざわざ説明する気もない。
それから、アイツが首領たちに渡す分もついでに見繕っておいた。マウロアの墓に持って行く用も。月命日じゃねえけど、こんくらいの立ち入りは構わねぇだろ。
買った食材で潰しちまわないよう気をつけながら花を持って帰ってきて、ふうと息をつく。ショットはどっか行ってるみたいだ。
少し前、俺と話すのが楽しくて、明日が来るのが楽しみで、それが嬉しいって言ってキスされた。アイツはただ素直な気持ちをそのまま伝えてるだけなんだろうけど、俺にとっては一世一代の大告白でもされたような気分だった。
だからこれは、その返事ってわけじゃねえけど……。
***
シドニーは帰ってくるなり机の上のグラスに刺さったバラに気がついてニコニコしてた。
「今日はバレンタインだもんね!」
「冷やかすなよ」
照れくさくてキッチンに逃げる。やっぱらしくない事なんかするモンじゃねーな。
「とと、早く帰ってきたらいいのに」
「どうだかな」
寒い時期はアイツで暖を取ってるから、帰ってきてくれないとちょっと寝にくい。
「窓から呼んでみたら?」
「うーん、あんま俺だけの都合でショットの行動を変えさせたくねえんだよな」
そりゃ家族なんだし、全くお互いに影響を与えないなんて事はありえないけど。
「ととはとーちゃんに呼ばれて嫌な気持ちにならないと思うよ?」
「そういう問題じゃねーんだ」
難しいよな、と笑えばシドニーは唇を尖らせた。
晩メシを食い終わってシャワーでも浴びようかなってタイミングでショットが帰ってきたから、顔だけ覗かせてハラ減ってるか尋ねると当然のような顔をして脱衣所に一緒に入って来やがった。
「ん?なんだよお前もシャワーすんの?」
「……」
まあいいか。せっかくだし、たまには洗ってやろう。ショットがモタモタとホルスターを外して服を脱いでる間に自分の洗髪と洗顔を済ませておく。
「ほら頭洗ってやるからしゃがめ」
「ん」
後ろから伸ばしっぱなしのブロンドに指を通す。そろそろ切らなきゃなと思いつつ、変にしちまうのが怖くてなかなか手が出せない。普段は|首領《ドン》のトコでこういうのが得意なやつに切ってもらってるから、また連れて行こう。
俺自身の髪はどうせ短くてよく分かんねーから、いっつも適当にザクザク切ってて、そのノリで一度ショットのを切ったら完全におかしな事になっちまって、シドニーが爆笑してたのが忘れられない。
ショットは何も気にしてなかったけど、ある程度伸びて馴染んでくるまで責任を感じたモンだ。俺は細かい作業が得意だと自負してるけど、美的センスってのは別なんだな。
シャワーを終えて、シドニーに使わせてやるために脱衣所をさっさと出る。リビングでショットの髪を拭いてやってると、机の上のバラに気がついたらしくじっと見つめてるから「トゲに気をつけてな」と手に持たせたら反射的にそれをパクリと口に入れちまった。
「うわぁ待て待て!食いモンじゃねーんだ!」
「なに」
いや、バラは食っても大丈夫なんだったか?とはいえ少なくともコレは食用バラじゃない。口に指を突っ込んで回収しようとしたけどもう無かった。
「おいもう飲んじまったのか?」
「んん」
「こら」
指を甘噛みして吸われたから舌のピアスを引っ張る。
「んえー」
「ったく……まあいいや。こっちは食うなよ」
さっきのは俺からショットへ贈ったバラだから、まあ別に好きにすりゃいい。しおれないようにキッチンの方で水に浸けておいた別の2本をバケツごと持って来て見せた。
「これがマウロアの分で、こっちが首領の分な」
「なんで」
「今日は大切な人にいつもありがとうって伝える日なんだ」
もう今日は遅いから明日になっちまうけど……。
「世話になってんだから、たまにはありがとうってファミリーの皆に言って来い。あ、ついでに髪切ってって頼んで来い」
「……」
よく分かってなさそうだけど、とりあえず明日もう一回説明すりゃいいや。
翌日、2本のバラを持たせて首領のトコに送り出したショットが持って行った分を遥かに超える量の手土産を持って帰って来たので、首領は無事に喜んでくれたみたいだなと笑った。
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