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家族編 第6話 なにそれ
【なにそれ "Shoot the Chute"】
◆本編93『あの人、会話できるんだ』後日
俺は今、太陽が容赦なく照りつける道を歩いてスラムにある駅に向かっている。汗が垂れるくらい暑いけど、嫌な気分じゃない。今日から夏休みの間、シドニーが帰ってくるから。
これからしばらくずっと一緒に過ごせるんだ。俺は嬉しい気持ちが抑えきれず、半分小走りになってた。
「シド!おかえり!」
「父さん!ただいま!」
それはシドニーも同じだったようで、改札を出るや否や荷物を足元に投げ出して飛びついてくれた。
「年明け以来だな、寂しかったよ」
「ほんと?ととと二人きりでずーっとイチャイチャしてたんじゃないの」
「まあそれも違うとは言えねーけどさ」
それとこれとは別問題だろ。
アパートに戻ってくると入り口の前でショットが待ってた。フラフラと手を振るから俺たちも大きく振り返す。
「とと!」
「シド」
ハグしてる二人に更に抱きついて、三人でぎゅうぎゅうとくっついた。
「えへへ」
「シドおかえり」
「ただいま、とと」
そんな二人の会話を感慨深く聞く。
「今日はオーサーたちも誘ったんだけど、用事があるんだってさ。でもこの夏休みの間に皆でご飯しような」
「うん!」
今日のトコロは家族水入らずってやつだ。それも悪くない。
***
俺が左の前腕を失ってからショットがメインでメシを作ってくれる事が増えた。今日も自主的にキッチンに立ってくれてるから、俺は皿の用意をしたりグラスを出したりして手伝う。
こういう何気ない時間が幸せだなあ……って感じたりして、気恥ずかしくて少し笑った。
「ねえ父さん、コレお土産あげる」
「お?なんだ?」
ゴソゴソと荷物の整理をしてたシドニーが嬉しそうに何かを差し出してきたから反射的に手を出すと乗せてくれた。
「なんだ……|Key Chain《キーホルダー》?」
手の上のソレに目をやると"|Shoot the Chute《ウォータースライダー》"と書かれていた。
「うお、コレ最高だな」
「でしょ!学校の友達が誘ってくれてさ、夏休み直前の週末にちょっと大きいプール行ってきたんだ」
「嬉しいよ、ありがとう」
なあ見てみろよ、とキッチンに入るとショットがリンゴを齧りながら料理してた。
「ん」
差し出されたから俺も一口齧った。
「なあこれ」
「なに」
キーホルダーを見せてみるとまじまじと見つめて「なにそれ」と首を傾げる。
「シドニーがくれたんだ。"Shoot the Chute"だって……はは、カンペキお前じゃん」
多分何のコトか分かってないだろうけど、笑うと反射的にキスされて抱きしめられた。コイツまじ、俺が笑うとくっついてくるのクセだな。
「ありがとうシドニー、俺にピッタリだよ。財布に付けとく」
「どういたしまして!」
さっそく財布につけて喜んでるとショットが「おれもちゃたほしい」と呟いた。
「えっ、難しいコト言うな……こういう感じで"茶太郎"に値するようなグッズは無いと思うぞ」
そう言うとシドニーは机に頬杖をついて少し悩むような声を漏らした。
「んー、チャタじゃないけど、チュータってキャラクターなら、街にあるアジアンストアで見かけたんだけどね」
それを聞いて思わず笑った。"チュータ"か、なかなか良い名前じゃねえか。
「もし"Chuto"って書くなら、チュータは"手や足を失った"って意味の言葉なんだ。まさに俺だな」
そう言いながら、ショットの勉強用の紙に俺は"Chuto"と書く。シドニーは俺の手元を覗き込んできて「へえ」と目を丸くした。
「ととの"|Chute《シュート》"とスペルがほとんど同じだね」
「そうだろ?いいじゃねえかよ、チュータ。また見かけたら買ってきてやってくれよ」
「ええ?あんまり可愛くなかったよ。なんかネズミだった」
「なおさらピッタリじゃねーか。可愛いのは似合わねえよ」
俺を動物で例えるならネズミっていうかサルの方が近い気はするけど。
シドは犬っぽいし、ショットは猫科だよな、なんて話をして盛り上がってると良い匂いが漂ってきた。
「もうごはんする」
「え!ととひとりでご飯の準備全部できるようになったの!?」
そうだぜ、すごいだろ、となぜか俺が胸を張る。なんで父さんが自慢げなのさ、と笑われた。
「俺、荷物片付けてくる!」
「ああ、メシにしよう」
まだカバンの中は整理しきれてなさそうだったけど、とりあえず抱え込んでシドニーは部屋へそれらを放り込みに行った。
その背中を見送りながら、メシを運ぶのを手伝おうとキッチンに行くとぼーっと立ってるショットがいたから、礼を言って頬にキスをした。
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