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家族編 第11話 まるで野生動物の生態観察だ
【まるで野生動物の生態観察だ】
◆シュートと茶太郎の出会いの直後
◆家族編02『お前もちゃたって呼ぶだろ』後日
最近、シュートに妙な男が付き纏うようになった。もちろん俺はすぐ蹴散らそうとしたんだが、|首領《ドン》の指示によって経過観察中だ。
まあ俺が手を下すまでもなく、どうせすぐ逃げ出すかシュートに追っ払われるに違いないと思っていたのに、気がつけば2週間が経っちまった。
「よお|BB《バイロン》、調べてきたぜ」
「ああなんだって?」
奴の身辺調査の報告書が上がってきたので目を通す。
――山代 茶太郎。25歳。犯罪歴なし。会社員。
報道関係者でも、探偵でも、警察関係者でもない。本当にただの一般人。
「……なんなんだ、アイツは」
「はは、気に食わなくて仕方ないって感じだな」
「そりゃそうだろ」
大体、なんで首領も野放しにしておくんだ。もし何か企んでやがったらどうする。むしろ、なんの企みもなくなんでアイツに付き纏う必要がある?
もし何かしでかしそうなら"始末"しろとは言われてるが……何かあってからじゃ遅いだろう。
俺がグチグチ言ってると首領は「もし本当にアイツの友人になってくれるなら、そんなに嬉しい話は無いじゃねえか」と呑気に言う。
「このまま弱っていくばっかかと思ってたからな」
今のシュートには生きる気力があんま無いみたいで、俺たちが世話を焼いてるものの、このままの状態が続けば長くても2年くらいでくたばっちまいそうだな……なんて心配してた矢先の出来事だった。だから首領の言う事もわかる。
「……そうですけど」
確かにそれがロアにとっても一番の望みだとは思う。悔しいが、俺じゃアイツの友人にはなってやれなかった。でもどうしても心配が先に立つ。
「何かしでかすどころか、ずっと甲斐甲斐しく面倒見てやってくれてんだろ」
「はあ、そうみたいです。なんでだかサッパリ」
裏があるに違いねえ。尻尾を出したら速攻でこの街から追い出してやる。そう思ってるのに。
「そろそろ|お前の仕事《シュートの世話係》も、ようやくお役御免かもしれねえな。そン時はまた俺の付き人に戻ってくれよ」
「そっちの役は今も降りたつもりはありませんよ」
それにしても、こんな風にコソコソとシュートの日常を見張って調べて定期的に様子を確認して……まるで野生動物の生態観察みてぇだ。そう、例えば怪我を負った虎を保護して自然に返した後、無事に野生の生活に戻れるか見守っているかのような。
そしたら野生に戻るどころか、妙な子猿がくっついて来ちまったんだから困惑もするさ。あんなただの一般人、もし本気でシュートに危害を加えるつもりが無かったとしても……逆にシュートが間違って気まぐれに毛繕いでもしてやろうモンなら首の骨が折れて死んじまうんじゃねえか。
そうボヤけば首領は愉快そうに肩を揺らして笑った。
「まあ、俺たちも子離れしなきゃなんねぇってコトだ」
「……そりゃ難しいですね。あんな手のかかるやつ、俺はきっと一生気にかけますよ」
でもそれは首領も同じだと思う。顧問弁護士に預けている遺言書にシュートの世話について事細かに言及してる事を俺は知ってンだ。
***
アイツらはそんな俺の心配なんか知る由もなく、冬を越えて春が来ても一緒にいるみたいだった。更に"ショット"なんていう間抜けなあだ名までつけやがって。気に食わねえ。なんでシュートはそれを平然と受け入れてるんだ。
「アイツら、そのうち本格的に寝床を探すかもしれねえな。いくつか街ン中の良さげな物件に電気と水を通しておけ」
「それ、本気で言われてます?」
「当然だろ。無事にどこか気に入った巣穴を見つけて住み着いたら、他は破棄していい」
「はあ……わかりましたよ……」
その頃、観察を重ねるほどに山代 茶太郎ってヤツは本当にただただ面倒見が良いだけの変な奴なんだって事が分かってきた。
「だからなんなんだよ、アイツは!」
なんで都会に帰らない?気になりすぎて更に身辺調査の範囲をその家庭にまで広げちまったが、父親は他界済みだが、家族仲も良好で帰らない理由が見つからず、謎は深まるばかりだった。
どうも今じゃシュートは"ちゃた"に心底懐いてるらしいし、俺たちから下手に接触して、その経歴を嗅ぎ回ってたことに機嫌を損ねられちゃ困る。
「だから一回連れて来いっつってんだろ!その"ちゃた"とやらをよ!!」
「わすれた」
コイツなりに茶太郎を俺たちに会わせる事に対する抵抗があるのか、本気で忘れてんのか……ロアの月命日に顔を出す度に連れて来いっつってんのに、全く言う事を聞いてくれねえ。
まあ多分本当に忘れてんだろう。こんな上手く嘘が|吐《つ》ける脳なんか、絶対に無いと言い切れる。
「俺たちの事は話してんのか?」
「……」
「なあ、おい」
シュートの頭ン中は墓参りのことでいっぱいらしい。まあ、まだしばらくはその日を生きる以上の余裕なんか無いのかもな。
「はあ……金は足りてるか?」
「……」
「とりあえずポケット入れとくぞ。まあ……茶太郎が適当に上手く使ってくれるだろ」
茶太郎を|訝《いぶか》しみながらも、少しずつ信用し始めている自分自身がいた。
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