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家族編 第12話 並んで座る方が好きなんだな
【並んで座る方が好きなんだな】
◆本編78『家族と離れて暮らすこと』後日
――時々、本当に寂しがってるのはいつも俺の方で、ショットはそんな俺を心配して隣に来てくれてるんじゃないか……なんて考える時がある。
「……」
シドニーが高校に入学して家を出ちまってから、ショットが出かけている間にする事がなくてついボーッと窓の外を眺めちまう時間が増えた。
二人で暮らしてた頃、アイツが出かけてる間の俺は何をしてたんだったかな。もう少し片腕での生活に慣れたら、またアルバイトでも探してみようかな。
まあ毎日なんだかんだショットの世話で忙しいから、アイツがいない時間くらい家でゆっくりしてたっていいんだけどさ。
それをショットに言えば、俺の相手しろって言われそうな気がしてくつくつと笑う。
「あー……」
まじでヤバいよな、離れてる時も気が付けばこうしてアイツの事ばっか考えて。
「ま、別にいいか、それも」
それはそれで幸せだよな、とも思う。もしも頭ン中を誰かに覗かれるとしたら羞恥で爆発しそうだけど、俺の頭の中にずーっとショットが居座ってる事、悪くないなって思っちまってるから。
今夜、アイツが帰ってきたら久しぶりに俺から"誘って"みようか。喜んでくれるかな。それとも腕の心配をされるかな。
――早く帰って来い。会いたいんだ。
なんて、ここから言えば本当に聞こえちまって飛んで帰って来かねないから言葉を飲み込む。いつかもシドニーに言ったように、俺だけの都合でアイツの行動を制限したくはないんだ。
「……よし」
あくまで"用法用量を守った範囲内"で、興奮剤になりそうなスパイスを盛り込んだ特製スープでも作ってやろうかと考えて、俺は自分のイカれた行動に笑いながらまじでスパイス棚を漁り始めた。
***
気が付いたらテーブルに突っ伏して眠っちまってたみたいで、頬に触れられる感覚で目を覚ました。
「……ん、あ……ショット?おかえり」
「ただいま」
「んん」
ちゅ、ちゅとキスされて、まるで付き合いたての若いラブラブカップルにでもなったような気分になる。
「ハラ減ってる?メシ作ったよ」
質問してるっつーのにそのままベロベロ瞼と額を舐められた。こういう時はとりあえず満足するまで好きなようにさせるしかない。
「あのさ、今日の夜……」
「ん」
喋ると舌が口の中に入ってきたから甘噛みしてやった。
「あのな」
「んー」
ちょっと押してみても全く引く気なく、口がくっついたままの状態で話を聞こうとするから「お前って距離感どうなってんの?」とさすがにツッコんだ。
「あれ……ショット?」
舐められて濡れた顔にフンフンとショットの鼻息が当たる。その呼吸が早いような気がして一瞬ドキッとした。
「ショット」
「なに」
咄嗟にパッとその手を掴んでついジッと見つめてしまう。いつだって不安そうな顔は見せないようにしようと思ってるのに。しばらく観察してみてもその呼吸音には何の異変もない。俺の気にしすぎだったみたいだ。
「……いや、なんでもない」
こんなんじゃまた|BB《バイロン》に笑われちまうな。それでも俺の過保護グセは一生モンなんだよ。
「ビックリさせてごめんな。よし、メシ食おうか」
「ん」
そうそう、せっかく"特製"スープを作ったんだし、何事もなかったんだからさっさと気分を切り替えよう。
スープとパンを用意してテーブルに置く。なんとなく思いついて「あ、お前そっちに座る?」と向かいのイスを指差してみた。
「……」
「ほら、シドが来るまではそっちが定位置だったじゃん」
どっちでもいいけど、と言うとじっと見つめられた。この表情はどっちだ。なんとなく寂しそうに見えなくもない、かな。
「えーと……俺は、隣にいてくれると嬉しいな」
「うん」
そう言うとやたら嬉しそうに俺の横のイスに座りに来た。嘘じゃない。隣に座ってくれたら、こぼした時も汚した時も拾いやすいし、口も手も拭いてやりやすいし。
でも向かい合わせに座ってた頃の事も懐かしく思わなくもないんだ。今じゃ横並びでメシを食うのが当たり前になっちまって、モノを食ってるコイツの顔を正面からずっと見てないなと思って。
何年か前にリディアとショットが並んで座ってメシ食ってるのを眺めてたのが最後かも。その時だって、なんかこういうアングルでショットが俺のメシ食ってるの見ンの結構久しぶりだなって感じたし。
「お前は俺と並んで座る方が好きなの?」
「ちゃたちかいの、うれしいから」
「そうか」
コイツの知覚は目より耳だし、前か横かというより、距離の方が重要なのかもしれない。
「水でいいか?」
「てつだう」
「ありがとな、じゃあまずコレと……」
キッチンに入って、後をついてきたショットにコップを手渡す。他にもいくつかそんなやりとりをして不意に振り返ると、突然ガバッと覆い被さるように抱きつかれて壁に押し付けられた。
「なっ、あ!」
転びそうになって慌てて首に両腕を回すと右膝の下に手を差し込んで持ち上げられて、片足立ちになる。
「うわっ!おい、なんだよっ」
「ちゃた、おれ……」
首筋に熱い吐息が触れる。
「ショ、ショット?」
どうしたのかと思ったら、そのままショットは妙に興奮した様子で首に噛みつきながら腰をグリグリと押し付けてきた。
「う……っい……っ!」
「なんか……あつい」
まさか、部屋に充満してるスパイスの匂いだけで効果が出てきたのか?作ってるうちに鼻が麻痺してたけど、ちょっと入れすぎたのかもしんねぇ。
結局メシは後回しになって、予定の何倍も元気になっちまったショットに一晩中"|貪《むさぼ》られ"たワケだが……どう考えても自業自得すぎて、俺は翌日ヘロヘロで足腰が立たなくても、ベッドの上で乾いた笑いを出すことしか出来なかった。
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