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家族編 第13話 しんどい時はしんどいってしんどいって言え

【しんどい時はしんどいって言え】 ◆家族編06『なにそれ』後日  ――不意にフルートの音が止まった。 「わーっ!!とと!?」  晩メシ時の少し前、ショットとシドニーは俺の寝室で仲良く遊んでたハズなのに、急にそんな叫び声とゴンという鈍い音が聞こえてきて、俺は畳みかけの洗濯物を放り出して部屋に駆け込んだ。 「どうしたっ!?」 「父さん、ととが!」  いったい何があったのか、ショットは床に膝と手をついて顔を伏せてた。 「おい、どうした、ショット」 「……」  慌てて横に膝をつき、そっと肩に手を当てるとフラフラして反対側に倒れそうになったから咄嗟に引き寄せて俺の体の上に転ばせた。 「う……っおい、ショット、ショット?」 「とと、大丈夫?どうしたの?」 「何があったんだ?」 「わかんない、俺がフルート吹いてたら急にベッドから落ちて……」  髪の毛で隠れて顔が見えない。邪魔な前髪をかきわけて様子を確認しようとしたら小さく呻くような声が漏れて、直後にケポッと胸の上に嘔吐された。まだメシを食ってなかったから胃液しか出なかったのが幸いだ。 「うわっ」  思わず大声を出しそうになったが耐えて背中をさすってやる。 「ショット、大丈夫だから楽にしろ」 「……っふ……う」  ふうふうとしんどそうな呼吸を繰り返すショットの耳を確認すると耳栓はちゃんとついてた。 「シド、水とタオルを持ってきてくれるか」 「うんっ」  めまいがするのか、俺の胸の上に置かれたままのショットの頭が変にグラグラ揺れてる。 「ご、め……ちゃた……」 「謝んな」  気持ち悪かったら吐いていいって言ってんのに首を振る。ショットの頭を支えながらゆっくり床に降ろして、着てたシャツの首元を引っ張って吐瀉物に触れないようなんとか脱ぎ捨てた。 「とーちゃん、持ってきたよ」 「ありがとう」  シドニーが持ってきてくれたタオルを受け取って汚れた口元を|拭《ぬぐ》ってやる。 「しんどいな」 「ふっ、ふぅっ……」  泣いてるワケじゃなさそうだけど、嘔吐したせいか目尻に滲んでる涙に口付ける。辛そうな様子に俺まで引っ張られそうになるが気持ちを切り替えてやり過ごした。 「もしかして……俺がフルートいっぱい聴かせたせいかな」 「んー……」  そうかもしれねえ。色々ある楽器の中でも特に高い音が鳴るし、音に敏感なショットには長時間になるとキツかったのかも。前に首を傾げてた時も平気そうな顔をしてたけど、頭痛かったりしてたのかもな……。 「とりあえず今は刺激を減らしてやろう」  小声で話しながら立ち上がって、窓を閉じて部屋の電気を消した。ウチにはカーテンが無くてまだ夕方だから部屋の中はぼんやりと明るいけど、それでもさっきよりはマシなハズだ。早くカーテン買わなきゃな。 「ショット、ベッドに上げるぞ。立てるか?」 「う……」  シドニーにも手伝ってもらってなんとかショットをベッドに寝かせてやる。その目を覗き込むと時々ピクッと視線がチラついてて、やっぱりめまいがしてるみたいだ。 「目閉じたら余計に気分悪いか?」  不安にならないよう左腕で頬に触れながら右手でショットの瞼を閉じる。 「ふ、う……っ……」 「大丈夫、すぐ|治《おさま》る。大丈夫だからな」  触れた額は熱くも無いし、風邪とかじゃなさそうだ。やっぱり音酔いしちまったのかな。 「ちゃ……た……」 「頭痛いか?」 「……ん……耳、いたい……」  グルグル揺れる感覚が苦手なのか時折呻いてはシーツを握りしめて酷く辛そうにしてて、一刻も早くなんとかしてやりたい。なのに俺には何もしてやれる事がなくて、どうしようもなく歯がゆい。 「あっ、シド、少し見ててくれるか?もし飲めそうだったら水飲ませてやってくれ」 「うん」  そう頼んでリビングへ出る。あんま使うつもりは無かったけど念のために用意しておいたイヤーマフがあるんだ。俺は棚の奥に放り込んだままだったソレを引っ張り出すと急いで寝室へ戻った。 「ちょっとイヤかもしれねぇけど、コレ使ってみるか」 「なに……」  シドニーに手伝ってもらって、耳栓の上から更にそれを着けさせる。実際にこうして使うのは初めてだけど、一応ちゃんと併用できるモデルを選んでおいてよかった。  隣に腰を下ろして手を握ってしばらく静かに見守ってるとだんだんショットの様子が落ち着いてきたのでイヤーマフを外した。頭を締め付けられる感じが嫌いらしいから。  その代わりに気休めだけど右手で耳を覆ってやるとようやくその表情が少し|和《やわ》らいだ。 「ちゃた、手……きもちい」 「そうか」  ホッとしてよく考えたら俺はずっと上稞のままで、なんか間抜けだった。服着てこよう。 「ごめんね」  クローゼットから着替えを出してると後ろからそんな声が聞こえてきた。振り返ればしょんぼりと肩を落としたシドニーに向かってショットは弱々しく首を振る。 「シド、あそぶの……おれ、うれしかったから」 「とと……でも……」  俺だってウッカリしてた。コイツが音に敏感なコトなんて分かりきってたのに。 「……ショット、それでもしんどい時はしんどいって言ってほしい」  背中を支えながらゆっくり起き上がらせて水を手渡すと素直に飲んでくれた。 「お前が倒れたら、俺もシドニーも悲しいんだ」 「……ん」  まだ全快では無いのか頭が重そうに見えて、また寝転がらせる。眠れそうなら寝た方が良いかも。三半規管を整えるにはどうしたらいいんだったか。こういう時にオーサーがいてくれたらと思う。 「とと……」 「静かにしてやろう」  今これ以上俺に出来ることはない。静かに寝かせてやる事しか。 「すぐ隣の部屋にいるから、何かあったら呼べ。な」 「……ん」  若干心配だったが俺が離れても嫌がらなかったので、吐瀉物で汚れたシャツをサッと拾い上げるとシドニーと一緒に寝室を後にした。  別に洗って使うほどお気に入りでも新品ってわけでも無かったから、汚れちまったシャツは適当にゴミ箱に投げ捨てておいた。 「さて……メシにするか」 「大丈夫かな、とと……」 「はしゃぎすぎたんだよ。あんま心配すんな」  態度にも顔にも出してなかったけど、寂しがってるとは思う。でもシドニーが自分のせいだって落ち込んでるから、強がってるんだろう。  なら今そんなショットの為に俺がしてやれる事はシドニーのケアなのかなって。  メシの準備が出来てもまだシドニーは気がかりみたいで静かな寝室のドアをじっと見つめてる。 「大丈夫だよ、お前が笑ってる方がショットは安心するからさ」 「……うん」 「ほら食べようぜ」  なるべく場を明るくしようと学校の話なんかを聞きながらメシを食べてたら、ふと何かを感じた気がした。 「それでさ、担任の先生が……父さん?」 「ん、わり……ちょっと様子見てくる」  食事中だけど、俺はシドニーにそう断って席を立った。 「ショット?」 「……」  日が落ちてきてさっきより暗さの増した寝室に入るとモゾモゾとシーツが動くのが分かったから、そっと扉を閉じてベッド脇に近寄る。 「ショット、どうした」 「……なんで」 「わかるよ。もう何年お前の隣にいると思ってんだ」  名前を呼ばれたような気がしたんだ。実際の音じゃなくて、なんかそういう感覚が。ベッドに乗り上げてショットの頬にキスするとギュッと抱きつかれた。 「ちゃた……好き」 「俺も好きだよ」  しばらく無言でハグした後、眠れそうか?と聞いてみたらもうすっかり安心した様子でスヤスヤ寝てた。

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