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家族編 第16話 やってみっか、視力検査

【やってみっか、視力検査】 ◆本編終了後 シュート29歳の年の春  春の陽気で眠い午後、俺はふとショットの目がどれくらい見えてんのか知りたくなり、手書きのランドルト環を用意して壁に貼り付けた。  どれくらいのサイズでどの距離で視力がどれくらいなのかはわからねぇけど、なんとなく分かればそれでいい。 「よし、できた」 「なに」  俺の声に反応して起きてきたショットは寝癖がついてて間抜けだ。 「おはよう、よく眠れたか」 「……」  寝癖を整えてやりながら話しかけてると窓からリディアとオーサーが入ってきた。最近はコイツらが入って来れるようにわざと窓の鍵を開けてるような部分もある。 「ちゃたろー、こんにちは!何してるの?」 「おうこんにちは。今からショットの視力測るんだよ」  オーサーは壁に貼られた俺の手製のランドルト環を見て「サイズも設定もぐちゃぐちゃだな。無価値な物を記憶してしまった」と呟いて自分の頭を軽く叩きやがる。 「うっせーな」 「私もやりたーい!」 「ショットの次な。あれ?ショット?」  振り返るとショットがキッチンから水を持って出てきた。 「……」 「どうぞだって」 「今はいらん」 「ありがとー!私ジュースがいい!」 「じゃあ俺が飲むよ。ありがとな」  相変わらずマイペースなヤツらだな、まったく。そしてショットは機嫌を悪くもせず次はジュースを汲みに戻って行った。  さて、ようやく視力検査が出来る状態になったのでランドルト環を貼った壁と反対側の壁際に立たせて一番大きいヤツを指さす。 「ほら、コレの欠けてる部分はどこだ?」  でもイマイチ興味がないのか足元に視線を泳がせて膨れっ面をしてるばっかりだ。あんま見たことない表情だな。 「嫌か?」 「見えてないんじゃないか」 「え、まじ?」 「こっちだよこっち!」  |焦《じ》れたようにショットに答えを教えるリディアに苦笑する。クイズ番組を見て黙ってられないタイプだなコイツは。 「んじゃちょっと前進するか。ほらこっち来い」  手を取って歩かせようとするとパッと振り解かれた。 「んーいや」 「おっ……嫌か、ごめん」  珍しくハッキリ拒絶されたので慌てて中断した。こういう時は大体ちょっと嫌な記憶が関係してる。逮捕された時に視力検査を受けたりしたのかもしれないな。 「ごめんな、平気か?」 「……うん」  ふいと視線を逸らされて少し寂しくなる。こういう時は無理に話しかけても余計に嫌がられるだけだ。 「あまり虐めてやるな」 「そ……そういうつもりじゃねーよ」  追い討ちでオーサーの言葉にもグサリと傷付いた。  不貞寝しちまったショットが大人しく寝てるのを確認してから寝室の扉を閉じる。 「んで、お前ら何しに来たの?」 「ちゃたろーのごはん食べたくて来た!」 「礼はする。今日はこの馬鹿の誕生日なんだ」 「はあっ!?そういう事は早く言えよ!」  ケーキ屋まだ開いてるかな、と慌てて時間を確認する。スラムにあるケーキ屋はこっから歩いて40分くらいかかるけど、今まだ16時だから大丈夫だろう。 「ホールケーキあるか分かんねーぞ」  薄手の上着を羽織りながらそう言うとおかしそうに笑われた。 「ちゃたろー、パーティーにケーキ用意しない人だったのに!」 「別にしないってわけじゃねえ、あン時はウッカリしてたんだよ」  財布の中身を確認してポケットに突っ込みながらいくつになったのか訊けば「23歳になったよぉ」と返される。 「リディアが23か……俺も歳を取るハズだな」 「さっさと行ってこい」 「晩メシのリクエストは?」 「おいしーもの!」 「了解。ショットを頼む」 「断る」  アパートを出て歩き始めると頭上から名前を呼ばれて立ち止まる。寝室の窓からショットが覗いてた。 「ちゃた?」  なんとなく俺の姿を探してるみたいだ。やっぱり前より視力が落ちてる気がする。まあ元々あんま"見る"ことに意欲が無さそうだし、もうすぐアイツも30代なんだし、ガタも来るか。心配もあるけど、ある程度はきっと仕方ねえな。 「すぐ戻るよ。今日はみんなでメシにするから待ってろ」 「うん」  片腕になってからひとりで出かけるのを前以上に心配されるようになっちまったんだが、ちゃんとした買い物はゲートの内側でしか出来ねぇから、ショットは連れて行けない。  アパートの1階がいつまでも潰れたコインランドリーのままだから、何かテナントでも入ってくれりゃ嬉しいんだが、まあ期待はできねえ。  粛清の時に余計にぐちゃぐちゃになっちまって、いっそ中身を空っぽにして、定期的に|ガレージセール《モノ屋さん》を開催する場所にしようか、なんて頭の中でぼんやりと考えてはいる。  スラムに行ったついでに公衆電話からシドニーの寮へ電話を掛けて「リディア姉ちゃんが誕生日なんだってよ」と伝言を頼んでおいた。きっとオーサーの方へメッセージのひとつでも送っておいてくれるだろう。  そうしてその日の晩メシはショットと一緒にとびきりのカレーを作った。誕生日にカレーとケーキ、こんなの最高だろう。ちなみにカレーにはハンバーグと|目玉焼き《sunny side up》もつけてやった。  ランドルト環は破って捨てた。

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