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家族編 第22話 茶太郎先生のお料理教室

【茶太郎先生のお料理教室】 ◆本編終了後 シュート31歳の年の夏  暑い。暑すぎて食欲も出ない。昼メシどうする?ってまだ寝てるショットに聞いても「んー」「うー」とだるそうな返事しかない。 「暑さに強いお前でもさすがに今日は|堪《こた》えるよなぁ」  てかまあさすがに30も超えて、ショットの体温調節機能も昔よりは衰えてきた部分もあんのかな。  まずは冷たいシャワーでも浴びようか、なんてうだうだ話してるとリビングの方から「あつーい!!」と騒ぐ声が聞こえてきた。 「よお、こんな灼熱の日に外でウロウロしてんなよ……ぶっ倒れんぞ」  オーサーがいない。俺がキョロッと視線を巡らせるとリディアは冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して飲みながら「兄さんは"れいだんぼーかんび"のへやから出ないの」と言った。 「懸命な判断だな。リディア、お前はハラ減ってる?」 「うーん……ちょっと。でもあんまり食べたくないの」 「わかるよ」  とはいえ何も食わないワケにもいかない。とりあえず冷やして食べるタイプのアジアンヌードルがあるからさっと作ってやることにした。  料理もするようになったからか、前より自然に箸が使えるようになったショットはもう自分の手で麺類も食べられるようになってきた。てか掴むのは前から出来てたんだけど、口に運ぶ手の角度が分かったらしい。だからむしろ最近はパスタの類も箸で食べてる。フォークより食べやすいみたいだ。 「自分で食べられるか?」 「……」 「……大丈夫そうだな」  手を離れたコトを素直にホッと喜べばいいのに、少しだけ寂しい。俺って……。 「ねえ、これ冷たくて美味しいねぇ」 「これなら暑くても食べやすいだろ」  反対に普段は箸を使ったりしないリディアはフォークで器用に食べてる。サッパリするかなと思ってリンゴを追加してやると喜んで食べた。 「それなあに?」 「ビネガー。酸っぱいぞ」 「やあだ!」 「子供舌め」  ショットは?と聞くとドバドバ入れるから、おいおい大丈夫かよ……と思ったけど意外と咽せずに食べてた。辛いモンも問題なく食べるし、割と刺激物に強いよなあ。普段から俺がスパイス系の食べ物ばっか出してるから慣れてんのかな? 「なあ今日は暑すぎるからお前らこのまま家で遊んどけよ。最近ウチにも冷房つけたからさ」  過保護の|BB《バイロン》が。 「あ!ちゃたろー、あのね、私おかし作ってみたいの。ちゃたろー作りかたしってる?」 「ああ?お菓子だあ?俺あんま甘いモン好きじゃねーからな……」  パッとレシピを思いつくお菓子なんかひとつもない。それに、こんなに暑いのに砂糖と小麦粉の塊なんか尚更食えるかよ。そうだな、プリンか、ゼリーか……。 「……あ」  そうだ、|かき氷《Shaved ice》なら良いんじゃねーか。フルーツでも乗せて。 「んじゃやるか。夏のお菓子作り」 「うわーい!やるやる!」 「なに」  というわけで水を大量に凍らせる間、俺たちは無茶苦茶なルールの|ババ抜き《Old Maid》をしたり昼寝をしたりして時間を潰した。 「よし、凍ってるな」  背の低い容器に薄めに張った水は2時間くらいで全部しっかり氷になっていた。 「おーい、ガキ共そろそろ始めんぞ」  ベッドの上で縄張りを主張し合っているリディアとショットの寝相に笑いながら声をかける。このところずっと穏やかな日が続いてて、ショットはこうして慣れた相手なら俺とシドニー以外の人間とでもリラックスできるようになった。そして俺はその度にいちいち感慨深くなるんだけど、我ながらそろそろ慣れろと思う。  慣れた相手……まあつまりリディアとオーサーってコトなんだけど。BBに対しては相変わらずなんとなく距離を置いてるように感じる。なんでなんだろうなあ、あんなに可愛がってくれてんのに。BB……不憫なやつ。 「……ほら、お菓子作りするんだろ」 「するー!おはよー!」 「んん……うるさい……」  ウチにかき氷機なんかねえから上手く出来るかはわからねーが、バカ力の二人がいればなんとかなると思う。モノは試しだ。 「なに作るの!?」 「かき氷にしよう。知ってるか?」 「んー、たぶん知らないとおもう」 「細かくした氷に色々乗せたりシロップをかけたりして食べるんだ」 「ふうん。じゃあそれにしよう!」  説明しながらいくつか氷をジップロックに入れて、パイ生地を伸ばしたりする為の|のし棒《Rolling pin》を手渡してみる。 「これでこの氷を細かく割れるか?」 「うん、できるよー!」  リディアが袋を軽く叩くと派手な破裂音がして袋が破け、中の氷は部屋中のあちこちに飛び散った。ついでにのし棒は折れたし机にヒビが入った。 「うるさい」 「ごめん、できなかったみたい」 「そうみたいだな」  床に落ちた氷をショットが拾って口に入れようとしたから頭をひっ叩いておく。 「じゃあ氷を砕くのはショットの仕事にしよう。リディアはこっち来い」  また別のジップロックに氷を入れて、この袋を机に叩きつけとけとショットに手渡した。 「ガンガン音が鳴るからな。しっかり耳栓しとけよ」 「ん」  キッチンでリディアにバナナとオレンジの皮剥きを頼んで、氷と一緒に作っておいたレモンのハチミツ漬けをチェックする。即席の割にはまあまあの出来かな。  冷蔵庫を閉めて振り返ると、ナイフじゃないと剥けないハズの皮の厚いオレンジをリディアは難なく素手でバリバリ剥いていた。 「うん、|削った《Shaved》というよりは|砕いた《Crushed》アイスって感じだけど充分だろ。ガリガリ噛み砕いて食べりゃ上等だ」  ショットが作ってくれた粗めのかき氷を3つの皿に分けて、ハチミツレモンを添える。 「じゃあショット、リディアの剥いてくれたバナナとオレンジ、コレ適当に小さく切ってくれるか?」 「ん」  それだけの指示でショットはテキパキと動いてくれる。 「……大人になったなぁ」  31歳の大男を捕まえて何言ってんだか。  さて、かくして出来上がったクラッシュアイスのフルーツ添えを机に並べて俺たちはいそいそと席についた。 「わーい!これなあに?」 「……氷とフルーツ」 「それお菓子?」 「なんだって言ったモン勝ちなんだよ。ああ、お菓子だ」 「わーい!お菓子だ!」  兄さんにも食べさせたいな!と言うが帰るまでに"氷とフルーツ"はきっと"水とフルーツ"に変わっちまうだろう。 「次は容器とかも用意しとくから、プリンでも作ろうか。その時にオーサーにも食べさせりゃいい」 「うん!」  そうして三人仲良くガリガリ食べた氷は夏の暑さをほんの少し和らげてくれた。

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