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家族編 第26話 シュートはちゃたろーが大好きだね
【シュートはちゃたろーが大好きだね】
◆本編終了後 シュート34歳の年の秋
夕暮れ、シュートは一人で歩いていた。マウロアの命日なので、茶太郎と二人で墓参りに行った帰りだ。茶太郎は先に帰って家で廃品でも捏ねまわしていることだろう。
ぼんやりとマウロアや茶太郎のことを考えながらのんびり歩くシュートの耳が聞いたことのある足音を捉えた。この相手に危険は無いと知っているので振り返らない。
「……」
「こんにちは!シュート!」
「……こんにちは」
横に並んできたのはリディアだった。今日はオーサーが一緒ではないらしい。それも含めてシュートは既に察知していた。
「ねえどこ行くの?」
「かえる」
「そっかあ」
どことなく元気のなさそうなリディアの様子に気がついてシュートは足を止めた。
「なに」
「うん……あのね」
ちょっと話したいの、と言われて頷く。
「こっち来て!すわろ!」
グイと袖を引っ張られたので素直についていくと、しばらく歩いてリディアは壊れた噴水に腰掛けた。|この辺り《ゲートの外》で座ってゆっくり話しやすい場所となるとやはりここになる。
二人はすっかり日が落ちてもまだ会話なくただ静かに並んで座っていた。言葉を探してまとめている様子のリディアと、ただ前を見つめて何も考えてなさそうなシュートを通りゆく人々が「あいつらこの暗い中何やってんだ」という目でチラリと見ては無関心に通り過ぎていく。
「……あのね」
足元を見つめたまま、リディアがようやくポツリと話し出した。
「あのね、兄さんは、私のこと……とっても大事にしてくれてるの」
「しってる」
「えへ、えへ……」
シュートの即答に嬉しそうに、少し照れくさそうに笑う。
「それでね、私もね、兄さんがすっごく大事なの」
「しってる」
それから二人の間にはまたしばらく沈黙が流れた。
「……それだけじゃ、だめなのかなあ」
大事に思っている者同士が一緒にいて何故駄目なのかなど、シュートには分からない。むしろ教えて欲しいくらいだ。
しかしオーサーが何か言ったのだろうとなんとなく理解できたし、かけるべき言葉が分からなかったので黙って続きを待った。
「兄さんの好きなように生きてほしいの。でも、私がこれからもいっしょにいるなら……生き方を変えるって言うの」
そういう気持ちならシュートにも覚えがあった。もう随分前だが……茶太郎の実家に一緒に行った時、このままここで暮らしていくのが茶太郎の望みなのではないかと思った。
「……おれわかる」
「え?」
今でもそういったことは考えないわけではない。自分さえいなければ茶太郎はもっと"真っ当"な人生を生きられたのではないか、というようなことを。
「ちゃた、したいことしてほしい」
「やっぱりそう思うよね!」
私だって、兄さんといられたらそれで充分なのに……とリディアは肩を落とす。自分の為に生き方を変えてほしくないと考えているのは二人とも同じだった。
「でもちゃたは……それでいい……言うから」
たくさんの選択肢を持っている茶太郎がシュートと生きる人生を望んで選んでいること、それによって切り捨てた他の選択肢に未練を抱いていないことを、シュートは理解している。
他の人生が選べないわけではない。平和に生きたいという望みも当然、無いわけではないだろう。しかしそれよりもシュートと生きる道を選ぶ方が茶太郎にとって大きな意味を持つというだけのシンプルな話だ。
「オーサーも、そう」
どう考えても"あの"オーサーが他人のために自分の人生を変えようとするだなどと、正気の沙汰ではない。それだけリディアが大事なのだ。自分の望み以上に。
「……シュートはちゃたろーが好きだよね」
「ん」
「どんなふうに?」
「?」
愛ってなに?恋ってなに?"旦那さん"じゃないと一生一緒にいちゃだめなの?と立て続けに捲し立てられてシュートは眉を|顰《ひそ》めた。
「……むずかしい」
「むずかしいよね……」
好きの種類。いつか茶太郎もそれを言った。茶太郎に対する思いを表すにはどんな言葉が的確だろうかと一生懸命に考える。
茶太郎と過ごす時間に自分はどんな気持ちになるのだろうかと。
「ちゃたは……おれの、しあわせ」
口から出た言葉に自分でも驚くほどしっくりきて、シュートは満足げにフンと鼻を鳴らした。
「幸せ?」
かつて人生を教えてくれた人がいて、今はその人生を隣で一緒に歩いてくれる人がいる。前述の通り、その人の生き方を自分の存在が縛り付けてしまっているのでは……と思う日もあるが、だから手放すのではなく、そばにいてくれる限りその人を守り続けたいと思えるようになった。
「……わあ、シュートのそんな顔、はじめて見たよお」
その嬉しそうな横顔を盗み見てリディアもにっこり微笑んだ。
「シュートはちゃたろーが大好きだね」
「ん」
結局悩みはあまり解決されていないのだが、友人に不安を吐露するだけでも充分に気分は良くなったようだった。
「ちゃたといること、おれの、たからもの」
「……私も!兄さんといること、やめない!」
「おいこの馬鹿共」
「えーっ兄さん!ひとりであぶないよお」
スラムの電光掲示板に表示されている時刻はもう22時を過ぎていた。リディアが一人行動の時は夕暮れが門限なのであまりにも遅すぎる。
「何時だと思ってる。お前は帰って説教だ」
「はあい」
「お前もさっさと帰れ。顔が疲れてるぞ」
「……」
リディアはポカッと頭を叩かれつつ、大好きなオーサーが迎えに来てくれて嬉しそうだ。
「またね!ばいばいシュート!」
「ばいばい」
仲良く帰って行った二人の背中を見送って、シュートは疲れを感じていたが早く茶太郎に会いたくなったので立ち上がった。
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