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家族編 最終話 それからのことと、これからのこと

【それからの事と、これからの事】 ◆本編終了後 茶太郎44歳の年の春  いつか予約した通り、ショットはマウロアの隣に眠ることになった。俺からの手紙も一緒に埋めた。 「……思ったよりずっと遅かったな」 「そうか?」  俺的にはもっともっと遅くても良かったんだぜ、と呟く。|BB《バイロン》はそうだな、と寂しそうに言った。 「お前のおかげだ。あいつが生きる事をやめなかったのは、お前がいたから」 「おいやめろよ、泣いちまうだろ」  なんでこんなタイミングでそんな事を言うんだコイツは。勘弁してくれよ。 「父さん!」  その時、リディアとオーサーがシドニーを連れて来てくれた。心配そうな顔で駆け寄って来たシドニーを抱き止める。  すっかり大きくなったシドニーはもう俺より身長が高くて、ショットより体格は小柄だけど、ハグするとなんとなくホッとする。血の繋がりなんか無くてもやっぱり親子だから、どっか似てんのかな。 「シド、遠いのに悪かったな」 「ううん、俺こそ……葬儀にすら間に合わなくて、ごめんね」  この1年くらいはもう、いつ逝っちまってもおかしくない状態がずっと続いてた。就職したばっかのシドニーはそれでも休日には必ずショットの様子を見に帰って来てくれてたんだが、結局、最期の瞬間に立ち会ったのは俺だけだった。というか、息を引き取ったのは翌朝だったから、BBやオーサーたちは間に合ったと思うけど、意図的に誰にも連絡をしなかった。  辛くなかったかと皆に心配されたけど、それで良かった。最期の時間を二人きりで過ごせて、幸せだった。ショットもそうだったと思う。それが自惚れじゃ無い事を祈る。それを確認する事も、死んだ後の楽しみのひとつにしておこう。  BBもオーサーも俺が意図的に連絡しなかったことに多分気が付いてるだろうけど、怒るどころか寄り添ってくれて、逆にその優しさに泣きそうになった。 「あ……そうだBB、コレ……着けてくれねえか」 「そりゃシュートのか?」 「ああ、もらっといた」 「そうだな。来い、開けてやる」  俺はショットの舌についてたピアスを受け継ぐことにした。これは、アイツが確かに生きてた事の証明だから。  ***  それから少しの間、俺とシドニーは住み慣れたアパートで最後のスラム生活を楽しんだ。 「本当に出て行くのか。寂しくなるな」 「毎年、秋には帰るよ。|首領《ドン》とマウロアと……ショットに会いに来る」 「ああ、芝生を荒らさないように手入れして待ってるよ」  大して無い荷物を肩にかけ直した。中に入ってるのはある程度の生活費と最低限の着替えくらいなモンだ。ショットのセラミック包丁と、くれた手紙と俺の似顔絵と大量の"茶太郎"だけは確実に保護して詰め込んだ。  俺は今日でこの街を出て行く。オーサーの用意してくれた法的な効力を持つ戸籍を持って、シドニーと正式な養子縁組を結んだ。 「ふ、お前はめでたく"生きた人間"に返り咲いたというわけだ。これで責任はチャラだな」 「はあ?何の責任だよ」 「こっちの話だから気にするな」  ……なんて会話があったんだけど、なんなんだか。相変わらずワケわかんねーやつ。  シドニーの就職関係が落ち着いてからショットとちゃんと話し合って、改めてプロポーズして……なんてグズグズ呑気なコト言って悩んでるウチにショットが寝たきりになっちまって、それどころじゃ無かったな。遅くなってごめんなとシドニーに謝れば「え?何言ってんのさ」と笑われた。 「……でも、このタイミングで良かったのかもな」  さっき言ったように、俺は"L・カノアとして今を生きている"正式な戸籍を。ショットには"シュート・L・カノアとして死亡した"正式な戸籍を作った。  つまり、これで俺たちは国からも本当に認められたKANOAファミリーになったってわけだ。これで俺は名実ともに、ショットの家族だ。死ぬまで……いや、死んでも。 「あ、ショットに少しだけ挨拶させてくれ」 「もちろん」  BBは問答無用で俺の荷物を奪い取るとさっさと車に乗り込んだ。車にはシドニーも乗ってて、この後は駅まで送ってもらう予定だ。  新しく作られたショットの墓に触れる。刻印された名前はChute "Lewis" KANOAだ。本当の家族だって笑い合って、この名前を決めた時のことを思い出す。あの瞬間、本当に最高に幸せだった。 「なあ……色々、あったよな……本当に」  俺のこと、ずっと守ってくれてたよな。もしかしたらお前は傷つけてばっかだったって思ってるかもしんねえけど……そんな事ねえよ。だってそうだろ。初めて会った時から、俺はお前に守られてたんだ。 「結婚したいって言ってくれたのに、肝心な時に俺、ビビっちまって……遅くなって、ごめんな」  お前をひとりにしたくないって言いながら、本当は俺の方こそ、ひとりになるのがずっと怖かったんだ。マウロアを突然亡くした時……その苦しみをひとりで乗り越えたお前は本当に凄いよ。  オーサー、リディア、BBとクレイグが……それからシドニーがいてくれなかったら……俺はきっとダメだった。あいつらがいて、支えてくれて、それでようやく今どうにかギリギリ立ててる。 「……」  今すぐ会いたい。声が聞きたい。お前を抱きしめたいよ。  ――でも。 「……なるべく、ゆっくり会いに行くから」  お前の知らない所でケガしたらまた悲しませちまうし、精々しっかり生き抜いてやるよ。だから俺のことは心配しないで、安心してマウロアと一緒に待っててくれ。俺がヨボヨボのジジイになっても好きでいてくれるんだったよな……だから、今は。 「おやすみ、ショット」  車に乗り込むとBBに銃を手渡された。 「なんだよこれ?」 「IMI デザートイーグル。シュートのと同モデルだ」 「……」  アイツが身に付けてたのは一緒に埋めちまったから、よく似た別物でしか無いがな、と笑う。 「俺からの引越し祝いだ」 「はは……えらく物騒な祝いの品だな。ありがたくいただくよ」  俺はそれをカバンにしまい込んだ。 「シュートに持たせてたのはセーフティレバーを外してあったが、それにはそういう改造は施してねえぞ」 「あ!俺それでショットが銃持ったままベッドに潜り込んできた時、暴発で死ぬトコだったんだからな!?」 「今こうして生きてンだからいいだろ」 「結果論だろ!」  ギャーギャー言い合ってるとシドニーがくすくす笑ってた。  ***  数ヶ月後。  朝のニュース番組をぼんやりと眺めながら俺は携帯端末でオーサーに電話をかけていた。 『どうだ、都会での生活はそろそろ落ち着いたか』 「ああ、またウチに遊びに来いよ」  家の中に洗濯機があるってマジで最高だよ、と言えば「どんな次元の話をしてるんだ」と呆れられた。 「俺の仕事まで用意してもらっちまって……もうマジでお前には頭が上がらねぇな。前からだけど」 『その歳でまともな職歴が無い上に片腕のお前が普通に就職できるハズが無いからな』 「厳しいお言葉で」  でもその通りだ。2年だけ会社員やったあと、25歳でスラム入りしてからはずっとショットのヒモ状態だったわけだし、まじで俺には社会経験がない。44でだぜ。はは、冷静に考えたらやばすぎ。 『貸しにはしない。引っ越し祝いだ。しっかり働け』 「はーい」  すっかり大人になってもオーサーは相変わらず天邪鬼だ。ちなみに外見も相変わらず。  優しい……というよりは、まだ心配してるんだろうな。俺が落ち込んでんじゃねえかって、常にヒヤヒヤしてるのが伝わってくる。  そりゃ、きっと死ぬまで俺は寂しいんだと思うけど、いいんだよ。この寂しさこそがショットと一緒に生きてた証なんだからな。たまに泣いちまう夜も含めて、手放したりしない。 「また秋にそっちに行くから、その時は皆でメシにしよう」 『……ああ。何か困ったらいつでも連絡しろ』 「ありがとな」  電話を切るとちょうど休日のシドニーものそのそと起きて部屋から出てきた。 「父さんおはよ」  ――さて、今度は俺が"分離不安"を治していかねえとな。 「おはようシド、駅前にビリヤニでも食いに行こうか」 「うん!」 【BOX 家族編 完】

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