138 / 231

Side 2 正義ってなんなんだろうな

【正義ってなんなんだろうな】 ▼茶太郎の引っ越し後  その日もいつものルートで同僚と二人一組になって街の見回りをしていると、この辺りで見かけない|隻腕《せきわん》の男が歩いていた。 「知ってるか?」  隣の同僚に尋ねる。 「いや……」 「軽く確認しておくか」  警戒させないよう、ゆっくりとパトカーを男の横につけて軽く挨拶をしてみる。 「どうも、良い天気ですね」 「ん?」  そんな風に声をかけながら顔を覗き込んで驚いた。何年経っても見間違えるハズがない、それは茶太郎だった。 「ちゃ……茶太郎!?」 「おお、リドル。久しぶりだな」 「久しぶりだなで済ませられる話じゃねえだろ!」  あのクソみたいな手紙が警察内を巡り巡って、俺の元へ届いたのは消印から3年後だった。というか、俺の部署の管理係がずっと忘れて引き出しに持ってやがってたんだ。あのまま異動してたら、受け取る頃にはジジイになってたかもしれねえ。  もちろん手紙を受け取った瞬間は「生きてたのか」ってホッとしたけど、その3年の間に例の"大規模取り締まり"が行われて、セオドール・A・ブラッドレイの死亡が散々ニュースになった後だったから……俺にはスラムに赴いて茶太郎の生死を確認する勇気がなかった。それに、そんな権利も無いと思った。 「生きてたん、だな」 「おかげさまでな」  俺のもとに手紙が届けられてから、更にもう10年以上は経ったハズだ。まさか今更、こんな所で再会するなんて。 「……今は、この辺りに住んでるのか?」 「ああ、先月から。良い街だな、ここ」  駅前にエスニック料理が食べられる店があってさ……なんて平然と話す茶太郎に「いや、それより"アイツ"はどうしたんだよ」って口からこぼれ落ちそうになったけど、いや、我ながらそりゃねえだろ。 「……その……シドニーは?」 「一緒だよ、そろそろ良い人見つけろって言ってんだけど、俺が心配かけちまってんのかなあ」 「そうか。元気ならいい」  とにかく今はパトロールの途中だ。仕事終わりに連絡するから飲みに行こうと約束をしてその場は解散した。  ***  仕事の後に約束の場所へ行くと茶太郎はもう待ってて、俺は時間ピッタリだってのに「おせーぞ」と文句を言われた。  まだこの街のことをあんまり知らねえって言うから、俺がたまに行くバーに誘って、ポツリポツリと他愛無い話をしながら酒を飲む。  "あんな"決別の仕方をして、長い時間が過ぎて、俺はどことなくぎこちないのに、茶太郎は相変わらずの自然体だ。 「そうそう、だから職場で今めちゃくちゃ新人なんだよ、俺。もう44だってのにさ」 「よく雇ってもらえたな。職歴なし、片腕なしで」 「オーサーが取り持ってくれたんだ」 「あー、あのクソガキ……」  思い出すだけで忌々しい。どうせ今でも人をゴミのように見下しながら生きてんだろう。 「生きてる戸籍も作ってくれてさ。シドと正式に親子になった」 「そりゃおめっとさん。戸籍捏造の件は聞かなかったコトにしておいてやるよ」 「はは、ありがとな。アイツ、『これで責任はチャラだ』とか言ってた。なんの責任なんだか」 「さあな」 「……」  話題が一区切りして、なんとなく妙な沈黙が訪れる。 「……それで、アイツのこと……聞いてもいいのか?」 「お前もニュースくらい見ただろ」  茶太郎が言ってんのはさっきも俺が思い出してた"スラムでの大規模取締りでセオドール・A・ブラッドレイが死んだ"っていうニュースの事だろう。ああ確かに何度と見たさ。テレビでも、新聞でも、ネットニュースでも。 「あれが真実なのか?本当に?」  先月ここに引っ越してきたって言ってた。何かあったんだ。先月。アイツはきっと、それまで……。 「さあな」  絶対にウソだ。昔と何ひとつ変わらないマイペースさを崩さない茶太郎の仏頂面が、ほんの一瞬だけ寂しそうに翳ったのを俺は見逃さなかった。  ――そうか。死んだのか……"シュート"は。  でも茶太郎の表情に変化があったのは本当にその一瞬だけで、またすぐ普段の様子に切り替わった。その領域に俺を……いや、部外者を踏み込ませる気が一切無いっていう壁を強く感じる。 「で、お前は元気でやってたかよ、おまわりさん」 「そうだな、もうずっと皆勤賞だぜ」  まじ?やるじゃねえかと心にも無い賛辞を受けて、また場の空気が固まることが怖かった俺は誤魔化すように酒を煽った。  バーを出て振り返る。 「じゃあな、茶太郎……会えてよかった。元気でな」 「おう、お前もな。皆勤賞のリドル巡査どの」 「からかうなよ」  来月には異動して遠くに行く事を俺は茶太郎に言わなかった。今度こそ、二度と会わないような気がする。でもそれでいいんだよな。あの街での出来事を、俺も茶太郎も無かったことにはできないんだ。  これから、俺たちはお互いに別々の人生を歩いていく。お互い、まったく違う形で"奴"の思い出を心に重く抱えて。 【正義ってなんなんだろうな 完】

ともだちにシェアしよう!