139 / 231
Side 3 人と違うってこと
【人と違うってこと】
▼シドニーの大学時代
最近、気になる男の子がいる。何回か軽いデートもしてるんだけど、まだお互いのことはよく知らない。背が高くて、ふわっと自然にカールした茶髪がよく似合う、少しミステリアスな雰囲気のある人。
同じ授業を取ってて、ペンを貸してもらっただけの些細なキッカケだったけど、だんだん話す頻度が増えて、いつの間にか気になる人になってた。
「で、どうなの?シドとは」
みんなでランチしてると、突然そんな風に話を振られてドキッとする。
「えー……どうって言われてもさ」
「ふたりで会ったりしてるって聞いたよ」
「構内のカフェでね。映画行こって誘ってみたんだけど、あんまりノリ気じゃないみたい」
シドは優しくて友達もたくさんいるけど、自分の話はあんまりしない。どんな子供だったの?どんなテレビが好きだった?って聞いても「普通だよ」ばっかり。イマイチ話が広がらないの。
「……だから、いっつも私の話ばっかり。ニコニコ聞いてくれるけど、シドのことは何にもわかんない」
「兄弟とかいるんだっけ?誰か知ってる?」
みんな口を尖らせたり首をすくめたり、何にも知らないみたい。「一線引かれてるね」「他にガールフレンドがいるんじゃない」なんて言うから落ち込んじゃう。
「その気がないならハッキリ言えばいいのにね」
「うん……」
「ねえねえ、これ見て!」
「え、それって前に話してたNUXの新色?」
私が悩んでることはみんなにとっては話題のひとつでしかない。あっという間に流行りのインフルエンサーが使ってるアイライナーの話なんかで盛り上がっちゃってさ。
***
別の日、また空き時間が被ったからシドをランチに誘ったんだけど、気がついたらまた私ばっかり話してて。
「……ねえ、たまにはシドの話もしてよ」
「俺も話してるよ」
「違う、そうじゃなくて……シド自身の話」
私が何を聞きたがってるのか分かってるハズなのに、「シドニー・ウィリアムズ。大学2回生」だなんてふざけるからムッとする。
「そんなこと知ってるよ」
「仲良くする為にそれ以上なにか必要?」
「……!」
相変わらず柔和な表情ではあるけど、明らかに壁を感じる言い方だった。でも、今踏み込まないと二度と踏み込めない気がして。
「その……家族仲が悪いの?話したくないなら、もう聞かないから」
「仲は良いよ」
質問をあしらうためなら、仲が悪くて家族の話は嫌いなんだって嘘でも言えばいい。でも仲が良いってわざわざ言うくらい、本当に家族を大事にしてるんだなって思った。
「じゃあどうして話したくないの?私……君と結構仲が良いつもりなんだけど」
「ウチは複雑なんだ」
それだけ聞かされると余計に気になっちゃう。引きこもりの兄弟がいるとか、身内に逮捕歴があるとか……良くない想像をしちゃうよ。女子同士のコミュニティって浅くて広いから、何か噂が流れたりするのがイヤなのかな。
「何を聞いても引いたりしないよ?誰にだって家族の問題はあるじゃない」
引き下がってみたけど、やっぱり話す気はないみたい。シドは珍しく困ったような顔で視線を横に逸らしちゃった。
「そうかな、そう一般的な家庭ではないと思うよ」
「母子家庭とか?」
「……|Sorry《なんだって》?」
「あっ……」
言ってから後悔した。この質問はちょっと無神経だったなと思って。
「ごめん、何か批判したいわけじゃなくて、シドともっと仲良くなりたくて」
「俺の家族の話を君にするかどうかが俺と君の仲の良さに関係するの?」
「……ごめん、そうだね」
家族と仲良しなら、友達にも話したくなるものじゃないの?それは私の価値観なのかもしれないけど……わかんないよ。
***
仲良しのみんなと過ごしてても気分が良くならない。突然「母子家庭なの?」なんて聞いたのは確かに無神経だったと思うけど、違うなら違うって言えば良いだけの話だし、そうだとしても|揶揄《からか》うつもりなんかないのに。
「やっぱり脈ナシなだけかなあ……家族仲が良いなら、どんな家族なの?って質問にくらい答えてくれるよね、普通」
「家族仲いいの?」
「良いって言ってた」
みんなは無責任に「秘密主義のかっこつけより新しい出会い探そうよ」とか「どうせ母子家庭だとか、その程度のことを隠してるんでしょ」「子どもっぽいよね」なんて好き勝手なことを言う。
「あんまり悪口言わないで」
「でも大なり小なり、家族のことで苦労を抱えてるのは誰だって一緒じゃん?デートする相手にも一切教えないなんて不誠実なやつだよ」
「そうかもだけど……」
グループ課題、シドと一緒になれてあんなに嬉しかったのに、明日ふたりで作業するの気まずいなぁ……なんて呟いたらみんな慰めてくれた。
「それに、シドって……ねえ?」
「あー、スラムに出入りしてるって噂あるよね」
「え、何それ?」
あのシドが危ない人と繋がってるとか、変なクスリやってるとか、そんな想像は全然つかないけど。人は見かけによらないって言うし、なんて言ってみんなクスクス笑ってる。
「ねえやめようよ、それはただの噂でしょ?」
「火のないところに煙はたたないって言うし」
「まあやめときなって、変なやつなんだから」
ちょっと背が高くて優しいだけの男だなんて言われてムッとしたけど、私だって他の友達が男の子に振り回されてたら同じように言ってたかも。
***
そんなある日、確認したいことがあったからシドに電話をかけたんだけど、電話の向こうの声はどことなく疲れてるみたいだった。
「シド?大丈夫?」
『あのさ……悪いけど、友達にあんまり俺の話をしないでほしいんだよね』
その言葉を聞いてサッと背筋が凍る。
「え、何かあった?」
『……』
沈黙に耳を凝らした。ため息をついてるようにも聞こえる。シドはわざとらしくこっちを威圧するような態度をとる人じゃないから、思わず漏れたため息を隠そうとしたのかも。
「シド……」
何を言われたんだろう。私のことをからかってるとか、家族のこと話すよう強制したとか……。
『なんでそんなに俺のルーツを気にするんだよ』
「だ……だって、仲良くなりたくて」
ホントにそうなのかな。もう自分でもよくわからなくなってきた。シドが話してくれないから、ムキになってるだけなの?一緒にお茶して、私の話をニコニコ聞いてくれるシドと過ごす時間がただ楽しかったハズなのに。
『俺の父さんの事を知らなきゃ俺と仲良くできないの?』
「そうじゃないんだけど、でも、少しくらい話してくれたって……」
『父さんの名前は茶太郎。それで満足?』
チャタロー?聞き馴染みのない響き。違う国の人の名前みたい。
「……養子、なの?」
『……』
「本当の家族は?」
何も考えずにただそう聞いた。
『本当の家族だよ!!俺たちは!!』
「……っ!」
初めて聞くシドの怒鳴り声。そのまま電話は切られて、しばらく呆然としてた。
どうしてあんな質問したんだろう。シドが少し話してくれて、今ならもっと話してくれるかもって思っちゃったのかも。
家族仲が良いって言ってた。なのに私は血が繋がってないだけで"本当の家族じゃない"扱いをしてしまったんだ。シドはきっと"こういうの"がイヤで、隠してたんだ。
スマホを見たら友達から『シドって父子家庭なんだって!そんなこと必死になって隠してたなんて、思春期引きずってるよね』ってメッセージが入ってた。慌てて『もう詮索しないで』って返したけど、きっと今更。後悔しても遅かった。
***
次の日、同じ授業を取ってるからシドには必ず会う。気まずいけど、とにかく謝らなきゃ。
「シド!」
隣いい?と聞くと荷物をどけてくれる。やっぱり優しいんだよね。私、昨日あんな失礼なこと言っちゃったのに。
「……おはよ」
「うん……あの、昨日はごめん。私、本当に無神経だった」
「いや、俺こそカッとなってごめん」
「シドの大事なものを否定するつもりじゃなかったの、ただ、私がそういう経験不足すぎて……」
「いいよ、分かってる」
周りに人もいるから、話の焦点はボヤかして伝えた。シドはまだ複雑そうだったけど、感情的にならないように自分をコントロールしてるのがわかる。
「気になる気持ちもわかるよ。でも、簡単には話せない気持ちも知ってほしい」
「……うん、ありがとう」
シドのこういうところ、前から感じてたけどホントに大人っぽいと思う。それも"養子"であることと関係してるのかな……なんて、また心の中で詮索してしまう自分が恥ずかしい。
なんとなく、少し近付けた気がして「お父さんと仲、良いんだよね」って聞いてみた。
「……うん」
「今は別々に暮らしてるの?」
「うん」
寂しい?なんて聞いてみたら、たまに電話してることを教えてくれた。無理やり聞き出しちゃったけど、こういう話ができること、やっぱり嬉しい。
「卒業したらどうするの?」
「んー、まだ分からないけど……そばにいても離れてても、サポートするよ」
そう言った後にシドはしまったって顔をした。言うつもりのないことを言っちゃったんだと思う。でも私はまた悪いクセが出て。
「サポートって何?お父さん、何かあるの?」
障害がある?お金に困ってる?そんな人が養子を取れるの?
「シドの人生はシドのものなんだよ?育ててくれた恩があったって……」
「口を滑らせたのは俺だけど、これ以上ウチのことに口出さないで」
だって養子縁組のこととかよく知らないけど、そんなこと聞いたら心配になるよ。友達の中にも親のために生きてるような子がいて、私、そういうの黙ってられないんだもん。
「その人、将来の介護をさせるつもりでシドを引き取ったの?」
「また俺を怒らせたいの?」
もう授業始まるし、今日は別の席で受講しようって言ってシドは席を立った。
「ごめん、でも……ねえ、じゃあ最後の質問!シドがスラムに出入りしてるって噂も流れてる……そんなの、ただの噂だよね」
そういう噂を流すのはやめようってみんなに言わなきゃ。そう思ったのに。
「スラムに出入りしてたらなんなの、俺の価値が下がるの?」
だってスラムって言えば危ない人、犯罪者、社会のはみ出し者、クスリをやってる"下層"の人が、他に行ける場所がなくて行き着く先で……。
シドは違うよね?"そんな"世界とは無縁だよね?私はわかってるよって……寄り添ったつもりだった。私って、バカだ。
「……ごめん」
***
知れば知るほど、シドの家族って複雑だったみたい。何を聞いても偏見なんか抱かないつもりでいたけど、そもそもそういう構え方をしてることすら、偏見だったのかな。
あれからシドとは仲直りできたけど、なんとなく疎遠になっちゃった。
「人を尊重することって、難しいね」
「またシドに何か言われたの?」
ランチ中、自己嫌悪でため息をついたらみんなが私を庇おうとして、また悪口のスイッチを入れようとする。
「いや、その……」
「やっぱりスラムに住んでるの?お父さん」
「……」
多分そうなんだと思うけど、私から勝手に話したりするのは良くない。でも無言って、肯定だ。
「ふーん、やめといて正解だよ!そっか、だから話したがらなかったんだね」
「や……そういうんじゃないと思う!私にはわからないけど、シドにとってすごく大事なことみたい」
これ以上、私が落ち込んだりしてるとまたみんなはシドを悪者に仕立て上げようとする。だから「もう余計な詮索はおわり!」って笑顔を作った。
「……じゃ、新たな出会いでも求めてクラブ行く?」
「それもいいけど、とりあえず午後の講義に行ってくる!」
来年は心理学でも学ぼうかな……なんて考えながら講義室に入るとシドと目が合ったけどお互いに軽く手を挙げて挨拶をするだけ。
ちょっと切ないけど、これで良かったのかも。私もっと大人にならなきゃ、また同じ失敗をしちゃうと思うから。
***
久々に帰ってくると父さんが駅まで迎えに来てくれてて、子どもみたいに抱きついた。
「父さん!ただいま!」
「おかえり、汗かいてるから」
いいよって言ったけど押し返される。
「ととは?」
「スヤスヤ寝てたよ。シドが帰ってくるぞって教えたから、そろそろ起きてるかもな」
並んで歩き始めると、毎日送り迎えしてもらってた頃を思い出して懐かしくなった。
「父さん、小さくなった?」
「お前がデカくなったんだよ」
大学はどうだ?って聞かれて、仲良かった子とケンカして気まずくなっちゃったことを話すと「人間そうやって大人になってくモンだ」とか言う。父さんの大雑把な性格を俺も見習うべきだなあ。
「あ、ドーナツ買って来た」
「そりゃ良い。アイツ喜ぶよ」
アパートに着いたらととが待ってて、おかえりって抱きしめてくれて、嬉しかった。
【人と違うってこと 完】
ともだちにシェアしよう!

