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Side 5 普通と異常の境界線

【普通と異常の境界線】 ▼クレイグとシドの再会  集金の仕事を終えて、ふと"アイツ"が近くに住んでることを思い出した。電話の呼び出し音を聞きながら突然すぎるかなって悩みつつ、割といっつも突然だしな、と思い直す。 「……あ、久しぶり。いや、たまたま近くに来てるからさ」  電話相手は嬉しそうに「会おうよ」って言ってくれて、俺たちは駅前のコーヒースタンドで待ち合わせることにした。 「クレイグ!」 「シド、久しぶりだな」  友達……って言うのもちょっと変なカンジ。俺の古い知り合いの息子。その人とも友達ってワケでもないけど。いや、でも友達の定義ってなんなんだ?用もなく会って一緒にコーヒー飲む相手は立派な友達なのかもしれないな。 「しばらくいるの?」 「いや、一旦スラムに戻る。ボスがうるさくてさ」  ウチのボスは心配症で、しっかりやってるよって言ってもたまには顔を見せに戻れって口うるさい。自立しろって言ったり顔を見せろって言ったり、ややこしい人だ。 「アンタは俺の親父かって先月ケンカしたとこなんだけど」 「可愛がってくれてるんでしょ。仲良くしなよ」  シドは中学を卒業するまではスラムで茶太郎さん――俺の古い知り合い――と暮らしてた。あと、"あの人"も一緒に。  その頃は絡んだことなんか一回も無かったけど、茶太郎さんがスラムを出るってなった時、色々手伝ったりして話すようになった。 「もうこっちに来て3年くらいか?どうだよ、都会の暮らしは」 「俺はもう慣れてるよ、高校時代からこっちで暮らしてんだもん」 「あ、そっか」  なんとなく沈黙が落ちる。誘っておきながら、別に話題なんかない。 「……あのさ、クレイグってパートナーいる?」 「彼女とかってことか?」 「そう」  この手の話をシドが振ってくるのは珍しいから少し考える。 「まあ、気の合うような合わないような相手ならいるかな」 「彼女?」 「うるせーな、なんなんだよ」  聞いて欲しい話でもあんのかって突いたら黙り込んじまった。何かあったんだろうな。 「父さんがしつこいんだよ、『俺に遠慮すんなよ』って」 「そりゃあの人ならそう思うだろうな」  というか、茶太郎さん本人が俺に聞いてきたこともある。シドが茶太郎さんのことを優先してパートナーを作れないんじゃないかって。 「無理してるワケじゃないよ。ただ、恋とか好きとかあんまりピンと来ないんだもん。いまだに」  今何歳になったんだったか聞くと28だって答えるからビックリした。そうか、もうそんな歳なのか。 「俺を拾ってくれた時の父さんと同い年になっちゃった」 「へえ」  その頃から茶太郎さんたちは"あんなカンジ"だったらしい。まあ、あれを見てたら、恋愛観が普通とは違っても不思議じゃない。別にシドに決まったパートナーがいないことがそのせいって意味じゃねえけど。 「いいんじゃねえの、別に。生涯のパートナーは恋愛相手に限る必要もねえし。気の合う相手がいつか見つかればそれで」 「そのまま父さんに言ってやってよ」  不貞腐れてる顔はガキの頃のまんま。シドにとっちゃ俺なんかたくさんいるスラムの大人たちの一員でしか無かっただろうけど、俺はシドのことをしっかり認識してた。あの街でこれくらいのガキなんか珍しかったから。 「まあでも、実際問題ずっといないのか?彼女でも、彼氏でも、その他でも」 「なんだよその他って……うーん、彼女……じゃないかな、仲良い子はいたよ。大学の時」  仲良いなんて言いながら複雑な顔をする。ケンカ別れでもしたんだろな。 「小学校が一緒だったシェリーって子と遊んでた頃は楽しかったよ。夜中に父さんたちの特別な寝室を覗いたりして」 「ぶっ飛んだガキ共だな」  それからシドはしばらく黙り込んで、「スラム出身者はスラム出身者同士でしか価値観が合わないのかな」なんて卑屈なことを言う。 「たまたま巡り合わせが悪かっただけだろ。生まれや育ちで自分自身を差別するなよ。茶太郎さんが悲しむ……」 「分かってる!」  余計なことまで言ったなと思ったけど、結構効いたみたいだ。たまには年長者として偉そうに説教してやるのもアリか。  気付けば急がねーと今日中に心配症のボスのトコに帰れない時間になっちまってたから、俺はコーヒーカップのゴミをシドに押し付けて席を立った。 「やべ、話し込んじまったな。茶太郎さんによろしく」 「会って行かないの?」 「帰るって言っちまったから、今日中に帰らねぇとボスが拗ねる」 「そっちも過保護な父親がいて大変だね」  俺はここじゃねえけど、しばらく都会の方で暮らしてるから、また連絡しろよって言い残して俺は駅に向かった。  都会とスラムを行き来するようになってつくづく思う。俺もシドも、本当に"普通"の人間なんだって。考え方、共感力、感性、思いやり……何をとっても"異常"なヤツらなんかどこにでもいて、生まれも育ちも関係なかった。まあ、マフィアの真似事やってる俺が人のコトとやかく言う資格はねえんだけどさ。  ***  家に帰ってクレイグと会ってたことを伝えると父さんは「なんで俺ンとこには何の連絡もねぇんだよ」って拗ねてた。多分深い意味はなくて、パッと目についたのが俺の連絡先だったんだと思うけど。 「俺に会いたかったんじゃない?」  なんて言ってみたらジロリと睨まれた。 「父さんこそちょっと飲みに行くくらいの友達作りなよ。俺の交友関係ばっかり心配してないでさ」 「話し相手くらいいる」 「病院の先生とか職場の人とかでしょ」 「うるせぇ」  俺ホントに、このまま生涯のパートナーが父さんでも構わないって心の底から思ってるんだけどな。気遣わなくていいし、お互いの好みも知り尽くしてるし、価値観も合うし。  そんなコト言ったらまた「順当に行けば俺の方が先に死ぬんだから」とかなんとかゴネ始めるから、言わないけど。 【普通と異常の境界線 完】

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