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Side 7 生まれた星で生きること
【生まれた星で生きること】
その昔、人間より先に宇宙へ行った犬がいた。
たまたま選ばれただけで、自ら手を挙げて望んで宇宙に行きたがったワケじゃないだろう。どちらかと言えば、草の匂いがする平原で駆け回って、オヤツをもらって、柔らかい毛布に包まって眠るだけの一生を過ごしたかったはずだ。
でも現実はそうはいかなかった。厳しい訓練を受けさせられて、身動きのできない狭い空間に慣れさせられて。たったひとりで、ワケも分からないまま……嫌だって主張することすらできないまま、片道切符のロケットに乗せられたんだ。
「……それって、実話?」
珍しく酒を飲んだりすると妙に感傷的な気分になって、脈絡もなくそんなコトをボヤく。そしたら隣で一緒に飲むのに付き合ってくれてた息子がそう聞いてきた。
「ああ、それにそういう生き物ってのは宇宙開発以外にも何匹もいる」
当時の技術じゃ地球への帰還は無理だった。だから初めから7日分の酸素と水と食料しかロケットには積まれてなかった。8日目のエサには毒が仕込まれていたんだ。
「言葉さえ話せたら、みんな『イヤだ』って言っただろうね」
「そうだな」
でもそもそも記録に寄れば、打ち上げ時にロケットの中が灼熱状態になって、打ち上げのストレスも相まって7日間も生きてなかったとか。
「そのあとは何ヶ月も地球の周りを飛んでたんだと」
「……ゾッとするような"孤独"だね」
最後は大気圏に突入して、燃え尽きて骨も残らなかった。でもそのことは話さなかった。酒がまずくなるから。今更だけど。
「有名になりたいとか、評価されたいとか、大層なことを望んだワケじゃない。ただ穏やかに生きたかっただけだろうにな……アイツも」
「うん」
アイツ……俺のパートナーもそんな感じだった。自ら望んだワケじゃない出来事の連続で、"一般社会"からつまみ出された。宇宙ほど規模のデカい話じゃねえけど、|法外地区《スラム》でしか生きられない人生だった。唯一の救いは完全な孤独じゃなくて面倒を見てくれる奴らが周りにいてくれたことだな。
生まれさえ違えば……なんて言ったって、寝るところにも食うモンにも困らねえ裕福な家に生まれて、暴力や差別と無関係な人生を送ってたって悩み事はある。それは分かってるけど、やっぱりアイツの人生のどこかで「もしひとつだけでも歯車が違ってたら」って思わずにはいられない。
「酒なんか飲むからだな」
「今日はおセンチなんだね」
「科学の進歩とかを否定するつもりはねえけどな。ただ、やるせない気分になるってだけだ」
「わかるよ」
アイツは犬じゃねえけど、自己主張が苦手なタイプではあった。まあでも俺にだけは割とワガママ放題って感じだったな。とはいえ基本的に誰のことも拒絶しないし、差し出されたモンは素直に口に入れるし。
「でも最終的にととは幸せだったんじゃないかなぁ。苦しいことも悲しいこともあったけど、父さんと出会えたわけだから」
思わぬ言葉につい涙腺が緩みそうになったけど酒を煽った。
「さあな」
そのことに関してはあんまり語らないことにしてる。なんとなく、あの日の出来事は俺だけのモンだと思ってるから。
「あと、ととは誰のことも恨んだりしてないと思う」
「そういうヤツだったから、余計にやるせないんだけどな」
「それもそうか……。しんみりしちゃったね、そろそろ寝よっか!」
「ああ」
寂しかったら添い寝したげようか、なんて言ってきたから「俺のグラスも洗っといてくれ」と押し付けてやった。
【生まれた星で生きること】
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