144 / 231
Side 8 18年の執行猶予
【18年の執行猶予】
▼"誰にも変えられないもの"同日のバイロン
"こんな世界"にいると、若くしてこの世を去っていくヤツなんて珍しくない。俺は運良く生き永らえてこの歳までやってきたが、誰かを見送ることにも慣れたモンだ。とはいえその中でもやっぱり兄弟みたいに育ったロアと、ロアが遺してったその弟分が俺より先に逝っちまった時はガラにも無く寂しく思った。
部下が庭の芝生を手入れしてくれてる様子を窓からぼんやりと眺めながら「俺だけ置いていかれちまったなぁ」と呟く。こういうコトをぼやくと|あのガキ《クレイグ》が拗ねるから、最近は考えないようにしてるけど。
「ボス、電話が鳴ってますよ」
「ああ持ってこい」
茶太郎だろう。そろそろ墓参りに来る時期だ。一応画面の表示を確認してから受話ボタンを押す。
「いつ頃に来る?」
『お前ら、揃いも揃って開口一番に要件かよ』
お前らってのは俺とオーサーのコトだろうな。
「よお久しぶりだな。元気にしてたか」
『仕方なく挨拶すんな!』
要望に応えてやったってのにうるせえヤツだ。10月下旬にこっちへ来ると言うから部屋を用意するか尋ねる。
『オーサーが用意してくれてる。ありがとな』
「そうか。ああその方がいいな」
茶太郎は俺たちに息子を関わらせたがらないし、ガキ同士の方が話も合うだろ。
『……拗ねんなよ』
「拗ねてねえ。誰に向かって言ってんだ」
息子は後から来て月末に合流するらしいから、その前に一度顔を出すように言って通話を切った。酒は好きじゃねえらしいが、たまには付き合ってもらおう。
***
駅で待ってると現れた茶太郎に軽く手を振って近寄る。
「今日はどうするんだ」
「特に予定は決めてねえよ。オーサーのとこに荷物だけ置いてくる。飲みに行こうか」
荷物を奪い取って後部座席に放り込む。助手席に乗れと言えば「マフィアのボスだってのに自分で運転してんのか」と揶揄われたが、人に任せる方が落ち着かねえんだ。
「帰りの運転はどうすんだよ」
「ウチで飲めばいいだろ」
結局そのまま朝まで居座ることになりそうだな、なんて笑うから「迷惑だから帰れ」って返しておいた。
「なんだよ、立派なゲストルームがあるじゃねえか」
「あそこは今はクレイグの部屋になってる」
クレイグってのはスラムにいた生意気なガキだ。法外地区全体を対象にした警察隊による大規模取り締まりの時に助けてから、そのままウチに居座るコトになった。俺は"あの時"、本当は茶太郎たちを保護しに行く予定だったんだがな。
警察の計画は俺たちも当然把握していた。だからロアの墓参りに来た"アイツ"に「茶太郎を連れて来るから、このままここで待ってろ」って言っておいたんだ。だってのに、よりによって警察隊がスラムに入って来たタイミングで飛び出して行きやがった。
俺の説明不足だったんだろうな。いつでもそうだ。俺はアイツに良くしてやりてえと思ってンのに、最初から最後まで気持ちが伝わらねえばっかりだった。
とにかく、おかげで計画は総崩れになって結局、俺は目の前に転がってた"命"を掬い上げるコトで自分の無力感を誤魔化したってワケだ。
まあ元々オーサーに「お前は手出しするな。シドの面倒は俺が見る」って言われてたしな。とはいえ茶太郎の左腕が無くなってたから後日そのことに文句を言うと言い争いになったけど。
空になったグラスをガンと机に置くと茶太郎がぼんやりと窓の外を眺めながら口を開いた。
「クレイグは元気にしてんのかよ?」
「さあな。最近はずっと帰って来ねえ」
「嫌われてんじゃねえか」
「反抗期なんだよ」
ずっと年下の面倒を見てきたらしいクレイグはウチに来てから初めてファミリーの奴らから"末っ子"扱いをされて、どうも今でも調子が狂い続けてるんだとか。たまに連絡をしてくるからメシは食ってんのか、金は足りてんのかって聞くと「むず痒いからよしてくれよ!」とか言ってキレてくる。
「ありゃ思春期か?」
「はは、ガキらしく振る舞える相手が見つかって良かったな」
「何歳になったと思ってんだ」
最近は都会でイイ女でも見つけたのか、連絡さえほとんど寄越さねぇ。まあ元気にやってんならそれでいい。
「……アイツは俺が個人的に拾ったガキだ。正式なファミリーの一員にはしてなかった」
「うん?」
「だから結婚したい相手でも見つけたらそのまま出て行けっつったんだ」
「お前なぁ、言い方ってモンがあんだろ」
俺より口の悪い茶太郎に言われたくねえが、その通りだ。おかげで大喧嘩になった。
「ああ、奥歯が一本無くなった」
そう言うとアルコールの影響もあンのか、茶太郎はゲラゲラ笑ってグラスを落としやがった。酔っ払いめ。ガシャンと派手な音がして破片が飛ぶ。その音に反射的に茶太郎が俺の耳を塞ごうとしてきた。
「おっと悪い、大丈夫か?ビックリさせたな」
そのやけに甘ったれた声色に鳥肌が立って、睨みつけながら手をはたき落とした。
「やめろコラ気持ち悪ぃ」
「あ……?うわ、素で間違った。俺、酔ってんな」
一瞬アイツのことを思い出して落ち込んじまうかと心配になったが、思いの|外《ほか》茶太郎はおかしそうに笑う。
「はあ、参った。マジで手のかかるやつだったんだよ」
「知ってる。水を飲め」
俺が"アイツ"の面倒を見た時間はたった数週間のコトだったが、それだけでもその大変さは身に染みて分かってる。
「俺の中にずっと居座って、消えねぇんだ」
そう呟く茶太郎は嬉しそうで、俺も妙な気分になる。ああ、大事な弟の大事な弟分をこんなにも愛してくれるヤツがいて、嬉しいこった。
「……18年か」
「一瞬だったよ」
茶太郎がこの街に来る前……アイツは本当に生きる気力が無くて、もう長くないなって感じるほどに弱ってた。
「葬式ン時」
「あ?」
今なら、昔話をしてもコイツは泣かないでいられるかと思って口を開いた。それに、俺も酔ってたんだ。偉そうに語りたくなるくらいにはな。
「あいつが生きるのをやめなかったのは、お前がいたからだって話したろ」
「そんな話もしたかな」
「したんだよ」
俺は初めて、茶太郎にアイツの"それまで"の話をした。
ロアから電話が来た時、俺はすでに脱獄の情報を知って逃走ルートを考えてた。主要な道路には警察が待ち伏せてるだろうが、スラム地区にまで入ればこっちのモンだ。俺を頼りにしてロアがこっちに近付いてくれてたから、やりようはいくらでもあった。
電話口のロアは元気そうだったが、合流した時にはハラから血を流して意識も朦朧としてて、もうダメだなって分かった。そういう状態の人間なら何度も見たコトがあった。とにかく|首領《ドン》のトコに送り届けねえとって、アクセルを踏み込んだ。
アイツとはそれが初対面だ。観察する余裕なんか微塵も無かった。ロアからの手紙で存在は知ってたから「ああ、コイツが」とは思ったけど、呑気に|子守唄《ニンナ・ナンナ》なんか歌い出したから、運転してなけりゃ殴ってただろうな。
それからは大変だった。左目が潰れちまってるってのに、医者にじっとするように言われてもフラフラ動くし、診察器具を押し返すし。
ロアの葬式にも参列させたがぼーっと突っ立ってるだけで、俺は「なんでロアはこんなヤツを命までかけて守ったんだ」って腹が立った。更に傷心の首領に向かって「ロアどこ」と毎日繰り返しやがる。さすがに怒鳴ってやろうかとしたら首領に止められたけど。
その後しばらくして呼ばれたから部屋に入るとアイツが真っ青な顔して倒れてたから、首領もとうとう堪忍袋の尾が切れたんだなって思ったけど、どうやら違うみたいだった。
とにかく俺とはどうも時間の進み方が違うらしいアイツは遅れてようやくロアの死を理解したみたいで、墓場から心臓に悪い絶叫が延々と聞こえてくるモンだからそりゃ参った。でも首領は「好きにさせてやれ、俺が見ておく」とか言ってさ。
可愛いロアが死んじまって、ファミリーみんな心がやられてた。そこにあんなモン聞かされてみろよ、堪らねえよ……なんて愚痴を漏らすと茶太郎が頭を抱えたから、無駄に話しすぎたなって頰を掻く。
「悪い、この辺は詳しく話さなくてよかったな」
「いやいい。ただ過去の発言を反省しただけだ」
「はあ?」
よくわからんが、色々あったんだろうな。何せ18年も一緒にいたんだ。
「……とにかく、それからアイツは何日も寝込んで散々心配かけておいて、動けるようになったら出て行っちまった」
生きた屍ってのはまさにああいう状態を言うんだと思う。食いモンを渡せば食べるし、言うコトは素直に聞くし、雨の日は屋根のある場所をちゃんと見つけて凌いでる様子だったが、とにかく常に心ここに在らずだった。
もし閉じ込めて保護したってきっと衰弱を止めることは出来ない。心因性だったからな。だから、このまま死んじまうならそれも仕方ないのかって、首領と悩んでた矢先だったんだ。茶太郎が現れたのは。
「俺からすればよ、本当にすげえコトなんだぜ。アイツがあの歳まで生きたのは」
「……」
「18年、伸ばしたんだ。お前が」
酔ってるせいか、キザなコトを言っちまった。茶太郎は「酒を飲んだからかな。古傷が痛むよ」って言いながら左腕を押さえてた。
***
「おい」
部下が運転する車に乗り込む茶太郎の背中に声をかける。
「これ、やるよ。無理に読まなくてもいい」
「なんだよコレ?」
俺はその右手にアタッシュケースをひとつ持たせた。
「ロアが少年院から俺に送ってた手紙だ」
そう言うと茶太郎はしばらく黙り込んで「すぐには読む勇気が出ねえな」って呟いた。なんとなく分かる。生きてる人間なら歴史は増えていくが、アイツについて知るコトができる限りの過去を全て知っちまえば、後は失われていく一方なんだ。
「どうする。ウチに置いておくか」
「……いや、もらうよ。ありがとう」
「また息子と合流してから来るんだな?」
そう確認すると少し考えてから「先に墓の掃除にはちょこちょこ来るかも」と言う。
「ひとりで無理するなよ」
「息子にも言われたよ。だから少しずつやる」
ウチに来る時は迎えをよこすから、何時くらいに……なんて言いかけたら茶太郎が「あ、そうだ」と言いながら何かを目の前に突きつけてきた。
「あ?……ンだコレ、キャンディか?」
「ハロウィンの時期だからな」
「そういえばそうか」
|ここら《法外地区》じゃ季節のイベントなんてあって無いようなモンだからすっかり忘れてたな。
「じゃあアイツらも揃って帰って来てるコトだろうよ。良い時期を選んだな」
「じゃあまたな」
軽く挨拶を交わしてバンと扉を閉めてやると車はすぐ小さくなってった。
【18年の執行猶予 完】
ともだちにシェアしよう!

