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番外編◆異種族の世界のBOX 1/3

【異種族の世界のBOX】 ◆設定 →人間とモンスターが共存 →犬や猫、鳥や馬などの"動物"の代わりにモンスターが存在している世界観 →亜人やアンデッドもいて、異種族婚も進む →小型モンスターをペットにする場合もある ◆茶太郎 →人間 →野生モンスター保護施設の飼育員 ◆シュート →種族不明 →体は大きいけど穏やかで人懐こい  ***  今日も朝早くからボロのバンを走らせて職場に向かう。そこは電気柵に囲まれた自然豊かな場所だ。 「おーおはよう」  厳重な門の鍵を開けると、施設内で放し飼いにされてる小さい四つ足モンスターたちが大喜びで駆け寄ってきた。ふわふわしてたりウロコがあったり、色んな姿の奴らがいるんだけど、どれも一般家庭でペットとして飼われる種族ばっかだからめちゃくちゃ人懐こい。 「待て待て、外に出るなよ」  ぴょこぴょこと足元に纏わりついてくるから、とりあえず近くの柵の中に閉じ込めてから車を入れる。これがいつもの流れだ。  閉じ込めてごめんな、と言いながら柵を開けると一斉に取り囲まれて転ぶ。もみくちゃにされて笑ってると近くのスピーカーから『さっさと出勤しろ』と施設長の呆れた声が聞こえてきた。 「こら、わかったわかった!ほら俺はまず出勤してくるから!」  ここはこういう小さい家庭用ペットのモンスターから人と社会生活が出来る亜人たちまで、幅広い種族のモンスターたちを保護する施設だ。 「おはようございまーす」  広い敷地の北側にポツンと立っている職員館の横にバンを停めて、出勤カードに打刻をする。廊下を進んで監視室を覗き込むと先輩職員のバイロンが監視カメラの映像をぼーっと眺めながら固そうなパンを齧ってた。 「あれ、|施設長《オーサー》は?」  さっきスピーカー越しに声をかけてきた世界一偉そうな若い施設長は不在なようだ。 「おう。あのクソガキならまたリディアが壁を凹ましてたから様子を見に行ったよ」  バイロンの視線を追うと、最近保護された"リディア"って名前の怪力すぎる亜人がいるトレーニング施設が映し出されてる。 「悪気はないんだろうけど、他の亜人たちが怖がるんだよな……」  映像を覗き込むと、部屋の中心で「あれー?」と言わんばかりに首を傾げるリディアと凹んだ壁、怯えて隅で縮こまってる他の亜人たちが見えた。 「はあ……ビビっちまってる皆のフォローは俺がやっとく」 「そうだな、お前が適任だ。んで、今日はロアの削蹄だったよな、その他は空いてるか?」  ロアってのはここに来て2ヶ月のユニコーンだ。もう傷も癒えて飛べるようにもなったから、そろそろ自然に返す日が近い。来月にでも……って話してる。けど世界的にも個体数が本当に少ない幻獣クラスだから、色々と慎重なんだ。 「そうなんだけど、まず"アイツ"の様子、見てきてもいいか?」 「ああそうだったな、行ってこい。またあとで頼みたい作業の説明するから」  アイツってのは昨日ここに連れてこられたばっかりの新入りだ。亜人……だと思うけど、意思疎通できるのか正直、危うい。口が無かったから。  モンスターと亜人の境界ってのは、意思疎通が可能かどうか、知能レベルがどの程度かで判断することになってる。 「まだ寝てるみたいだから、慎重にな」  気を失ってる状態でつれてこられた"アイツ"は誰も知らない種族だった。単眼で体がデカいからサイクロプスかなって思ったけど、口が無い個体なんて聞いたことないし。  現代において未確認の生き物なんかいないと思ってたから、見たことも聞いたこともない"アイツ"の扱いに関係者の全員が困惑してんだ。  職員の制服に着替えて、簡易的な防具を身につける。腰のポーチにはペンやメモ。そのベルト部分に無線機と、警棒と、鍵の束を引っ掛ければ完成だ。  ここには肉食で人間も容赦なく食べるような大型のモンスターも収容されてる。さすがにドラゴン級のは専門の施設にしかいないけど。だから施設には消化器と一緒に麻酔銃や電気銃も設置されてて、この鍵束は命綱ってコトだ。  もちろん、こんなモン使わずにいられるのが一番なんだけどな。人を傷つけたモンスターは殺処分するのが決まりだから、皆を守るためにも必要なんだ。 「……」  とりあえず"SH-07"って管理番号のつけられた"アイツ"の部屋の前に立つ。扉の小窓を覗くとまだ与えられたベッドの上で静かに寝転がってるみたいだ。こうしてると人間にしか見えない。やっぱり亜人だろ……と思う。あとでもう一回調べよう。  扉をノックしてみるけど動かない。まさか死んでねえよな……? 「おい」  初めて見る種族だから、どうアプローチすべきかも分からない。安易に扉を開けて、もし毒を持ってたりしたらまずい。 「おーい……」  反応がない。心配だ。耳がデカいから、多分聴力は長けてるタイプだと思うんだけど……。 「……」  この部屋は二重扉になってるから、必ずどっちかの扉にはロックが掛かっている状態で出入りすることになる。もし俺に何かあってもアイツが逃げ出すことは出来ない。だから、本当はマニュアル違反だけど、中に入ってみることにした。  昨日、山の|麓《ふもと》に倒れてたのを近隣の住人が見つけて、行政に連絡をしてきたらしい。見たことない種族だから、もしかしたら更にその奥にある深い森から来たんじゃないかって。  とにかくウチに運び込まれて、誰にも正体が分からなかったから亜人の専門医を呼んだ。でも専門医にさえ、その正体はわからなかったんだ。ひとまず効くかわからないけど栄養剤の投与だけしてもらった。  どこもケガはしてないみたいだったから目を覚ますまでそっとしておこうって言ってるんだけど。 「……大丈夫か?」  サラリと金色の髪をどかして、そっと額に触れてみると結構熱い。熱があるのか、これが平熱なのか……それすら分からない。とにかく生きてはいるみたいだ。 「なあ、起きろよ」  後でバイロンに怒られそうだけど、肩に手を当てて軽く揺すってみる。そしたら顔の中心にあるデカい一つ目がギュッと閉じられてから、薄く開いた。 「……お」  状況が分かってないのか、ぼんやりしてるみたいだ。しばらくトロンとした感じだったけど、ふとその視線が俺を捉えて、パチッと目を覚ましたみたいに見つめられた。  その瞳は宝石みたいな青緑色で、混乱と不安と好奇心が混ざってるように見えた。 「大丈夫か?あのな、ここは……」  敵意は無いと示すように手を差し出しながら話しかけてみるとあまりにも自然にその手を握られてビックリした。  指は両手とも4本で俺の顔面を包めるくらいデカい。そんなに鋭くないけど爪もしっかりしてる。 「……ここは、モンスターとか亜人の保護施設なんだ」  とりあえず動揺を見せないように話し続ける。まだ状況は分かってなさそうだけど、警戒はしてないみたいだ。  口が無いし、手を繋ぐことでテレパスなんかするのかなと思ったりもしたけど、別に何の変化も無かった。部屋にただ沈黙が落ちる。 「体調は悪くないか?痛いとことか……」  そう聞きながら繋がれてない方の手を伸ばしてみるとスリ、と頬を擦り寄せられて「ん゙っ」と変な声が出た。  とりあえず監視室に戻るとバイロンがケラケラ笑って待ってた。カメラでずっと見てやがったな。 「よお、安全確認を怠って新入りの部屋に立ち入ったコトに関しては忘れてやるよ。んで?何かわかったか?」 「……いや、具体的なことは何も」  少し分かったことだけでも情報として入力しておく。単眼、口無し、テレパスは不明……体温高め。 「体温高め?数値は?」 「測ろうとしたけどイヤがられたからやめといた」 「ああ、だから何かゴソゴソしてたのか」  カメラを見るとまた寝てるみたいだった。よく眠るな。 「ロアの削蹄に行ってくる」 「いってら」  ***  夕方になってもSH-07は何も意思表示をしないし、何も食べないまま、ただ大人しくしてる。 「……なあ、アイツ倒れてたっていうか、寝てただけなんじゃねーの?」  そう聞いてみるとバイロンがレーションを食べながら書類を片付けつつこっちを見た。コイツ常に乾いたモン食ってンな。 「ありえなくも無いが、どこのデータにも無い種族だから、どっちみちしばらくは保護観察だな」  同僚のクレイグが交代でやってきて「二人とも今日はもう帰っていいよ」って言われたけど、俺は退勤する前にもう一回SH-07の部屋に行ってみようと思った。  その道中、廊下でオーサーとすれ違う。 「茶太郎、まだ就業中か?」 「ああ、なんか仕事か?」 「いつもの業者に壁の修理を依頼しておけ。次は簡単に壊れない強化コンクリートでな」 「あれ以上の硬度は無理だってば」  リディアの怪力にも困ったモンだ。危険だから隔離しておけって意見もあるけど、オーサーは「好きにさせてやれ」って言う。まあそれは俺も同意だ。  なんて考えながら歩いてるとリディアとすれ違った。友好的な亜人はこの施設内で好きに過ごしてる。社会勉強をして仕事を見つけたら退居したり、ここで暮らしたまま通勤したり。  リディアはブロンドを二つ括りにした少女で、一見すると人間と何の違いも無い。両親も普通の人間らしい。でもあまりにも規格外の怪力と身体能力で突然変異の亜人と認定されて、この施設で検査を受けつつ社会生活の練習中。 「あーちゃたろー!」 「よお、元気か」 「元気だよお、あのね、"うんぱんぎょーしゃのてきせーテスト"してみるかって!兄さんが!」 「オーサーが?お前に期待してるんだな」 「うん!」  まあコイツなら生身でコンテナのひとつやふたつ平気で運びそうだもんな。そりゃさすがに無理か。 「ちゃたろーどこ行くの?」 「新入りンとこ」  なんて話してるとリディアがついてくるから足を止める。 「まだどんな特性があるか分かってねえから、お前は来んな」 「なあんで!」  ケチ!って騒ぎながらもどっか行ってくれたから俺はまたSH-07の部屋へ向かいつつ、いつも壁の修理を依頼してる業者に電話をかけておいた。  *** 「……あ、起きてたのか」  部屋を覗き込むとベッドの上に腰掛けてる背中が見えたから声をかける。 「シュート」  そう呼んでみたけど反応がない。ずっと管理番号で呼ぶのは温もりがねえし、SH-07ってSH-OTって感じだから、シュートってとりあえず呼んでみたんだ。  中に入って扉を施錠してから振り返るとシュートはこっちを見てた。音は聞こえてるっぽいな。 「マジで綺麗な目だな」  話しかけながら近寄っても警戒する様子はない。それどころかこっちを見ながら首を傾げるから、甘えてるみたいに見えて手を近付けてみるとまた頬を擦り寄せられた。 「……はは」  参った。  んで翌日、すっかりシュートが気に入っちまった俺は他にも担当してるモンスターが大量にいるってのに、オーサーに直談判しに行ったわけだ。 「お前が亜人の担当に立候補するなんて珍しいな」 「ああ……自分でも驚いたけど、その」 「別に悪いとは言ってない。分からない事があれば聞きにこい」  コイツってつっけんどんな喋り方だけど、実は優しいんだよな。なんて考えてると「さっさと仕事に戻れ」って追い出された。  さっそくシュートの部屋に行ってみると今日は起きてた。 「おはよう、ちゃんと眠れたか?」  部屋に入って近付くとどことなく嬉しそうに見える。 「なあ、今日は一緒に施設内を歩いてみるか」  まだ生態が一切わからないから、担当の俺と腕を繋いでおかなきゃならねえんだけど……と説明すると意味が分かったのか手を繋がれたから笑っちまった。 「あのな、コレで……」  金属製の物々しい手錠を見せると若干抵抗されたけど着けさせてくれたから「ごめんな」と頭を撫でながら腰のベルトに繋いだ。 「さて、ずっとこんな狭い部屋にいて疲れたろ。外の空気を吸おうぜ」  立ち上がったシュートは俺より頭ひとつ分は背が高くて、手錠のせいで猫背になっちまうのが可哀想だったからベルトから俺の腕に付け替えた。  ***  シュートをつれて最初に行ったのは小型のモンスターの餌やりと体調確認だ。 「こっちのやつらには野菜、そっちはまた別な」  一匹ずつ体温や毛並みなんかに異変がないかチェックしていく。 「コイツは車とぶつかってケガしてたんだ。もう羽も生え揃ったな」  また空が飛べるようになったら自然に返すんだ、と説明する。シュートはただ大人しくしてた。 「お前は何を食うんだろうな?」  口がねえし、水を飲んでる様子もない。太陽光だけで生きられるモンスターも珍しくはないけど、倒れたりしないか心配だ。 「……サキュバスやインキュバスって感じもしねえしなあ……」  羽も尻尾も無さそうだし。服は発見された時のままだけど……亜人には人権が認められてるから、ケガしてるワケでもないのに、同意なしに脱がしたりは出来ない。 「食べたいモンがあったら教えろよ」  次のモンスターに与える用の肉を目の前に差し出してみたけど興味なさそうに視線を逸らされた。  次にユニコーンのロアの所に連れて行くと、シュートは初めて少し反応を見せた。 「お、わっ」  デカい図体でズンズン歩き出したから引っ張られて小走りになる。 「ど……どうした?シュート?」  ユニコーンはめちゃくちゃ気高い生き物だから心配だったけど、シュートが無遠慮に手を伸ばして背に触れても怒ったりしなかった。  それどころかロアはシュートに気がつくと嬉しそうに頭を下げて角にも触らせてやる。俺でさえ触ったことないのに。 「ロア?」  もしかして知り合いなのか?幻獣と知り合いって、コイツは一体何者なんだ? 「なあ、シュート……」  俺が話しかけた時にチャリッと音を立てた手錠に気がついたみたいで、突然ロアが俺を前足で蹴り倒した。 「う、わっ!!」  繋がれてたシュートも一緒に地面に転んで、ケガしなかったか心配だったけど|鳩尾《みぞおち》への衝撃で息が詰まる。 「げほ、げほっ!ろ、ロア」  踏み殺される……って思ったら手錠の鎖を踏みつけて外したみたいだった。そのまま俺からシュートを隠すように立ちはだかる。やっぱり2人は知り合いなんだ。 「待て、げほっ、ちが……っ」  殺気立った目で睨みつけられる。酷いことをしようとしたワケじゃない、そう説明したいのに息が出来ない。緊急信号……と考えた瞬間、シュートがロアを止めてくれた。  まだ咳き込んでる俺を尻目に額を合わせるようにして、何か語り合ってるみたいだ。苦しいコトも忘れて、妙に神々しいその光景に見惚れる。 「……シュート、ロア」  もっかい呼んでみると、今度は穏やかにロアがこっちを向いて、シュートが優しく抱き起こしてくれた。 「わり、ありがとな」  立ち上がると謝るみたいにロアが頭を寄せてきたから撫でてやる。 「いいんだ、俺こそ、誤解させてごめんな」  心なしかシュートの顔色が良くなったみたいに見えて、森の生き物なのかな……って思った。ユニコーンが暮らす森は、その生命力を受けて繁栄するって聞く。 「ロアが森からいなくなったせいで弱ってたのか?」  そう考えると、ケガをしてるわけでもないのにずっと寝たきりだった理由にも納得がいく。だとしたら発見された状況的にも、ロアを探して歩き回った結果、力尽きて人里の近くで倒れてたってコトだろう。 「……ここに運ばれて良かったな」  もし他の場所に行ってたら、どうなってたんだろう。衰弱していって、死んでたんじゃないか。そう考えると胸がぎゅうと苦しくなった。

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