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番外編◆異種族の世界のBOX 2/3
【異種族の世界のBOX 2】
それから、危険なヤツじゃないって判断されたシュートは監視カメラ無しの個室に移動させてもらえて、ロアとリンクするようにどんどん元気になってきた。今じゃ施設内で自由に暮らしてる。
他の亜人たちと一緒に社会勉強もしてみるかって話も出たけど、あんまり興味ないみたいだから無理強いはしてない。元々森にいたのを勝手な価値観で"人間社会に馴染ませてやろう"なんて考えるのはおこがましい。
「シュート、おはよう」
俺がここに来るとチビたちに混ざってまっさきに出迎えてくれる可愛いやつ。足元にくっついてくるモンスターたちを柵に追いやりつつ、纏わり付いてくるシュートを背中にくっつけたまま歩く。
「……まあいいか、お前は」
助手席にシュートを座らせて職員館まで行くのがお決まりの流れだ。
「はよーございまーす」
そうして今日もシュートと一緒に出勤するとバイロンがどことなく微妙な表情で待ってた。
「どうした?」
「ああ、ちょうどそいつのコトでな」
「シュートの?」
イスに座ろうとすると当然の如くシュートが先に座って俺を膝に乗せる。
「なぁんだよ、甘えんぼだなお前は」
「お前もデレデレすんな」
バイロンが何か言ってるけどどうでもいい。
「……で、何の話だよ?」
「そろそろロアを森に返すんだろ?そいつはどうするつもりなのか聞いとけって、オーサーが」
「あー……」
どうするつもりも何も、シュートはロアと離れたら弱っちまう。2人を引き離す選択肢は無い。新種族だから検査はまだ済んでないけど、ここはモンスター研究所じゃなくてあくまで保護施設なんだ。保護する必要のない生き物を閉じ込めて実験体みたいに扱うつもりは毛頭無い。
「……研究施設から検体としてシュートの移送を検討するよう言われてたろ」
「送り出すワケねえだろ」
「ま、そうなんだけどよ」
検体……未確認の亜人が見つかったコトを聞きつけた研究施設がシュートの生態を詳しく調べたがってるんだ。あいつらは非人道的で有名な組織だから、俺たちがロアたちを森へ返した途端、とっ捕まえるつもりなんじゃないか?
「だからって、もう元気になったロアをいつまでも閉じ込めておくのもなあ」
ただでさえ幻獣のロアを保護してるコトについて、世間は批判的だ。保護なんて嘘で、ユニコーンに宿るって言われてる"奇跡"を搾取してるんじゃないかとか。それこそロアについても、研究施設から身柄を明け渡すように言われてる。ふざけんなって断ってるけど。
野生の生活の中で何かが起こったなら、それは自然の摂理として受け入れられる。でも人間のエゴでコイツらに何かあれば、俺は後悔じゃ済まねえんだ。
「なあロア、お前はどう思う?」
ブラッシングしてやりながら話しかけると、シュートと額を合わせてじっとしていたロアは気遣うように俺の肩にも額を押し当ててきた。
「……なんかお前がそうしてくれるとあったかいよ」
なんとなく力が湧いてくるような気がする。これがユニコーンの奇跡なのかな。
***
自然に返せるモノは返すべき。そういう理念のもと、オーサーとも何度も話し合って、俺たちはロアを森に返すコトにした。
「シュート、今日はこっちの車だぞ」
どうするかは本人に決めさせようって話になったから、シュートも一緒に連れて行く。
「……お前もすっかり元気になったな」
バイロンが運転してくれるトラックの後部座席にシュートと並んで座ってると嬉しそうにくっついてくるから、今日でお別れかもと思うと寂しくてどうにかなりそうだった。
3時間くらいかけて森へ到着して、道なき道を進んでいく。そのうち、どことなく薄暗かった森全体が明るくなってきた。やっぱりロアがこの森の力の源なのかな。
「ここからもっと揺れるから気をつけろよ」
そのまま車で可能な範囲で森の深い場所まで辿り着き、人目がないコトを確認してトラックの荷台からロアを降ろさせる。
「平気か?よく我慢してくれたな」
声をかけると肩に頭を預けてくれたから翼を撫でた。
「もう飛べるよな。元気でやれよ」
気高いユニコーンは人に心を許さないって言われるけど、ロアは頭を下げて角を触らせてくれた。それだけでこの仕事をしてて良かったと思う。
「……ロア、ありがとな」
しばらくそうしてるとロアがサッと顔を上げて俺の後を見つめた。振り返るとバイロンの隣でシュートがなんとなく機嫌良さそうにしてて、やっぱりここが故郷で合ってるんだろうなと思った。
行くぞと言わんばかりに翼を広げるロアを見て、シュートはチラッと俺を見てくる。
「俺は行けないんだ」
ここでお別れだよって言うと首を傾げるから笑った。
「シュート」
呼ぶと近寄ってきてくれる。俺のつけたあだ名を自分のコトだと思ってくれてんのが嬉しい。
「元気でな」
手を出したらきゅっと握ってくれる。離れ難くて動けずにいるとバイロンに無理やり引き剥がされた。シュートはしばらく俺たちとロアの方をチラチラと交互に見て悩んでるみたいだったけど、そのうち並んでどっかに歩いてっちまった。
「……シュート……寂しくなるなあ……」
「元気でやってくれてんのが一番だろ」
「そうだな」
そうして、長くて短かったロアとの3ヶ月、シュートとの1ヶ月間は幕を閉じた。
***
また1ヶ月と少しが経ったある日。
「ちゃたろー!今日はおしごとでたくさんほめられたよ!」
「良かったなあ、仕事楽しいか?」
「うん!」
仕事から帰ってきたリディアを出迎えて話してると突然、施設中に警報が鳴り響いた。これは外部からの侵入者を知らせるサインだ。
「なんだ!?」
「だれか来たの?」
「リディアはみんなを集会所に集めて、守ってやってくれ」
「はぁい!」
警棒を引き抜いて走りながら鍵束から麻酔銃を取り出す為の鍵を探し出す。一番近い場所にあった壁に収容されてる麻酔銃を取り出して、警棒と持ち替えた所で無線が入った。
『茶太郎とバイロンは北ブロックに向かえ。クレイグは肉食モンスターの檻の再チェックだ』
「了解!」
音に怯えた小型モンスターたちがあちこちで震えて縮こまってるから、「管理館の集会所に行け!」と声をかけながら北ブロックへ走る。
広大な敷地を汗だくで走って行くと、施設を囲う電気柵を体当りで突破したのか、翼の一部が焦げてるロアが血だらけでヨロヨロと歩いて来るのが見えた。思わず麻酔銃を放り出して駆け寄る。
「……ロア!?」
今にも倒れそうなロアに手を差し伸べると、背中に乗っていたシュートを預けられた。
「うわっ!」
ぐったりしてて重い体を受け止めきれずに、下敷きになって崩れる。ロアもその場に倒れ込んじまった。
「シュート、シュート!!」
「……研究施設の奴らだな」
バイロンの声にハッと顔を上げると電気柵の向こうに物々しい装甲車が見えた。俺たちの視線に気がついたのか、引き返して行く。
「ウソだろ、あの森からここまでずっと追って来たのか!?」
「いや、コレを見ろ」
言われてロアの体に視線を落とすと発信機みたいな小さい機械がいくつも打ち込まれてた。
「あいつら……!」
息が途切れ途切れのロアの様子を確認すると首と右足に鉄製の捕獲網が絡みついてて、ナイフで切ろうとしてもすぐに使い物にならなくなっちまった。
「ロア、しっかりしろ!!」
俺が必死になってる横でバイロンは冷静にロアの心拍を確認してる。なんとか出来ないのかって足掻こうとしたけど肩を掴まれた。
「ダメだ。俺たちはシュートを運ぶぞ。オーサー!リディアを寄越してくれ!」
『もう向かわせてる』
「……くそっ!」
振り返るとシュートも頭から血を流してて、首に同じ発信機が食い込んでる。
「なんなんだよ、これ……!」
咄嗟に外そうと手を伸ばしたけど、少し触れただけでシュートの体がビクッと震えた。
「おい下手に触んな、何が仕込まれてるかわからねぇ」
「わ、悪い」
とにかくバイロンが乗って来てくれた施設内の移動用カートに慎重にシュートを乗せる。オーサーが救援を呼んで、すぐに亜人の専門医が飛んできてくれた。
***
ロアはリディアに任せて、俺はシュートの手を握って処置室に一緒に入った。
「ケガの具合は?その機械、取れそうですか?」
「傷は浅そうです。ただコレは……外そうとするとこの針から電流が流れるみたいですね」
医者の指先を辿るとシュートの首に細い針が突き刺さってるのが見えた。
「……小さい機械ですから、致死量の電圧は出ないハズです。ひと息に外します」
平熱が39度くらいあるシュートはいつでも指の先までポカポカしてるハズなのに、今はダラリと力が抜けて氷みたいに冷たい。俺はその手を握りしめるコトしか出来なくて、不甲斐なさで唇を噛んだ。
「っ……シュート、大丈夫だ、もう大丈夫だからな」
機械が取り外される瞬間、バチチッと電気の走る音がしてシュートの指が俺の手の甲に食い込み、その体が仰反る。すぐに名前を呼んで抱きしめたけど、針の抜けた場所から血が流れ出したから医者が俺を押し退けた。
「先生っ……!」
「大丈夫です、この程度の出血であれば命に別状はありません」
その言葉に気が抜ける。
「……ありがとう、ございます……」
処置がひととおり済んで、他に発信機が取り付けられてないか念入りに全身をチェックしてから、俺は安静にできる個室にシュートを運び込んだ。
憎い発信機は踏み潰してやりたかったけど、オーサーが「重要な証拠だ」って言うから怒りを抑えて回収した。
栄養剤を投与してみるか聞かれたけど断った。多分、シュートの体質には合わないみたいだ。前に運び込まれた時にも打ってもらったけど、むしろ悪化したみたいに見えたから。
食べ物も飲み物も摂取しないシュートには排泄器っぽいものも一切なくて、物理的に栄養を摂れる体じゃないみたいだ。細胞の生まれ変わりも、きっと俺たちとは全然違うメカニズムなんだろう。
夜になっても目を覚まさないシュートを置いて帰れるワケがなくてこのまま泊まるコトにしたら、バイロンは無理はしないよう言い残して帰ってった。
この部屋には監視カメラがついてないから、夜勤のクレイグからも「何かあればすぐに呼んでくださいね」って念を押された。
「シュート、目を覚ましてくれ……」
ベッドの脇に立って、ロアの真似をして額を合わせてみた。俺じゃ代わりにはなれねぇだろうけど、少しでも癒したくて。
「……っあ……?」
そしたら身体中から何かがシュートに流れ込んでいくような感覚がして、ガクッと膝が折れた。
「っは……はぁっ……」
まるで3キロくらいマラソンしたレベルの疲労感に心臓がバクバクして呼吸が乱れる。もしかして、これがシュートの"食事"なのか……?
まだ息も整わないままもう一回試してみるとやっぱり物凄い倦怠感に襲われる。でもシュートの手がピクッと反応するのが見えたから、俺は世界が暗転するまで力を分け与え続けた。
***
揺さぶられる感覚でハッと気がつくと俺は床で気を失ってたみたいで、皆に囲まれてた。まだ頭がぼーっとしてるけど、シュートが心配そうに俺を見つめてるのが分かって意識がハッキリしてきた。
「う……?っあ……シュート!よかった……」
手を伸ばすとハグしてくれて、その暖かさにホッとする。そしたら横からバイロンに「何があったのか説明しろ」って怒られた。
「……あの、実は……」
そうして俺はシュートの"食事"に関する仮説についてバイロンに話してみた。もしこれでシュートが回復してくれるなら……そう思ったのに。
「何も起きねえぞ?」
「え……」
バイロンがシュートと額を合わせても、2人には何の異変も無いみたいだった。その場に居合わせた亜人たちも真似をするけど、誰も何も起こらない。
「なんか相性とかあんのかな」
「……バイロン、この事……オーサーには黙っておいてくれるか?」
そう言うとバイロンはしばらく考えてから「お前が"無茶"しねえって誓うならな」って睨んできた。
「ああ、誓うよ」
「じゃあ今日は帰れ」
「はあ!?なんでだよ!」
「つきっきりの看病で顔色が悪かったって報告しといてやる。言うコトを聞かねえなら施設長にチクるぞ」
シュートから離れたくなかったけど、俺は渋々ビタミン剤の点滴と休息を取らされるコトになった。
***
次の日には早速『ユニコーンと新種の亜人を引き渡さなければ"幻獣を不正に捕獲し監禁している"と政府に訴える』と研究施設から脅しが入った。
「俺が交渉してくる。お前たちは下がっていろ」
オーサーはそう言うとつい感情的になる俺とバイロンを待機させて研究所に向かった。
「……引き渡せだって?ふざけんな、ロアは……ロアは、死んじまったんだ。そのうち、ロアの守っていた森もきっと……!」
交渉自体に心配はない。あのオーサーに口で勝てる生物なんてこの世にいないと言い切れる。
「もちろん、モンスターや亜人研究の成果には感謝してるけど……」
過去の研究があってこそ、今の医療や保護活動がスムーズになってるコト自体は認める。だからってこんな手段を許すワケにはいかない。
それが|俺たち《保護施設側》の言い分だった。
***
それから1週間……研究施設の奴らは完全に諦めたワケじゃねえだろうけど、とりあえず手を引いてくれたようで、平穏な日々が続いてる。
そして俺は今日も監視カメラに映らない場所で、誰も見てないコトを確認してからシュートと額を合わせる。
「シュート、今日も"分けて"やるからな」
この"食事"で多分、俺の中の生命力みたいなモンを吸われてるんだと思う。だから職員たちに反対されるコトを忌避して、密かにこの行為を繰り返していた。毎日こまめに、少しずつ。
「……あっ」
慎重にフラつかないレベルに留めてるつもりだったけど、連日の無理が祟ったのか急に全身に力が入らなくなって膝をついちまった。
「う……わり、なんでもないから」
慌てて立ちあがろうとしたけど酷いめまいがして目の前が真っ暗になって、床に倒れちまった。
「シュ……ト……」
大丈夫って言いたいのに、うまく話せない。心配してンのか、シュートのデカい手が俺の額や頬に触れる。誰かを呼びに行こうとしたのか、立ち上がる気配がしたから慌てて腕を掴んだ。
「シュート、やめろ」
だんだん視界が戻ってくるとシュートの宝石みたいな目からポタポタと涙がこぼれ落ちててハッとする。そっか、こんな手段は単なる自己満足だったんだな。
「……ごめんな、ちゃんと、考える……」
強く抱きしめられたから頭を撫でてやる。
そうして医務室に運び込まれた俺は秘密裏にシュートに生命力を分け与えてたコトについて、オーサーにそれはそれは怒られた。良い歳して床に正座させられて怒られた。
シュートの栄養補給については専門家の意見も聞きながら対策を考えてるから、二度と勝手に動くなと釘を刺されちまった。
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