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番外編◆異種族の世界のBOX 3/3
【異種族の世界のBOX 3】
朝からチビたちの世話を済ませて体調管理シートにそれぞれの記録を書き込む。
「……よし。お前ら、今日も元気だな」
次にシュートの様子を見に行こうと廊下を歩いてると後ろからバイロンに呼び止められた。
「茶太郎」
「お、どうした?」
「ロアの亡骸なんだけどよ……」
「ああ……どうするかそろそろ考えねえとな」
不思議なことに、ロアの体は死後1週間が経っても全く腐り始める気配がない。これも幻獣の"奇跡"ってヤツなんだろうか。
「やっぱ森に返すべきだろ」
バイロンがそう言う。俺は当然だと頷いた。全ての命は元の場所に還るべきだし、森から|生命の源《ユニコーン》を失ったままにさせておくコトも気がかりだ。ただ、問題は"|奴ら《研究施設》"の動向。
今も表向きはオーサーの交渉に応じたようで大人しくしてるが、謎に包まれている幻獣の調査を諦めたはずがない。献体を手に入れて本格的な研究が出来れば、世界的に讃えられて後世に名を残す偉大な研究所になれるだろうから。
「取り残した発信機が無いか、改めて厳重にチェックしておいた。お前さえ良いなら、今夜にでも森の奥深くへ埋めに行ってくる」
「は?行ってくるって……なんだその言い方、ロアの担当は俺だぞ!」
「鏡でテメェのツラを見てみろ。まだシュートに与えた"生命力"が回復してねえんだろ」
そんなフラフラで森について来られても迷惑だと一蹴されて黙り込む。それに、「シュートの様子を見てろ」と言われちまったらもう反論はできなかった。
「わかったよ……オーサーは?」
「リディアに埋葬の手伝いを頼みに行ってる。段取りとか説明してんじゃねえかな?絶対に掘り返されねえ地中深くにロアを葬ってやりてえからな」
「……そうだな」
戻って来たら話したいコトがあるってバイロンに伝言を頼んで、俺はシュートの部屋に向かった。
やっぱり体力が少しずつ減ってンのか、傷は治ったのに眠る時間が長くなってくシュートの部屋の前には色んな亜人やモンスターたちが集まってた。
「お前らも心配だよな」
ポカポカあったかくて静かなシュートの膝の上は小さいモンスターたちの大人気スポットだった。手を差し出すと無条件に握り返してくれる人懐っこさが可愛くて、亜人たちもシュートが大好きだった。
「ちゃたろー、シュート、どうしちゃったの?」
さすがのリディアも元気のないシュートを理解してくれてるのか、精一杯の小声で話しかけてくる。
「心配すんな。俺が絶対に助けるから、大丈夫だよ」
ここにはかつて悪い人間のせいで酷い目に遭った奴らもいる。"シュートが悪い人間に傷つけられた"なんて教えたくはなかった。
「シュート、入るぞ」
ノックしてから部屋に入って、耳元で何度か優しく声をかけるとシュートはゆっくりと目を開いた。心なしか元気の無い青緑色の瞳におずおずと見つめられる。
「起こして悪い、立てるか?」
ロアにお別れを言いに行こう、と誘って起き上がる背中を支えると甘えるように頬を擦り寄せられてドキッとした。
「いつでもあったかいな、お前は」
触れた感触を反芻するみたいに無意識に手を頬に当てる。
――ああ、俺、シュートが好きなんだ。
「……」
まだシュートの体力を回復させる有効な手段は見つからない。でも誰が何と言おうと、コイツを死なせたりしない。
***
保管庫に行くとロアはマジで全く変わらない姿でそこにいて、今にも目を開けて起き上がるんじゃないかって思った。でも傷つけられた場所が痛々しく裂けたままになってて、もう命がそこにないコトが分かる。
「今夜、森に返すんだって」
そう言うとシュートはそっとロアの角に触れて、別れの挨拶をするみたいに額をくっつけ合わせた。
「……安心して静かに眠れるよう、オーサーたちがしっかりやってくれるから」
保管庫の扉が開く音がしたから振り返るとオーサーが立ってた。まだ静かにロアに寄り添ってるシュートを残して廊下に出る。
俺が何か言うより先にオーサーは「生命力の譲渡なら、許可しない」って言い放った。何を話すつもりなのか、予想されてたみたいだ。
「でも、このままじゃシュートは……!」
「俺はここの施設長として、いかなる理由があろうとも命の譲渡を許可しない。わかるか?たとえその立場が逆だったとしてもだ」
キッパリ言い切られて、用意していた言い分がどれも無意味なんだと思い知る。
「……でも……」
「お前の命はお前のものだ」
オーサーの言うことは分かる。これは"仕事"の域を逸脱した、完全に個人的な感情による越権行為だ。
「でも、ダメなんだよ」
「……」
「シュートが、死んだら……っ」
そう口にした瞬間、勝手に涙がこぼれてきて自分でもビックリした。
「俺、ダメだ……。俺は、ダメなんだ」
こんなの、ガキの言い分すぎる。でもオーサーには意外にも"効いた"らしい。気まずい沈黙が流れたあと、わざとらしいため息を吐かれてバツが悪くなる。
「……俺の目の届く範囲で、滅多なことはするなよ。でなければ、お前たちを隔離することになる」
「え……」
それだけ言い残して立ち去ってった背中をぼーっと見つめてたら「早く仕事に戻れ。給料無しだぞ」って怒られた。
***
ロアが死んじまってから1ヶ月が経った。前にシュートがここに運び込まれたのは、ロアを保護してから2ヶ月くらい経った頃だった。つまり、ユニコーンの加護を失ってから2ヶ月くらいが限界に至るタイミングってことだ。
でもケガの回復の為に体力を使っちまったのか、精神的な落ち込みも関係してるのか、シュートは明らかにどんどん弱ってく。
「……シュート」
起こさないよう慎重に部屋に入って、眠ってるシュートの頬にそっと触れる。皆が必死で動いてくれてるけど、解決策は未だ見つからないまま。
オーサーは俺がシュートに"食事"させることを黙認しつつ、無理だけはするなよと栄養ドリンクを差し入れてくれる。その厚意に応えるために、俺は自分の体調管理にも最大限に気をつけてた。
「あ……、起きちまったか」
だからマジで大丈夫な範囲でしかやってないってのに、シュートは俺が力を分け与えようとすると目を覚まして弱々しく押し退けてくる。
「シュート、大丈夫だってば」
もう3日も受け入れてくれてない。ただでさえ弱ってんのに唯一の食事手段さえ拒否されて、気持ちばっかりが焦る。
「ほら、大丈夫だから」
今まで無理強いはしてこなかったけど、ちょっと強引に肩を掴んで引き寄せようとしたら突き飛ばされた。
「うわっ!」
ベッドから転がり落ちてガタガタッと音が立つ。様子を見に集まってたチビたちが扉の向こうで驚いてるような気配がした。
「シュート……このままじゃダメだって!」
もういい、多少イヤがられたとしても額を合わせちまえばこっちのモンだ。そう思ってまた手を伸ばしたら全身で包むみたいに抱き込まれちまった。こうされると体格差があるからどうしようもない。
「……っ受け入れてくれ、少しだけでいいから!」
何を言っても離してくれそうにない。俺は無力感と焦りで段々イライラしてきて、つい大声を張り上げちまった。
「お前を守りたいんだよ……!わかれよ!!」
「茶太郎、何を騒いでんだ!冷静になれ、バカ!」
グッと引っ張られる感覚がして、バイロンにゴツッと頭を小突かれた。そしたらシュートがすぐ反応して、俺を守ろうとするみたいにその腕を掴んだ。
「シュート、いい。俺が悪かった」
「……わかったよ、俺も暴力はやめる」
結局その場は解散させられて、俺は他の業務に取り掛かるよう言い付けられた。
***
もうずっと施設に泊まり込んだまま、今日も仮眠室で横になる。でもなかなか眠れない。このまま明日も明後日もシュートに"食事"を拒否されたら……。
とにかく俺が元気な姿を見せねえとシュートは安心して受け入れてくれない。神経が立ってるのをなんとか睡眠薬で誤魔化して目を閉じた。
そうして寝てんだか起きてんだか曖昧な意識の中で、妙な夢を見た。ロアの夢だ。シュートのこと、心配かけてごめんって言ったら頭を擦り寄せてじっと見つめられた。
気が付いたら俺の手の中にオレンジ色の火が灯ってて、驚いたけど熱くなくて、ポカポカしてて……。
「っ!!」
ハッと目が覚めると、久々にスッキリした気分がした。
「……」
時計を見るともうすぐバイロンが出勤してくる時間だった。
施設内を走ってるとそろそろ眠りにつき始める夜行性のモンスターたちが迷惑そうにチラ見してくる。
「バイロン!」
「おう、なんか顔色良くなったな」
打刻してたバイロンに駆け寄って「ロアのとこに行きてえんだ」って言ったら変な目で見られた。
「はあ?」
「頼む!!」
「……ここの管理はどうすんだよ」
帰ろうとしてたクレイグの首根っこを掴んで残ってくれって頼んだら眠いって文句言われたけど、次の飲み代を奢る約束で手打ちになった。
オーサーに連絡を入れるとチビたちのメシと体調チェックは引き受けておくって言ってくれて、俺は慌ててシュートの部屋に向かった。
まだ朝早いから施設の中はシンとしてて、シュートも静かに眠ってるみたいだ。起こさないように近寄って、ほんの少しだけ力を送る。そのまま、その額に軽くキスをした。
「……シュート……」
絶対に死なせねえからって呟いて、俺は車に乗り込んだ。
***
森に着いて、バイロンの後について歩いてると振り返って「どうするつもりだ?」って聞かれた。
「こっから先はもうわからねえ。こんなトコに電波も入るわけねえし、手探りになんぞ」
目印も全部回収したからな。と言いながら帰り道を見失わないために新しい目印を近くの木につけていくバイロンに頷いて返す。
「大丈夫だ、多分わかる」
「お、おい……待てって!」
でも不思議と足が勝手に進むから、導かれるみたいにどんどん歩いて行った。
しばらく歩き続けてふと開けた場所に出たかと思うと、目の前に巨大な白い木が現れた。
「……」
「なんだこれ、こんなの無かったぞ」
その下の地面はつい最近掘り起こされたみたいに、周りとは少し様子が違ってる。
「ここがロアを埋めた場所か?」
「ああ、この開けた場所は覚えてる。でもまさにその木の下だ!たった2週間でこんなのが育つわけがねえ!」
二人で顔を見合わせて「さすが幻獣の"奇跡"だな……」なんて話してると不意に何かの気配を感じて、視線を大樹に戻すと何かが降ってきた。
「うわっ……と」
それは見たこともないツヤツヤしたオレンジ色の実だった。手のひらサイズで、丸みがあって、しっかり硬くて、みかんでもリンゴでもない……不思議な実だ。
まるで生きているみたいに温かさを感じる気がした。実際に温度としてのぬくもりがあるというよりは、"生命力の塊"って感じかな。夢で見た炎の正体はコイツだって確信した。
「……シュートのトコに帰ろう」
「ああ、こっちだ」
俺たちはバイロンが残してくれた目印を回収しながら、来た道を急いで戻って行った。
「シュート!」
オーサーへの報告とクレイグへの労いはバイロンに任せて、俺は一目散にシュートの部屋に走った。
「シュート、起きられるか?」
頬に手を当てて何度か声をかけると、また俺が無理をして力を分け与えようとしてると思ったのか警戒するように見つめてくる。
「……これ」
何を言うべきなのか分からなくて、とにかく持って帰ってきた実を差し出してみた。シュートはしばらく大きな瞳でそれをじっと観察して、手を出したから乗せてやった。
「わかるか?ロアのトコにあったんだ。俺、コレが……」
何か、お前を元気にできる力を秘めてるんじゃないかって……そう言おうとしたけど、シュートがまた俺を見つめてきたから思わず黙り込む。
「……」
シュートの手に手を重ねてみると、物凄い"熱"を感じた。後戻りはできない。そう心の中で不思議な声が聞こえた気がしたけど、俺は一切の躊躇なくシュートと一緒にその実に額を当てた。
***
俺はシュートと一緒に森に"帰って"きた。今じゃここが俺の家だ。森の中には人工的な建造物なんてモンはねえから、当然野宿。でも意外と俺は初日から土と草の上で爆睡できた。野宿の才能あったのかも。
まあそれに眠る時はいっつもシュートが抱きしめててくれるからポカポカあったかいし、危険は無いって知ってるから。
でも壁と屋根がある方が落ち着くのは事実だなあって言ったらイイ感じの洞窟を見つけてくれて、なんとなくそこを中心に暮らしてる。
「ふわ……おはよ」
目を覚ましたら湖で顔を洗って、シュートと一緒に森の中を見回って、ケガしてる生き物や病気の木を見つけたら保護したり、力を分け与えたりする毎日だ。
この数ヶ月で思い知ったのは、俺たちが把握してる生き物の数なんてたかが知れてたってこと。ここに来てから、見たことも聞いたこともないモンスターや亜人たちが次々に"新しい主"に挨拶に来てくれた。森の奥深くには、いったい何千歳なのか分からないレベルの巨大樹も生えてる。
結局、ちっぽけな人間に理解できる世界のことなんて、どんなに研究を重ねたってほんの一部にすぎないんだろう。
とにかくシュートはここにいる限りいつでも力が|漲《みなぎ》ってる感じで何の心配もなくなった。ちなみに俺もシュートの近くにいたら不思議と腹が減らなくて、まさに森と一緒に生きてるって感じだ。
あと、この森全体にはシュートが張ってるバリアみたいなモンが働いてて、外部の生き物は勝手に入れないみたいだ。聖域みたいな感じで、隠蔽されてる。だから俺も人里に出入りする時はシュートに頼むんだ。
きっとロアが元気だった頃も、そうやってこの森は人間に見つかることなく何百年……もしかしたら何千年、繁栄し続けていたんだろう。
「ロアが残してくれたモン、大事に守っていこうな」
見回り中、不意に伝えたくなって前を歩くシュートにそう声をかけたら、嬉しそうに抱きしめられた。
とにかくそんなワケで、今はシュートや森の生き物たちと一緒に穏やかで幸せな日々を送ってる。少し前に会いに来たバイロンが冗談で「ガキが生まれたら見せにこいよ」なんて言いやがったけど……"あの実"をシュートと一緒に吸収してから、何か俺自身にも変化が起こってる気がしてて。
そのうちマジで"そう"なるかもしれねえな、なんて考えて笑った。
【異種族の世界のBOX 完】
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