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番外編◆もしもの世界のBOX 2
【もしもの世界のBOX 2】
茶太郎(11歳) テッド(7歳)
少し前のこと。家族で行ったショッピングモールで小さい男の子が迷子になってて、ゲストサービスで一緒にその子のお父さんを待った。
連絡してって言われてたからそれを母さんに言って次の日の夕方に電話をすると、出たのはあの男の人で、ちょうど近くにいるからってその時の男の子……テッドも電話口に出てくれた。
「……もしもし?」
『……』
「テッド、あの……覚えてる?茶太郎だよ。デルアモで会った……」
返事はないけど、向こうにいる事はなんとなくわかった。
「聞いたよ、もうすぐおたんじょうびだってね。お祝いしに行くから」
この家からテッドのおうちまで、車で20分くらいなんだって。また会えることがうれしい。
「俺の家は海沿いにあってさ、その……えっと」
とにかく何か話したいのに言葉が続かなくてもどかしくなる。
『う』
そしたら小さく返事っぽいものが聞こえて、なんでか俺はただそれだけで胸がキュッとした。
「ドーナツ好き?プレゼント何がいいかな」
『……』
「|ピニャータ《くす玉わり》はする?大きい音がなるからイヤかな」
『……』
メッセージカード書いて行くからね、と言えばまた小さく返事があった。
――かわいいな。早く会いたいな。
ふとそんなふうに考えてたことに気が付いてちょっとはずかしくなった。クラスで誰が好きだとか、かわいいだとかって話になっても、いつも困っちゃうのに。誰かのこと、こんなふうに思うの、初めてだ。
もしかして俺って、テッドのこと好きになっちゃったのかな……。そんなことを考えて、すぐ頭を振った。
「ありがとうテッド、その……えっと、話せてよかった。お父さんに代われる?」
名残おしいけど、いつまでもこうしていられない。
『……』
俺たちの通話を横で聞いてくれてたのか、すぐガサガサと音がして、テッドのお父さんが出た。
『ありがとう、じゃあバースデーパーティーの事を説明するから、茶太郎くんのお母さんと話してもいいかな』
「うん」
母さんに電話を渡すと大人同士で何やら話し込んでるみたいだったから、俺はなんとなくそれが気まずくて自分の部屋に戻った。
***
というわけで、今日はテッドのおうちにお呼ばれしたから、父さんに頼むと喜んで車で送ってきてくれた。小さい頃は近所の子たちのバースデーパーティーにも参加してたんだけど、俺があんまりさわがしいの好きじゃないから行かなくなって「なんかこういうの久しぶりだな」って笑ってた。
「ほら、着いたぞ」
「ありがとう!」
テッドのおうちはデルアモより少し先にあって、海沿いの道をずっと走って到着した。
「茶太郎くん、いらっしゃい」
「こんにちは」
パーティーだけどお家はそんなに派手に飾られてなくて、壁に7の風船が貼られてるくらいだった。
「あれ……テッドは?」
「今ちょっと寝ちゃってるんだ」
おかし食べて待つ?って聞かれたけど、あんまりおかし好きじゃないし、テッドの所に行きたいって言ってみたら連れてってもらえた。
俺の父さんは用意してきたプレゼントやおかしを渡したりごあいさつをしてリビングに残った。
ここだよって教えられた部屋の扉をそっと開くとぼんやり暗い部屋のベッドでテッドはすやすや寝てた。昨日の夜、ずっと寝れなかったんだって。茶太郎が来るよって言ったからかなってお父さんは笑ってた。
「……」
そっと近づいてふくふくのほっぺを見つめてると、泣きたいような気分になってきた。なんだろう、なつかしい……みたいな気持ちがして。
「ん……」
俺の気配に気がついたのか、ぼーっとした感じで少しだけ目が開かれて、小さい手が伸びてきた。
「テッド?」
「……」
そのまま手を掴まれて、指に吸いつかれたからビックリした。小さい口とベロの感覚が指先に伝わって変な気持ちになる。とんでもなくドキドキしたから、慌ててテッドをゆすって起こした。
「起きて、テッド」
「……」
「わかる?茶太郎だよ」
そしたら俺の指を吸ったまま、今度は噛まれた。
「いて……」
どうしようかな。
じっと動けずにいるとテッドのお父さんが様子を見に来て、すぐ俺の指をテッドの口から引き抜いてくれた。ちょっと歯形がついてて、血は出てなかったけど赤くなってた。
「ごめんね、大丈夫?」
「うん」
「なんで噛んじゃったんだろう、人に怪我させたりする子じゃないんだけど……」
「いいよ、気にしないで」
そう言ったのに、テッドを抱き上げてリビングに行って俺の父さんにも説明して謝ってた。そんなのいいのに。
***
しばらくするとテッドのお母さんが帰ってきて、ケーキを受け取って来たと机に置いた。俺ははじめましてだからちょっとドキドキしたけど、あいさつすると「今日はよろしくね」と優しく笑ってくれてホッとした。
「ねえ、荷物が届いてたの……お義母さんからみたい」
「えっ?」
テッドのお父さんはビックリしたように駆け寄って荷物を確認してる。「本当だ、母さんから……」そう呟いて、うれしそうにその荷物を俺たちが持って来たプレゼントの横に並べた。
ラッピングはされてないただのダンボールだけど、これは確かにプレゼントなんだって。
「テッドのおじいちゃんおばあちゃんは来ないの?」
「うん、複雑なんだ」
恋愛結婚は許さないって言われて、駆け落ちみたいな形で妻の籍に入った……そう困ったように笑いながら説明された。
「恋愛結婚?」
「好き同士で結婚する事だよ」
「それって何が悪いの?」
父さんにコソッと聞いてみたけど「うーん、なんにも悪くないよな」と言われた。ウチの親ってテキトーなんだよな。
「でもいつか会ってほしくて、テッドの写真を時々送ってたんだ」
効果あったみたいだって呟いて、もう一回送られてきた荷物をニコニコ確認してた。
それから皆でハッピーバースデーを歌って、ご飯を食べて、ケーキを食べて、プレゼントを開けてみようって時間になった。
「今年はプレゼントたくさんでうれしいな」
そう言いながらお父さんがテッドを椅子から下ろそうとするのを見て、つい「あっ、ねえ俺が抱っこしてもいい?」と聞いてしまった。
変なことを言った気がしてヒヤッとしたけど、「もちろん」と差し出されて両手で受け取る。その間テッドはずっと大人しくしてて、太ももの辺りと背中に腕を回すとズシッと重みがかかった。
「わ……」
なんとなくモチモチしててポカポカあったかい。小さい子どもを抱っこするのってこんな感じなんだ。いや、もう7歳なんだけど……。5歳くらいに見えるんだもん。
軽く抱え直すとテッドは足を腰に、腕を俺の首に回してくれて、肩の所に頭が預けられた……かと思うと急に首に痛みが走った。
「あ、い……いたっ……!」
「ちょ……こら、テッド!」
何が起きたのか分からなかったけど、首に噛みつかれたみたいだった。テッドのお父さんとお母さんが慌てて俺とテッドを引き離そうとするけど、余計に強く噛まれて痛い。
「テッド、離しなさい!」
「う……いいよ、いいから、怒らないであげて」
俺の父さんは呑気に「茶太郎が大好きなんだなぁ」と言いながら見物してる。それくらいでいいよ。
「本当にごめん!」
「ううん、大丈夫」
テッドはお父さんに抱き上げられて、お母さんが俺の首を確認してくれる。
「やだ、少し血が……消毒液を持ってくるから」
そしたら急にテッドが珍しく大きめの声を出したからビックリした。
「う……うー」
「え?」
こっちに手を伸ばして、明らかに俺を求めてる。
「テッド、おいでっ」
もう一度抱っこしようとしたけど、テッドのお父さんはサッと引き離すように立ち上がった。
「ごめん、また噛んじゃうかもしれないから」
「いい、平気だよ!」
「でも……」
そしたらテッドの目にみるみる涙が溜まってきて、ポロポロと泣き出した。
「ふっ……ふ……っ」
「テッド……!?」
「どうしたの?えっ……」
そこへ戻ってきたテッドのお母さんも加わって、二人とも物凄く驚いたようにその様子に見入ってる。
「嘘、泣いて……」
「テッド!」
俺はもう夢中でほとんど奪い取るみたいにテッドを抱き寄せた。
「どうしよう、どうしようテッド……泣かないで」
しゃくり上げながら必死でしがみつかれて、どうすれば良いのかわからないけどとにかく頭を撫でて声をかける。
「だれも怒ってないよ、大丈夫」
首のケガの事もすっかり忘れて、俺はテッドを抱きしめた。
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