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番外編◆もしもの世界のBOX 3

【もしもの世界のBOX 3】 茶太郎(11歳) テッド(7歳)  バースデーパーティーの途中でテッドが泣き出しちゃって、中断することになった。俺はテッドと一緒にリビングに敷いてもらったマットに寝転んでて、少し離れた場所で親たちが何か話し合ってる。 「……テッド、大丈夫?」  俺にしがみついたまま離れてくれそうになくて、耳元で「ふっ、ふっ」と浅い息をしてるから心配になる。 「ちゃんと吸って」  噛まれて血が出ちゃった首は消毒してもらってガーゼを貼ってもらった。そのまま父さんたちはコソコソと何か話してるから、俺は服の袖をまくって見えない所をまだ泣いてるテッドの口元にこっそり持っていった。 「ここなら噛んでもいいよ」 「……」 「いいよ」  そしたらカプッと噛みつかれて、ちょっと安心してるみたいに見えた。苦しそうだったのもマシになってホッとする。最初は力のない甘噛みだったけどだんだん強くなってきて、痛みなんかどうでもよかった。  だんだん噛む力が弱くなってきたなと思うとテッドは寝たみたいで、そっと覗き込むともう泣いてなかった。 「茶太郎」 「えっわ、うん?」  父さんに呼ばれたから慌てて袖を戻す。 「とりあえず今日は帰ろうか」 「え……っなんで?」  まだバースデーパーティーは終わってないのに。そう言いたかったけど、大人たちのマジメな空気に何も言えなくなる。 「誰かがこんな風に遊びに来てくれる事、初めてだったんだ。テッドは嬉しくて混乱しちゃったのかも……今日はせっかく来てくれたのに怪我をさせてごめんね」 「そんなこといいよ、気にしてない」  本当はまだまだ一緒にいたかったけど、迷惑になるからって父さんに言われて引き下がった。  こんなふうにテッドが泣いたりするの、初めてなんだって。みんな心配そうにしてるから、他人の俺たちはもう帰ったほうがいいみたい。 「……わかった、お祝いのメッセージカードがあるから、それだけ持ってきていい?」 「うん、ありがとう」  持ってきたプレゼントにくっつけてたメッセージカードを取って、寝てるテッドの顔の近くに置く。 「またあそびに来てもいい?」 「また来てくれる?」 「うん」  そう言うとテッドのお父さんもお母さんも本当にうれしそうにしてて、何回もお礼を言われた。なんでだろう、そんなの、当たり前なのに。 「カード読めるかな?」 「まだ難しいんだ」  じゃあ次に来たときに読んであげるね、と涙の跡があるほっぺにキスをして立ち上がった。 「ばいばい」 「気をつけて、今日はありがとう」 「こちらこそ」  父さんの車に乗り込むと「楽しかったな」と笑いかけてくれて安心した。なんとなくケガをしたこと、怒られたりするかなと思ったから。  ***  家に帰ると「思ったより早かったね」と母さんに言われて、姉ちゃんが部屋から「お土産ないの?」と出てきたから、もらったキャンディをあげた。ユニコーンの形をしてて、こんなの子供っぽい!って文句言われた。 「あら、怪我したの?」 「うん」 「男の子同士は元気ねぇ」  母さんはケラケラ笑って夕飯の支度に戻っていく。これくらいの反応でいいんだよなぁ。 「めちゃくちゃ可愛かったよ、7歳になるって聞いてたけど、4歳か5歳くらいに見えた」 「あら、次は私が送り迎えしようかしら」  父さんの言葉にドキッとしたけど、同時にちょっと安心した。やっぱりテッドってかわいいんだ。 「茶太郎が大好きみたいで、近付くと噛みついちゃうから今日は帰ってきた」 「ええ?それでその怪我?嬉しいわね、そんなに懐いてくれて」  自分の子供が血の出るほど噛みつかれてもこの調子。なんだかおかしくて笑うと「電話する?」と聞かれたから頷いた。  電話に出たのはテッドのお母さんで、今日のことまた謝られた。 『こんな事初めてなの、その……もしかして歯の生え替わりで痒かったのかな……なんて』 「本当に気にしてないよ!俺こそ、泣かせちゃってごめんなさい」  泣いてたテッドの姿を思い出すと胸がギュッて痛くなった。今は泣いてないかな、寝てる間に帰って来ちゃったから、気になる。  抱っこした時の暖かい感覚が忘れられなくて、もう一回だけ抱っこさせてもらえば良かったなって思った。 「……あのっ!その、俺の誕生日……再来月だから、もし良かったら来て」  さわがしいの好きじゃないからバースデーパーティーなんかずっと「しなくていい」って両親と姉ちゃんにプレゼントをもらうだけだった。  そんな俺が急にそんなことを言い出したから、いつの間にか横で電話してるのを盗み聞きしてた姉ちゃんがビックリして騒ぎ出す。 「おかーさーん、茶太郎が今年はバースデーパーティーしたいって!」 「いいわよー」 「ねえ今日お祝いに行ったお友達が来るの?」 「もーうるさいなぁ、あっち行けよ」  最近、クラスのカーストばっか気にして化粧なんかし始めた姉ちゃんはガチャガチャした爪つけて外ではツンとした態度でクールぶってるくせに、こういう時はなんでも首をつっこんできてまじでウザい。  こっちでバタバタしてると電話の向こうでテッドのお母さんがくすくす笑ってるのが聞こえた。 『ありがとう。お祝いに行くね』 「……うん、約束!」  電話を切ってから想像する。再来月、俺のつつましいバースデーパーティーに家族みんながいて、じいちゃんたちから手紙が届いて、テッドたちも来てくれる。  テッドは初めての人がいても平気とは言ってたけど、やっぱり疲れちゃうかもしれないから、お昼寝できるように俺の部屋を片付けておこう。お客さん用のマットレスと毛布を用意して、俺が小さい時に秘密基地にして遊んでた三角テントも出しておこうかな。  2ヶ月も先なのに、今からワクワクしてソワソワする。何を準備しよう。 「あ、姉ちゃん、今年はまじでクラッカーは禁止だから」 「なんで?」 「テッドは大きい音が苦手なんだ。俺もああいうの好きじゃないし」 「ふうーん!じゃあピニャータもナシだからね」 「いいよ、俺いっつもやってないし。おかしなんていらないもん」  もうそういう歳じゃないし、と言うと頭をポカッと叩かれた。 「生意気!私まだやるもん!」 「暴力反対!」  この暴力女と比べたらテッドの噛みつきなんてかわいくて仕方ない。父さんも「茶太郎に甘えてるんだな」って言ってたし。好きなだけ噛めばいいよ。 「ねえ私の友達も呼んでいい?」 「はあ?なんでだよ」 「だってパーティーなんだよ!たくさんいた方がいいじゃない。あんた呼べる友達いないでしょ?」 「だめ。むり」  こいつはギャルで集まって甘いもの食べながら写真撮ってSNSにキラキラピカピカ投稿したいだけ。ウザい。  姉ちゃんとギャーギャー喧嘩しながらも俺の頭の中はもうテッドの事でいっぱいだった。早く誕生日がこないかな。こんなに誕生日がくるのが楽しみなのは初めてだった。

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