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番外編◆もしもの世界のBOX 5
【もしもの世界のBOX 5】
茶太郎(12歳) テッド(7歳)
待ちに待った誕生日がきた。めちゃくちゃ早くから目が覚めちゃって、俺はずっと2階の部屋の窓からテッドのおうちの車がやって来るのを待ってた。
「ねえ、ホントにこんな地味なの!?パーティーじゃないじゃん!」
「うるさいなあ、俺の誕生日なんだから俺の好きな祝い方でいいだろ!」
あんまりキラキラさせたらテッドが疲れちゃうと思ったから飾り付けはナシにした。むしろなんで飾り付けがマストなんだよ。終わったらゴミになるばっかりなのに。
おれはカラフルなケーキも風船もいらないんだ。父さん母さんにリクエストしたのはテッドのためのドーナツだけ。
「SNS映えしないじゃん!」
「うるさい」
あっち行けよ!と怒鳴ったら頭を叩かれた。あの暴力女め。
「……あ!」
ドタドタと階段を降りてくと母さんがクスクス笑ってるのが分かったけど気にしない。
「テッド!!」
「茶太郎くん、こんにちは」
車から降りてきたテッドに駆け寄ると抱きついてくれて、俺もぎゅうぎゅう抱きしめる。今日は大きなイヤーマフはしてなくて、代わりに耳栓をしてるみたいだった。
「こんにちは、来てくれてありがとう」
「お誕生日おめでとう」
そのまま抱き上げたらテッドも慣れたように腕や足を回して抱っこしやすくしてくれる。なんだかこの重みにも慣れてきた。
母さんも出てきてなんだか親同士で挨拶してるから、俺は「俺の部屋見せてあげる」とテッドをつれて家に入った。
「2階なんだ」
さすがに抱っこしたまま階段を上がるのは危ないと思ったから、下ろして手を繋ぐ。そしたら姉ちゃんが来て話しかけられそうだったから部屋に逃げ込んだ。
廊下から「なによ!」とさわぐ声が聞こえるけどムシしてテッドに部屋の中を案内する。
「ここが俺の部屋。好きに過ごしていいからね」
「……」
「あ、これ?ミニカー。集めるの好きなんだ」
棚の上に並べてある小さな車たちからひとつ手に取って持たせてあげるとじっと見つめてた。
「ひとついる?」
「……んん」
意外にもハッキリと意思を感じる動きでミニカーを返される。茶太郎の好きなモノなんでしょって言われたような気がして、考えすぎかもだけど、うれしかった。
「あとで一緒に写真撮ってもらおう、それで、ここに貼らせて」
壁に何枚か貼られてる思い出の写真を指差すけど、テッドは興味ないのかテントを見てる。
「入っていいよ」
「……」
「もししんどくなったら、ここに隠れてね」
そう説明しながらテントの前にしゃがむと急に抱きつかれて後ろ向きにバランスを崩した。
「わっ……」
テッドが頭を打たないように慌ててぎゅっと抱きしめて転ぶ。そしたらモチモチの体がポカポカしてて、なんかすごいドキドキして。
「て……テッド」
ふと気付くと青緑色の大きな瞳がじーっと俺を見下ろしてて、目が合うとどんどん近寄ってくる。「待って」って慌てて言ったけど、小さい口が俺の唇にくっついちゃった。
「……!」
薄暗いテントの中で、あったかくて柔らかい感触に頭がクラクラした。
ご飯にしようかって呼ばれたから手を繋いでリビングに戻ったけど、俺はいけないことをした気持ちで母さんの顔がうまく見れなかった。
「茶太郎くんのお部屋どうだった?」
「この子、張り切って小さい時によく遊んでた|Teepee《三角テント》まで引っ張り出して……」
「あら、秘密基地に案内してもらったの?」
そんな会話を頭上で聞く。テッドは相変わらずキョトンとして、俺の手を黙って握りしめてた。
***
ケーキはいらないっていったから、「代わりに」って母さんは昼ご飯に俺の好きなモノばっかり作ってくれた。
「テッド、これも食べる?」
「う」
口元に持っていくとテッドは何でも食べる。姉ちゃんが横から「かわいー」って言いながらミートボールを差し出すので俺が食った。
「何よ!」
「うるさい」
ご飯を食べたらプレゼントの時間だからねと言われて、さすがにちょっとワクワクした。父さん母さんには欲しいモノを伝えてあるから何がもらえるのかもう知ってるけど。
そんなわけでプレゼント開封の時間になって、俺は父さんたちから包みを受け取った。じいちゃんたちから手紙とギフトカードも届いてるらしい。それは後でゆっくり読む。
「リクエスト通りだからサプライズは無いけど」
「いいよ、ありがとう!」
包みをビリビリと破るとミニカーの箱が出てきて、それを横から姉ちゃんが奪い取った。
「何これ、カローラ?スポーツカーじゃないの?乗用車じゃん!」
「うるさい、静かにしろよ。俺そんな派手なの求めてないし。トヨタってスゴイんだぜ」
俺、いつか大きくなったらこういう車を持って、テッドとドライブしたい……なんて思ってるんだから。言えばまた「地味な人生設計!」ってギャーギャーさわぐの知ってるから黙っといたけど。
「返せ!」
奪い返して服の裾で赤いツヤツヤのボディについた姉ちゃんの手垢を拭き取る。
「はい、私からプレゼント」
「ありがと」
毛むくじゃらの変なキャラクターのついたキーホルダーを渡されて、ミニカーと一緒に机に置いた。
なんてやり取りをしてると、おとなしくお母さんの膝に座ってたテッドが包みを持たされてこっちに歩いてきた。
「テッド」
本当に"どうかしちゃってる"俺は両手にモノを持ってテッドが歩いてるだけで転ばないか心配でソワソワして、両手を広げながら待つ。
「……」
もちろん、ちっとも問題なく俺の目の前まで歩いてきてくれて、手に持ったプレゼントを渡してくれた。
「ありがとう」
それだけで感動して抱きしめたくなったけど自制してプレゼントを受け取る。包みを破ると中から手紙がひらりと落ちた。
「あっ」
拾い上げるとそこには"セオドール・A・ブラッドレイ"って書かれてあった。
「……セオドール」
そっか、よく考えたら俺、テッドのフルネームまだ聞いたことなかったと気付く。
「神さまからの贈り物って意味なんだよ」
「へえ……」
名前にそんな意味があるんだ。知らなかった。
「俺にとってもテッドは神さまからの贈り物だよ」
気持ちがあふれて、そう言いながら抱きしめると隣で姉ちゃんが「なにそれ?」って言うから睨んでおいた。
テッドを膝に乗せて手紙……というか厚紙を折ったようなソレを開いてみると手形がスタンプされてて、その小ささに胸がぎゅっとなって死ぬかと思った。
「ありがとう、うれしい」
ガマンできなくてほっぺにちゅってする。そしたら「へへ」ってテッドが目を細めて少しだけ笑ったから本当に驚いた。
「えっ……」
「どうしたの?」
「今、今……!ちょっとだけ笑ったよ」
そう言うとテッドのお父さんもお母さんも目を見合わせて驚いてた。
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