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番外編◆もしもの世界のBOX 7
【もしもの世界のBOX 7】
茶太郎(12) テッド(7)
気が付いたらなんだか薄暗い所にいて、辺りを見回すと遠くに何かを見つけた。うずくまってる小さい子に見える。
「……」
俺、あの子を知ってる。
引き寄せられるように足を前に出して近づこうとするけど、体が前に進まない。大声をあげて呼びかけたいのに、声が出ない。
もどかしくて走りたいのに、まるで水の中にいるみたいに体がうまく動かせなくて、ただ口をぱくぱくする。
「……と……っ」
暗がりの先でうずくまったままの男の子が泣いてるみたいに見えて、今すぐ駆け寄って抱きしめたくて。ぜんぜん体が言うことを聞かないから、イライラして「クソったれ」って呟いた。
クソったれ?そんな悪い言葉……俺、どうしちゃったんだろう。どこか他人事みたいに考える。
「……っ!」
そうして俺がモタモタしてる間に男の子が見えない何かに引きずられて、真っ黒な影に飲み込まれようとしてるのが分かった。
「ショット!!」
夢の中で叫んだのか、寝ぼけて叫んだのか、自分の声で目を覚ました……ような気がする。俺は文字通り"飛び起き"て、気がつくとベッドの上で体を起こしてた。
「……?」
心臓がバクバク鳴ってて、頬が涙で濡れてた。窓の外はまだ暗い。昨日は熱が出て早退した後スープだけ飲んでからすぐ寝たから、さすがに早寝すぎたのか変な時間に起きちゃったみたいだ。
「うー」
しんどい。熱はもう無いのに。気分サイアク。
「いやだ……」
いやだ、いやだ。このイヤな気持ちを口に出さなきゃどうにかなりそうで、俺はしばらく自分を落ち着かせるために「いやだ」って繰り返した。
どんな夢を見てたんだっけ。暗くて、寂しくて……誰かを見た気がする。そう、小さい男の子だ。
「……」
俺の知ってる小さい男の子なんて、テッドしかいない。でも俺、さっき……なんて叫んだっけ。なんで……。
「はあ……」
もう考えたくない。ただの夢なんだから、早く忘れよう。熱のせいで変な夢を見たんだ。
***
あんまりよく眠れなかったけど次に目を開けると窓の外がぼんやり明るくなってたから、俺はもう起きることにした。また変な夢を見たらたまらないし。
「おはよう、さすがに昨日あんなに早く寝たから早起きね」
「んー……熱のせいか、めちゃくちゃイヤな夢見てさ。目が覚めちゃった」
まだ熱あるの?と聞かれて「もうないよ」って答えながらコップに牛乳を注ぐ。
「学校は行けそう?」
「うん、今日はもう行くよ」
まだ出発するまで2時間くらいある。いつもより1時間半も早く起きちゃった。
「……テッドはもう大丈夫かなあ」
「小さい子はすぐ熱出してすぐ元気になるものだから」
そんなの安心材料になるわけない。そういうものだとしても、熱が出るたびにテッドは苦しいんだ。しょんぼりしてたら不意に机に置かれてた母さんの携帯が鳴り出した。
「わっ……」
反射的に画面を見ると"テッドママ"って出てたから勝手に出た。
「もしもし!」
『もしもし、茶太郎くん?』
「うん!」
『朝からごめんね。迷惑じゃなかったかな』
「大丈夫、ちょうど起きた所だった」
元気になったら電話するって言ってくれてたから、もう大丈夫になったのかな。さっきまでのモヤモヤが晴れていくのがわかる。
『もう熱は下がったよ、テッドと話す?』
「うん!」
そうすると向こうでカサカサ何かが動く音がして、やがておさまった。
「テッド?」
『う』
呼びかけるとすぐに短い返事があって、俺の声に反応しておしゃべりしてくれてるんだと思うと嬉しくて|綻《ほころ》んだ。
「元気になってよかった。早起きだね」
『……』
「実は昨日、俺も熱が出ちゃってさ……あ、今はもう良くなったんだけど」
こんなコト、テッドに話してどうするんだろう。そう思うのに勝手に口から落ち込んだ声がこぼれ出て、俺、甘えてるみたい。
「イヤな夢……見ちゃったんだ……」
声を聞くとなんだか余計に寂しくなってきて、いつもみたいに、ぎゅってしてほしくなった。次はいつ会えるんだろう。
「早く会いたいよ……テディ」
『……ん』
電話の向こうからフスフス聞こえる。聞き慣れたテッドの息遣い。心配させちゃったかなって思って、慌てて明るい声を出した。
「今週末はどこ行くの?俺、たぶんまたプロムナードにいるんだ」
そうすると少し遠い場所にいるような声で『じゃあテッドもプロムナード行こっか』と聞こえてくる。やった。また会える。
「あ、テッドママ?」
母さんに声をかけられて振り返った。
「うん、今週末はプロムナードだよね?」
「デルアモでもいいけど」
どっちがいいか電話の向こうに聞くと『どっちでもいいよ』と言われる。こういうのは、車を運転してくれる親同士で決めた方がいいかなって思った。
「じゃあ母さんに代わるよ。テッド、また週末に会えたら遊ぼう」
本当はこれが"毎週会える約束"になればいいのに。
『……んん』
なんとなく、まだ心配そうにしてる気がして……俺のことをテッドが気にかけてくれるコトが嬉しい。でも、ただの夢に振り回されたりして余計な心配かけるのはダメだなって反省した。
テッドの声が聞けてホッとして、また眠くなってきたから俺は携帯を母さんに渡すと口をすすいでから二度寝しに部屋に戻った。
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