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番外編◆もしもの世界のBOX 未来の話 2

【もしもの世界のBOX 未来の話 2】 「はあ……あー……」  働きながら、ふとした瞬間に酷い自己嫌悪が襲いかかってくる。3日前、俺はデルアモでマジでやらかした。  テッド、傷ついたよな……落ち込んでるかな……。今週末にはもう家の中で会えそうだって聞いてるから、落ち着ける場所でじっくり話し合いたい。 「よお、デカいため息だな」  バイト仲間が笑いながら慰めるみたいに肩をポンと叩いてきて、ちょっとだけ気が楽になる。 「ううう」 「もう上がりだろ?早く帰ってベースボールの試合でも観ろよ」 「興味ない……」  ゾンビみたいに唸りながら制服を脱いでスマホで時間を確認しようとしたらテッドのお母さんから何件かメッセージが入ってた。  ――茶太郎くん、急にごめんね。  ――テッドの調子が悪くて……。  ――お義母さんはもう帰ったから、できれば早めに会いにきてあげてくれる?  "調子が悪い"という文字に俺はサッと血の気が引いて、店を飛び出してすぐに車へ走った。法定速度ギリギリで、信号に引っかかって悪態を吐いた。  信号待ちの間に何かメッセージを打とうかと考えたけど、返事が来たとしても読んでるヒマがあるなら運転に集中したい。とにかく早く行くしかない。 「……テッド……っ」  たった15分の道のりがあまりにも遠くて、頭の中で嫌な妄想が次々と浮かんでは消える。いつか学校で倒れてケガをしたテッドがソファに力無く横たわってた姿を思い出す。  ああ、やっぱりあの日そのまま一緒に家に行ってちゃんと話し合えばよかった。  大慌てで駐車して玄関へ走る。息を乱しながら家に入るとリビングにいたお母さんに驚かれた。 「えっ……茶太郎くん!そんなに慌てて来てくれなくても……」 「テッドは!?」 「ごめん、そんなに焦らせちゃうなんて。先にメッセージくれたらよかったのに」 「車に飛び乗って全速力で来たから……そりゃ、焦るよ……」  あの子は部屋にいるからって言われて急いでテッドの部屋に向かう。そっと扉を開けると廊下から差し込む光しかなくて薄暗い部屋の中、ベッドの上が膨らんでた。  驚かさないように、でも足早に近寄るとテッドは静かに寝てるみたいだった。 「テッド」 「……」  もう一度呼ぶと薄く目が開けられて、ぼんやりした青緑色の瞳が俺を見る。 「おはよう、起こしてごめんな」  頬に触れても反応が薄い。薄暗くて分かりにくいけど、やつれてるみたいに見える。 「今週に入ってからずっとぼんやりしてて、食欲も落ちてるの。お義母さんがいたから、その緊張のせいもあるのかもしれないけど……」  いや、きっと俺のせいだ。俺が手を振り解いたりしたから。これくらいで呼んでごめんねって言われたけど、全然"これくらい"じゃない。むしろもっと早く呼んでほしかった。 「……しばらく二人にしてもらっていい?」 「もちろん」  扉が閉じられて、部屋は真っ暗になった。窓につけられた遮光カーテンを開けると外の光で少し明るくなる。まだ夕暮れ前だから、しばらくはこれでいい。 「テッド……」  手に触れると指先が冷たい。小さい頃からずっと体温の高いテッドに癒されてきたからこんな姿を見ると辛くて、暖めてやろうとその手を俺の頬に触れさせた。 「冷たくしてごめん」 「……」 「周りのことを気にする前に、まずお前を一番大事にしたかったハズなのに……」  反応は薄いけど嫌がる様子はないから、そのままなるべく明るい声で最近の面白かった話とか食べたモンの話をしてみることにした。  ぼーっとしてたテッドは段々目が開いてきて、俺の声を聞いてるみたいだった。 「それでな、先週からバイト先の近くにキッチンカーが来てさ」 「……ちゃた」 「っえ……あ、うわっ!」  不意に名前を呼ばれて驚いたけど、反応するより先にグイッと頬を引き寄せられてテッドの上に転んじまった。 「わり、痛くなかったか?」  体を起こそうとしたけど力一杯抱きしめられて息が詰まる。 「う……、テッド、くるし……」 「ちゃた……」  その声が涙に濡れてたから、ハッと視線を上げるとテッドの頬にハラハラと涙がこぼれ落ちた。 「っふ……っ」 「……ごめん……ごめんっ、俺……!」  どうしよう、どうしよう。また泣かせた。また……俺のせいで。 「ああ、テッド、泣くなよ……泣かないでくれ」  頭を抱き寄せるとしがみつかれて、何もうまく言えなくて、ただ抱き合ってテッドが落ち着くのを待った。  ***  しばらくして、俺はだんだん冷静になってきた。 「……テッド、大丈夫か?」  少し体を離すともう涙は止まってたけど、まだ気分が良くなったとは到底言えない様子だ。 「今更、言い訳だけど……お前を守りたかったんだ」  あんなに泣いたから頭が痛いんじゃないかと思って手を当ててみると心地良さそうに目を閉じる。 「俺は順番を間違えたし、焦りすぎたよな」  罪悪感が襲ってきて、情けなくて、今度は俺の方が泣きたい気持ちになってきた。そしたらテッドの手が伸びてきて、俺の頬に触れた。 「あ、なに……」  そのまま引き寄せられて頬にキスされる。まるで落ち込んでる俺を慰めようとしてるみたいで、余計にウルッときちまった。 「……ありがとな」 「……」  仲直りしよう、と額に口付け返すとじっと見つめられて……俺たちは抗えない何かに引き寄せられるみたいにキスをした。  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 茶太郎(28) テッド(23)  気が付いたら、もう18年も一緒にいるのか。  人生の半分以上をテッドと過ごしてきて、もうすぐ3分の1……これから先は"大半"になっていく。このまま健康に80のじじいになれたら、70年一緒ってコトだろ。  「……いいなあ、それ」  健康維持を趣味にしよう、なんて言ったら姉貴にまた呆れた目で見られンだろうな。  俺はくつくつと肩を揺らして笑いながら、青色に切り替わった信号を見てアクセルを踏み込む。つい鼻歌でも歌いそうになる。  今日はテッドとドライブデート。去年、大学時代からコツコツ貯めてきたバイト代でトヨタのカローラを買ったんだ。  つまり俺の慎ましい幼少期からの夢が叶ったってコト。  テッドがまだ同意年齢じゃなかった頃は家でだけ会うようにしてたけど、18歳になってから俺たちは気兼ねなく交流を増やした。  もはやトーランスが第二の地元だねと言われるほどにテッドの家で暮らして、今じゃ俺用のパジャマや歯ブラシまでストックしてもらってる。  一緒のベッドで寝ることも当たり前になって、逆にパセオ・デルマーにある俺の実家で寝る時には「寂しい……」なんて感じちまうほどだ。  でもそんな寂しい夜も、もう終わる。  ***  出会った頃から長い時間をかけて少しずつ成長してたけど、特にこの数年でテッドはいろんな気持ちを俺に言葉で伝えてくれるようになった。最近ではワガママも言うようになって、それが嬉しい。 「ちゃた」  呼ばれて振り返る。 「ん、どうした?」 「おれ……これ、いや」  普段より少しフォーマルな服を着せられて不機嫌を隠さないテッドに笑う。イヤがってんのに俺が笑うと余計にむくれるから、そんな顔も可愛くて。 「おもしろくない」 「ごめんごめん、もうちょい我慢しろ」 「んん」  今日は俺とテッドの家族みんなで揃って記念撮影をするんだ。その……俺とテッドの、入籍記念……っていうか。  別にそんなのいらないって言ったし、結婚式とかもやってないんだけど。母さんたちがどうしてもって騒ぐから。 「すぐ終わらせるからな」 「……」  今は用意してもらった控室で、テッドの気持ちが落ち着くのを待ってる。似合ってるよと褒めてみるけど興味なさそうだ。頭を撫でてみるけど元気がない。 「……ちゃた」 「うん?」  キラキラの青緑の瞳で見つめられて、仕方ないなと襟元を緩めた。 「ほら、いいぞ」 「へへ」  おいで、と手を広げたらデカい体にすっぽり抱き込まれて、首筋に齧り付かれる。 「っ……」  最近は"夜"にこんな風に触れ合うことが多いから、つい変な気分になりそうだったけど……撮影の段取りなんかを考えて気を紛らわせた。 「……落ち着いたか?」 「ん……」  俺から体を離したテッドは多少気分がマシになったように見える。そっと耳に触れてみると気持ちよさそうに目を閉じるから、愛おしくてキスをした。 「テディ、ありがとうな。いつも俺と一緒にいてくれて……」  そう言うとテッドからもキスしてくれる。 「ちゃたろ、すき」 「俺も大好きだよ……セオドール」  なんてせっかく盛り上がってたのに、突然扉がコンコンコンコンッと素早く何度もノックされた。乱暴な音じゃないけど、明らかに苛立ちを表現してる。 「早くしなさいよ!アンタら、人を待たせていちゃいちゃしてんじゃないでしょーね!」 「うるせーな、静かにしろよ」 【未来の話 完】

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