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番外編◆もしもの世界のBOX 茶太郎のプロム

【もしもの世界のBOX 未来の話】 ◆茶太郎のプロム 茶太郎(18) テッド(13)  高校卒業間近のある日、テッドの家でご飯をいただいてて、俺はソワソワ落ち着かない気分だった。ここ最近ずっと頭を悩ませてること……高校卒業のパーティー、プロムにテッドを誘おうかどうか、そろそろ答えを出すべき時期が来たから。 「……あのさ、テッド」 「なに」  俺が悩んでること、テッドのお母さんたちは気がついてる。プロムにおいて5歳も年下のパートナーっていうのはあんまり一般的じゃないし、騒がしいパーティーはきっとテッドにとって辛い環境だと思う。  でも、だからってテッドに一言も相談なく他の人を誘うのはどうしてもいやだったし、本心を言えば二人で参加したい。どの選択肢を選ぶにしても、俺にはテッドと話し合う必要があった。 「その……」  ウチの親もテッドの両親も何も言わない。俺の決断に任されてるんだ。昨晩、散々悩んで決めたはずなのに、いざ言おうとしたらまた迷いが出てきて、手汗が滲んだ。 「プロムのこと」  とうとう切り出してしまった。もう言うしかない。  俺の頭の中には瞬時に妄想が広がった。  テッドとプロムに参加したら……まず家まで迎えに行って、会場までエスコートする。俺はすごく誇らしい気持ちになるだろうけど、正装に身を包んだテッドは会場の煌びやかな装飾にきっと混乱する。  たくさんの参加者たちに「この子が茶太郎のパートナーなの?」だなんて次々に話しかけられて、テッドは香水の匂いや鳴り響く音楽に目を回して、逃げ出すか、固まるか、最悪の場合は倒れ込むかもしれない。  真っ青な顔で卒倒するテッドの姿を想像するだけで胸が苦しい。悔しいけど、喧騒の中でテッドを守れる自信が今の俺には無い。  言葉の続きを静かに待ってくれてるテッドにまっすぐ向き直った。 「……やっぱり、心配なんだ。無理させたくない」  お母さんは少しだけ寂しそうに、でもホッとしたような顔をして「卒業のお祝いはまたお家でも改めてしようね」ってフォローしてくれた。  キョトンとしてるテッドを見て、そもそもプロムに参加すること自体、辞めようかなという気持ちも湧いてくる。でもそれはテッドのお父さんに反対された。大事な思い出だからって。  きっと俺がテッドの為に自分の選択肢を切り捨てることを嫌がってるんだ。それは長い付き合いになることを願ってくれてるからこそ。 「しんぱい?」 「そう、だから他の人と行くけど……俺が一番大事なのはテッドだから」  言わなきゃ分からないことをわざわざ言う必要があるのか、めちゃくちゃ悩んだ。でもテッドに黙ったまま、誰かをパートナーに選んでプロムに参加して、心から楽しめない。だからってこんなことを伝えて、イタズラにテッドの心を傷つけるだけなんじゃないかとか、ぐるぐると思考が巡る。 「……」  パロス・バーデスのプロムはそんなにド派手じゃないけど、やっぱり一大イベントではあるからテッドだってきっと分かる。俺が今年卒業だってことも知ってくれてる。当日、俺が迎えに来なかったら全部わかってしまうんだ。それなら、ちゃんと事前に話しておきたかった。 「……ん」  しばらくぼんやりして、テッドは席を立つと自分の部屋に向かった。慌てて俺もその背中を追いかける。  怒らせたかな、悲しませたかな……少なくともポジティブな気持ちにさせたハズがない。気持ちの整理ができるまで、そっとしておいた方がいいのかも。そう思ったけど、放っておけなくて一緒に部屋に入った。 「テッド、大丈夫?」 「……」 「座ろう」  目が泳いでるのが心配で、そっと背中を支えながらベッドに腰掛ける。何か言うべきか、テッドの反応を待つべきか……しばらく様子を見てると、テッドがゆっくり口を開いたけど、結局何も言わずに閉じた。 「……」 「無理に話さなくていいよ」  手を握ると指先が冷たい。分かってたことだけど、やっぱり嫌な気持ちにさせてしまった、と激しく後悔する。 「お父さんは参加すべきだって言ってくれるけど、もしテッドが嫌なら俺、行かないよ。そんなの全然楽しくないもん」  そう言いながら両手でテッドの手を握りしめた。気持ちを誤解されたくなくて、大好きだって伝えるように、ギュッと。これで本当にもしプロムに行かないことを選んだとしても後悔なんてしない。ましてやテッドを重荷に感じることだって、絶対に無い。 「……」 「無理に話さなくていいから」  思考がまとまらないのか、口を開くけど言葉が出てこない。だんだん呼吸が浅く早くなるのが分かって、心配で泣きそうになる。ああ、嫌だ。テッドにこんな思いをさせるくらいなら、俺の選択肢なんていくらでも切り捨てていい。 「テッド」  ゆっくり肩を引き寄せてもたれさせる。しばらくそのままハグしてると、小さく声が聞こえた。 「ちゃた……」 「うん?」 「プロム、いって」  顔を覗き込んだらじっと見つめ返された。無理をしてる感じは無い。 「辛くない?」 「ん」  そのまま俺の胸元にもたれて、テッドはひとつひとつ話してくれた。俺の気持ちをちゃんと分かってくれてること。俺の思い出の邪魔をしたくないこと。 「……ありがとう、テッド。俺、無駄に心配しすぎてたかな」  言いたいことがたくさんあって、パンクしてただけなのかも。俺が過剰に不安そうにするから、それも余計にテッドを焦らせたのかもしれない。気遣ってるようで、気遣われてしまってた。 「だから、だいじょうぶ」  そう言いながら手を握られてドキッとする。 「おれ……おれのプロム、ちゃたとする」  5年後、テッドが高校を卒業する時には、俺をプロムのパートナーにしてくれるって意味だろう。あまりに予想外の発言に嬉しすぎてクラクラした。その時の為にも、このプロムで社交場の経験を積んで、自信持ってテッドをエスコート出来るようになりたい……なんて思った。  ***  そんなワケで無事にやってきたプロム当日、俺は仲の良いクラスメイトをパートナーに誘ったけど、彼女との食事に行く前にテッドの家に立ち寄った。  車から降りたらテッドが出てきてくれる。正装とまではいかないけど、いつもよりフォーマルな感じの服装で微笑ましかった。 「ちゃた」 「今からプロム行ってくるよ。でもまずは真っ先に見せに来た」  照れ臭いけど、くるりと回って見せてみると喜んでくれた。テッドが頬にキスしてくれて、いってきますのハグをする。 「茶太郎くん、卒業おめでとう。気をつけていってらっしゃい」 「ありがとう」  正直、もう俺の気持ちは誤魔化しようもなくテッドに向いてて、テッドも同じ気持ちでいてくれて、それを分かった上で家族みんなにこうして受け入れてもらえてることが嬉しい。もちろんまだテッドは13歳だし、節度を保った関わり方を心がけてはいるけど。  車に乗り込んで海沿いの道を走らせながら、5年後の約束に胸を躍らせた。

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