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番外編◆もしもの世界のBOX テッドのプロム 1/3
【もしもの世界のBOX テッドのプロム 1/3】
茶太郎(24)テッド(19)
1年前……。
|高校4年生《Grade12》になったテッドは、学校関係者と相談の上で卒業試験を早めから始めていた。支援級に属する生徒たちにはそれぞれの得意不得意に合わせた卒業ラインが定められ、必要な援助を受けながら試験を受けることができる。
読み書きが苦手でストレスに弱いテッドには口頭での受験が認められ、早めのうちから一科目ずつ実施していこうという話になり、秋の半ばには早速英語の試験が控えていた。
「……テッド、試験、辛くないか?」
「ん……」
夕方、テッドの家のリビングで勉強を見てやっていた茶太郎はその顔がどことなくやつれているように見えて心配だった。
「プレッシャー感じてるなら、ムリしなくていいから」
「へいき」
そう言いながら教科書に目を落とすが、明らかに目が滑っている。文字の羅列が視覚を刺激し、テッドは小さく呻いた。
「なあ、疲れてンだろ」
茶太郎は高校卒業資格よりも体調の方が大事だと思っていたが、テッドには必ず卒業したい理由があった。
――ちゃたと、プロム、する。
絶対に諦めない……気持ちでは強くそう思っているのに、体がついてこない。必死でアルファベットを追おうとするが、耳鳴りがして、気分が悪くなって、突っ伏してしまう。
「……ふ、う」
「テッド、休もう」
すぐその背に手を当てて茶太郎は教科書を閉じさせた。本人がやりたがっているコトになるべく口出しはしたくないが、こんな姿を見て平気ではいられなかった。
――結局、その年の試験はドクターストップがかかり、テッドは留年することになってしまった。もう4年しっかり頑張ったのだから、卒業資格なんてもらえなくてもいいと茶太郎は意見したが、テッドは今年こそ必ず卒業すると意気込んでいる。
例によってリビングで勉強の手伝いをしつつ、茶太郎は再度テッドに提案した。もししんどかったら、無理しなくていいじゃないかと。
「……いや」
「なんでだよ……他人が点数だけ見てつけたくだらねえ評価なんか、もうどうだっていいだろ!?」
「んん」
「俺がお前を見てる! それじゃダメなのかよ……っ」
茶太郎は茶太郎で、テッドが"学生"という身分を終わらせた暁にはプロポーズをしようとずっと計画していた。それがただでさえ1年延びたのだ。もしまた今年もダメだったら?ずっと待ってる俺の気持ちも少しくらい考えてくれないのか?そんな風に考えて、つい苛立った。
「茶太郎くん」
そこへキッチンからテッドの母親がやってきて落ち着かせるようにそっと茶太郎の肩に触れる。
「テッド、もう話してあげなさいよ」
「……」
テッドにとって茶太郎をプロムのパートナーに選び、参加を申し込むことは非常に大きな勇気がいることだった。それは、きちんと卒業が決まって、自分に自信が持ててから……そう考えていた。
「……」
何か言おうと口を開くが、言葉にならない。茶太郎は怒鳴ったことを後悔し、その背中を優しく撫でた。
「ごめん、テッド……何か、理由があるのか?」
穏やかな声色に少し安心したテッドは一度ゆっくりと瞬きをしてから茶太郎を見つめ、その手を握りしめて自室へ連れて行く。二人きりなら、もう少し頭の中が整理できると思った。
テッドの部屋へ向かう10秒程度の間に、茶太郎は色々な事を考えていた。
――俺は高校も大学もしっかり卒業して、無意識だったけど……そのコトに"自信"を支えられてたハズだ。テッドだって、せっかく頑張ってきた集大成として、高校卒業資格が欲しくて当たり前じゃねえか。俺は……俺がテッドを養ってくつもりだからって、働くワケでもねえのに卒業資格なんか不必要だろって……。
「……テッド、ごめん、俺……俺、まじで最低だった。 心配で、これ以上見守るのが……待つのが、しんどくて……だからって、あんな自分勝手なコト……」
すっかり意気消沈して泣き出しそうな茶太郎とは反対に、テッドは落ち着いた様子でその手を取った。
「ちゃた」
「……ん」
涙がこぼれないよう、その頬に手を当てて上を向かせる。もうすっかり茶太郎より大きくなったテッドは上から覆い被さるようにその唇にキスをする。そして意を決したように口を開いた。
「おれ、そつぎょう、するから」
「うん」
「ちゃたろ……プロムのパートナーにしたい」
緊張しているのか、頬に添えられている手が震えているのに気がついて、茶太郎は堪えていた涙をとうとうこぼれさせた。
「うん、なる」
テッドはちゅ、ちゅ、と濡れた頬に吸い付き、茶太郎を抱きしめる。
「おれ、おそくて……ごめん」
「俺こそ、待てなくてごめん」
***
それから、「卒業する」と宣言したテッドはプレッシャーに打ち勝ち、全ての試験をしっかりとこなして、無事に卒業できることになった。
「忙しいのにたくさんサポートしてくれてありがとう、茶太郎くん」
テッドが父親と買い物に出掛けている間、リビングで母親と茶太郎は朗らかに話していた。紅茶を差し出されて小さく礼を口にする。
「いや、最後の方なんて俺ほとんど何もしてないよ」
それもそう、茶太郎がプロムのパートナーになると言ってくれたこともあり、テッドの心にはかつてない"炎"が灯ったのだった。愛する人を喜ばせたい……その原動力は何にも勝る。
「あの、それでプロポーズはいつ?」
「え、え!?」
あまりにも突然の話題に茶太郎は紅茶を噴きかけて軽く咽せた。テッドとの関係は両家ともに暗黙の了解ではあったが、ここまで直接的に言葉にされたことは初めてだった。更にその話題がプロポーズだったのだから、茶太郎の動揺も当然。
「せっかくだから家でしてほしいな。 プロム、ここでやるでしょ? だからその時とか……」
「ちょっ、ちょっと待って」
年齢差や同性であることなどを全く気にしていなかったわけではない。いや、むしろ茶太郎は非常に気にしていた。プロポーズの前には、いよいよお互いの親に正式な承認を得てから……などと頭の中で順序立てていたのである。
「な、なんで俺がプロポーズするつもりだって」
「え? だって、だからあんなに嫌がってたんでしょ? テッドが留年するの」
あまりにも図星で恥ずかしい。茶太郎は耳まで真っ赤になって両手で顔を隠すと机に伏せながら「うん」と答えた。
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