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Side 10(終) ちゃんと言葉で伝えるんだ
【ちゃんと言葉で伝えるんだ】
駅を出るとリディアがいた。
「ちゃたろー、こんにちは!」
「おうこんにちは。迎えに来てくれたのか」
暑いな、と漏らせば「おうちにアイスあるよ」とニッコリ笑う。あんまり甘くない系なら欲しいって言ったけど、聞いてんだかどうだか、俺の荷物を受け取ってさっさと歩いてっちまう。相変わらずマイペースだな。
今日はオーサーとリディアに会いに来た。いよいよ二人がこの街を出るって言うから、一応その前に挨拶しておこうと思って。
「まあ二度と会えなくなるワケじゃねーけどな」
「ああ、定期的に戻るようにはする」
「そうだな。毎年この街で集まるのが恒例行事ってコトで」
そんな風にオーサーと話しながらソファでひと息ついてると、リディアが甘ったるいアイスを持ってきた。
「いいよ、お前が食いな。俺には冷たい水をくれ」
「落ち着いたら俺の部屋に来い」
手土産は何もいらないが、負担なく背負える大きめのカバンを持ってこいって言われてる。多分、色々と持って帰らされるんだろう。
汗が引いて移動の疲れも少し緩和されたから、命令通りオーサーの部屋に行くと部屋に飾られてる調度品をいくつかカバンに突っ込まれた。事前に準備してたみたいで、やけに立派な箱ばっかだ。
「いいよ、俺、家を飾りつけたりしねえし」
「別に俺もこれらを趣味で飾ってるわけじゃない」
もしかして動産資産ってやつか?これからは連絡してすぐ会える距離じゃなくなるし、困ったコトがあれば金に換えろって意味なのかも。
「この世に確実は無い。あらゆる形で資産は確保しておくべきだ」
「確保しておくほどの資産がそもそもねえよ」
慎ましく暮らしてんだ俺たちは、と言えばオーサーは手に持った金属製の飾りを緩衝材で包んで箱に入れながら嫌味に笑った。
「ふ。このインゴットひとつでお前の現在の総資産を軽く超えるかもしれないな」
「いいって!譲渡税とかも掛かるだろ!」
「譲渡となればな。あくまで海外旅行の間、お前に"預かって"もらうだけだ」
なるほど。あくまで所有権がオーサーから移っていなければセーフってコトか。モノは言いようだな。まあ実際、金持ちの世界での税金対策ってのはそういうモンなのかも。
「それに勘違いするなよ。お前の心配をしてるんじゃない。シドの心配をしているんだ」
「はいはい。あいつに有事があって金が必要になったら所有者様に売却の相談をしたらいいんですね」
「そういうことだ」
何歳になっても相変わらず|天邪鬼《あまのじゃく》で面倒見の良いコト。
「そうそう、シドはお前らがここを出るまでに来られないから寂しがってたよ」
ここに泊まらせてもらったのはせいぜい3回くらいだけど、それでもなんとなく感慨深い。ここで過ごす時間は精神的に濃かったからな。来年から俺はバイロンのとこ、シドニーはオーサーたちと一緒にホテルに泊まることになると思う。
***
ここの空調は完璧だけど、それでも暑さのせいか妙に寝苦しくて早朝に目が覚めた。カーテンを開けてぼんやりと明るくなっていく|法外地区《ゲートの外》を見下ろす。
相変わらずボロのバラックが無秩序に積み重なってるばっかの景色だけど、見覚えのある道は少ない。壊れては作り替えの繰り返し。
無意識に探しちまったけど、ここからじゃ俺たちの暮らしたアパートは遠くて見えない。それでよかった。余計に感傷的になっちまうだけだからな。
「何もかも、変わり続けていくんだな」
でも、俺はもう何年も立ち止まったままだ。笑って日々を過ごせるようになっても、本当はアイツを残して変わり続けていく世界も、自分自身も、まだ受け入れるのは難しい。一緒に生きた時間より、それからの時間の方が長くなることが……いつか痛みを感じなくなって、慣れていくことが、怖い。痛みを失うのが怖いなんて、変だな。
新しい記憶に押し出されて、忘れたくないことが薄れていく。何も変わらないでくれ、止まってくれって、時々たまらなく叫びたくなる。そんな自分を自覚して笑えてきた。
「……参るな」
早く会いたい。シドニーのこと、生活のこと、仕事のこと……お前に聞いてほしいことがたくさんあるんだ。いつまでもウジウジして、俺は弱い人間だな。
でも最近は、こういう気分の時に周囲に弱音を吐くっていうことも覚えたよ。ひとりじゃやってらんねえ。それだけ愛してた証拠なんだから、恥ずかしいことじゃない。それでいいって思えるようになった。
口の中で舌のピアスを転がした。前歯の裏に当てるとカチカチ小さな音が鳴る。
「茶太郎、起きてるのか?」
「ああ、もうこんな時間か」
ぼーっとしすぎてたみたいだ。窓の外はすっかり明るくなってた。
***
どんなに止まりたくても現実の時間は進み続けていくし、俺にも今の生活がある。それを大切にしてないわけじゃない。もちろん、息子のことだって。
家に帰るとホッとする心地がした。ここが帰る場所になってきたんだな。やっぱり寂しいけど、それもまた仕方ねえことだ。
「父さん、これどこに飾っておく?」
「なんか壊しそうで怖いんだよなぁ」
箱に入れたまま金庫に入れておこうかって言うと笑われた。ああ、俺に調度品の類なんて不釣り合いなんだよ。
「あ、それから」
寝室のサイドボードから手のひらサイズの機械を取り出してシドニーに渡す。ボイスレコーダーだ。
「なにこれ?」
「お前にやるよ。ひとつしか入ってない。間違って消すなよ」
シドニーは首を傾げながらそれを受け取る。
「聞いてみていい?」
「ああいいよ」
再生が終わって、シドニーは静かに目元を拭った。
「……父さん、愛してるよ。ずっと」
「ああ、俺もだ」
照れくさいのかシドニーは視線を落としたままでいる。
「いいの?これ、もらっちゃって」
「もちろん、と言いたいトコだけど、たまに貸してくれ」
俺、あんま強くないからさって言うとようやく笑顔を見せてくれた。
「もちろん。いつでも貸すよ」
「ありがとな」
【ちゃんと言葉で伝えるんだ 完】
【BOX おわり】
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