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番外編◆現代日本の世界のBOX 8
【現代日本の世界のBOX 8】
◆社会人茶(31)撃(26)
12月になって、マウロアがウチにやってきた。今年はこのまま年明けまでずっとここにいるらしい。アイツはいつの間にか「ここ俺の部屋な!」って自分の部屋を作ってやがった。
古い家だから使ってない部屋は割とあるし、家族の一員だと思ってるから別にそれはいいんだけどさ。お前の部屋、掃除しといたぞって報告すると「勝手に入んなよ!」とかキレてきたからさすがに笑った。
そんで2週目にはオーサーとリディアもやってきた。クレイグは今年は忙しいらしく、クリスマスカードを送ったからとメッセージがきてた。律儀なやつ。
それぞれ学生だった頃は集まるのも難しかったけど、今じゃオーサー以外はみんな20も超えて、こうしてみんなで過ごす年末年始が恒例って感じになってきてる。
……そんな平和な冬のある夜のコトだった。
「じゃあ次シュートの番だよぉ」
「ん」
俺がシドニーのブラッシングをしてる横でリディアとシュートは仲良くモノポリーで遊んでた。コイツらルールわかってんのかなあ。
微笑ましく見てたらシュートがチラッと視線を動かして、近くでスマホを触ってたマウロアがサイコロを取って渡してやった。
「ほら」
「……」
それを受け取りながらシュートが首元を触ったから、寒いのかなと思ってカーディガンを取って近寄る。
「シュート、冷えてないか?」
「ん」
「確かにな。ヒーターつけるか」
俺の言葉に反応したマウロアがすぐ立ち上がってキッチンに置いてあったパネルヒーターを持ってきた。
「テメーらこれの近くで遊べ」
「私さむくないよ」
「じゃあシュート、ほら」
その時、静かにイスに腰掛けて食後の紅茶を嗜んでたオーサーが相変わらずの尊大な態度で「おい、そこの過保護ども」と俺とマウロアを呼んだ。
「ん?」
「なんだよ?」
ついて来いと言わんばかりに顎をしゃくって別の部屋に行こうとするから、俺たちは揃ってシュートに何か声をかけようとしたけど「さっさと来い」って怒られた。
なんなんだよ、てかここ俺の部屋なんだけど……と不満を漏らすマウロアのコトなんか知ったこっちゃないと鼻を鳴らして、オーサーはジロリと睨みつけてくる。呆れたような目で、ゆっくりと俺を。それからマウロアを。
「な、なんだよ……」
「単刀直入に言うが、お前たちは"あいつ"が一生あのままで良いと思ってるワケじゃないだろう」
あいつってのはもちろん、シュートのことだよな。
「あのまま……って」
「いや……どういう意味だよ」
そしたらオーサーはわざとらしくため息を吐きやがる。俺たちの方が年長者のハズなのに、まるで親に叱られてるガキみてえな気分だ。
「何をするにも至れり尽くせり。お前たちに中学の頃からずっと過保護にされて、今のあいつは会話の理解に対して言葉が少なすぎる」
要求する前に察して与えられることに慣れすぎてるんだ、と指摘されて何も言えず……肩をすくめてマウロアと視線を合わせた。
「だって……なあ」
「ああ」
「この際だからハッキリ言ってやる。お前たちがあいつの自立を阻害してるんだ」
そのあまりにもショックすぎる言葉に俺もマウロアも唸って頭を抱えた。
「うっ……な、何も言い返せねえ……!」
「お、俺が、シュートの成長の邪魔をしてンのか……!?」
そう言われてみれば思い当たるフシしかない。シュートが何かを伝えようとしてる時に俺は先回りして察しようと常に気をつけてる。チラッと視線を動かしただけで欲しがってるモンを渡してやることなんか、当たり前だった。
「本気でシュートの為を思うなら、過保護は控えることだな」
「で、でも……いきなり世話を焼くのをやめたりして、また俺に冷たくされたって誤解したりしねえかな」
今更、どうやってシュートに手を貸さずに見守ればいいのかわからねえ。そんな不安を吐き出したらオーサーは「むしろこれだけメンツが揃ってる今がチャンスだろう」って言い切った。それもそうなのかもな。
「……わかった、アイツの自主性を育てられるよう、我慢する……」
「わかればいい」
マウロアはまだショックから立ち直れて無かったから、その場に放置して俺たちは居間に戻った。
***
というワケで、それから俺とマウロアの"シュートを甘やかさない"訓練の日々が始まったんだ。
訓練3日目、朝メシの準備をしてるとシュートが起きて背中にくっついてきた。
「おう、おはよう」
でもそれ以上は何も言わない。水も出さない。でも冷たくしてるって思われたくなくて、らしくもなく下手な笑顔を作ってみたりした。
「……」
「どうした?」
今までならこの時点で「喉乾いたか?」と言いながら水を出してやるんだけど、グッと抑える。初日と2日目は突然のコトに戸惑ってる感じでフリーズしちまったから結局手伝ったけど……。
そしたらシュートがちょっと不満そうに唇を尖らせるから、思わず「いじわるしてごめんな!」って言いそうになる。ああ、嫌われたくない。
「ん……水、のむ」
自発的に気持ちを伝えてくれたのが嬉しくて頭を撫でる。
「水か。喉乾いたよな!」
「うん」
こんなトコをオーサーに見られたら「一歩前進しただけで過剰に甘やかすな」ってまた怒られそうだけど、シュートも嬉しそうだから気にしない。
「朝メシは?」
「……あとにする」
そう言うとシュートはシドニーと散歩に出かけてった。実は昨日もこんな風に俺の質問にちゃんと答えてくれる瞬間があって驚いた。
んで、ずっと俺が一方的に話しかけて会話を完結させちまってたんだな……って改めて反省した。
それから俺たちは必ず夜寝る前に「今日は皆と何して遊んでたんだ?」って話す時間を作るようにして、色んな会話を楽しむようになった。
「リディアが、シドニーとボールするって」
「うん」
俺のことを抱き込むようにしながら、耳元で話してくれる声を聞く。シュートの腕の中はいつでもポカポカしてて、安心する。
「それで、おれ……」
不思議とシュートの声を聞いてるとなんかすげぇ癒されるから、ちゃんと話を全部聞きたいのに寝落ちしちまうコトだけはイヤだった。
***
そんなこんなで、いよいよクリスマスが近づいてきた。この1週間くらいでシュートはどんどん喋るようになった。俺の知らない間にめちゃくちゃ成長してたんだなあ……と感慨に耽る。
マウロアも、もどかしそうにしつつ先回りして世話を焼かないように気をつけてくれてるみたいだ。
「ねーちゃたろー、ここにも貼っていい?」
「ああいいぞ、マスキングテープ使ってな」
「うん!」
オーサーがシドニーの散歩に行ってくれてる間、俺たちは家の飾り付けをしてた。
「サンタさんのキラキラもつける?」
「あー、アレは電源届かねえから、ツリーに巻きつけるかな」
しっかり貼り付けようとしてリディアの指が壁に穴を開けちまったけど、これも毎年恒例だ。クリスマスが終わったらパテで修繕しておこう。
「んん……」
「おい、シュート?」
不意にそんな会話が聞こえてきたから視線をそっちに向けると、マウロアと一緒にツリーにオーナメントを引っ掛けてたハズのシュートがこっちに歩いてきた。
「なんだ、どうした」
「ちゃた」
「うん?」
「……」
マスキングテープ使うか?と差し出してみたけど違うみたいでじっと見つめられる。それから意を決したみたいに手を握られて思わずドキッとした。
「ちゃたも……いっしょに、する」
俺は初めてのシュートからの"お誘い"が嬉しすぎて、思わずその頭を抱き込むように飛びついちまった。
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