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番外編◆現代日本の世界のBOX 9
【現代日本の世界のBOX 9】
◆社会人茶(32)撃(27)
正月も三が日も過ぎて、人が減ってきた頃合いを見計らって初詣にでも行こうかって今日はシュートとシドニーを乗せて軽トラを走らせてる。
マウロアたちに全員乗れるワゴンを買えって言われたけど、この辺りの住宅街は道が狭くてすれ違うのが大変だし、運転に慣れてるタクシーを呼べばいいだろって断った。
「ちょっと空気こもってんな。窓開けるか?」
「いい」
窓の外を見てたシュートは膝の上にいるシドニーの頭を撫でながら「シドさむいから」と呟く。
「そっか」
「ん」
オーサーに怒られてから、俺はシュートとちゃんと"対話"することを意識するようにした。そうしたら、質問に対する返答率が80%くらいになった。マジで俺がシュートの発言を抑制しちまってたんだ。
「お寺さんついたら、賽銭投げて願い事するんだぞ」
「ん」
俺たちは無宗教だからこれはあくまで恒例行事程度のことで別にどこでもいいし、ペット同伴可能で参拝客の少ない小さな寺に向かってる。毎年行くとこだ。
近場の駐車場に車を入れて降りると、シュートが慣れた手つきでシドニーにリードを着ける。
「んじゃ行くか」
「ん」
俺はポケットに車の鍵とスマホと財布だけ突っ込んで、寒さに身を縮こめながら歩き出した。
寺の敷地内には参拝客がチラホラいるだけで出店もなく静かなモンだ。
「まずは神さんにお礼だな。いや、ここは寺だから仏さんか」
「なに」
「おかげさまで家族みんな元気ですって報告して、今年もよろしくってお願いするんだ」
なんて話してると、どこからか幼稚園児くらいの女の子がやってきてシドニーを撫でようとした。
「あ……」
大丈夫かなって一瞬だけ心配したけど、シドニーは大人しくしてるし、シュートもニュートラルな感じだ。
「かわいいね!」
「ありがとう、シドニーっていうんだ」
「シドニー」
名前を呼ばれて、シドニーはクンと鼻を鳴らす。それからその子はシュートをじっと見つめた。
「お兄ちゃん、"がいじん"さん?」
「……」
嫌そうじゃないから見守ってると、シュートはしばらく考えてから「ちがう」って答えた。
「おなまえは?」
「……」
なんでか許可を求めるみたいに俺のことを見てくるから、答えてやれよと表情で示す。
「おれ、シュート」
「しゅうと?わたしのクラスにもいるよ!」
まあ日本人でもありそうな名前だもんな。そんな会話の間にもずっとシドニーを撫でてて、結構な犬好きみたいだ。
「かわいいね!」
「……うん」
戸惑いつつシュートもしゃがんで、女の子と一緒にシドニーの頭を撫でる。
「お兄ちゃんどこからきたの?」
「……」
買い物に行った先で店の人に話しかけられることはあるけど、こんな幼い子に矢継ぎ早に質問攻めに遭うのは初めてだ。助けを求めるみたいに見上げられて思わず笑った。
「俺たち、この近くに住んでるんだよ。今日は車で来たんだ」
「ふうん」
助け舟を出したつもりだったけど、シュートに答えてほしかったのか女の子はちょっと不満そうにする。子供って素直だな。
「お兄ちゃん、がいじんさんじゃないのに、なんで青い目してるの?」
「……」
「耳につけてるのなあに?」
シュートはシドニーを撫でながらぼんやり遠くを見てて、もう返事する気が無さそうだ。今日の営業は終了しちまったらしい。
「お兄ちゃん疲れたってさ」
「もうかえるの?」
「うん、お参りだけして帰るよ」
行こうかと声をかけたらシュートは立ち上がって、小さく「ばいばい」って言った。
「またね!」
「ん」
なんか、"交流"って感じだな。純粋な生き物同士、惹かれ合う何かがあるんだろうか。
俺たちは手短にお参りを済ませて、去年のお守りをお焚き上げに出してから新しいお守りを買って帰路についた。
***
ついでに買い物もしてから帰宅すると、シュートが軽トラの荷台から段ボールを運んでくれる。
「重いぞ、気をつけろよ」
「へいき」
液体も大量に入ってるってのに無理してる様子もなく軽々と持ち上げるから、お言葉に甘えることにした。最近はいっつもこんな感じだ。
「ありがとな」
「ん」
シュートはガタイが良いから、必然的に力も強い。俺のことも簡単に持ち上げちまう。でもリディアみたいな生まれながらの怪力なワケじゃなくて、力の制御が苦手だから常にフルパワーなんだとか。
だから無自覚に無茶して筋が切れたりしないよう、気を付けとく必要がある。更に怖いのが痛みに鈍感だから、もしどっか痛めてても本人さえ気が付かないってトコだ。
「居間に置いといてくれ」
シドニーの足を拭いてリードや散歩バッグを片付けてから買い物袋を持って入る。冷蔵庫に買ってきたモンをストックしてるとシュートも手伝ってくれた。
「ああ、それわかるか?あっちの棚の……」
「ん」
なんかいいなあ、こんな時間。なんて考えてたら無意識にニヤけてたのか、青緑色の瞳にじっと見つめられた。
「んだよ、まじまじ見んなよ」
寺で会ったあの子も、この目が気になったんだろうな。街中でもたまに言われてるし。肝心のコイツは無関心だけど。
この宝石みたいな瞳から放たれる視線を独り占めできるってのは、俺の密かな優越感だ。そんくらいの独占欲、いいだろ。
***
外は寒かったし、部屋を暖かくして豚汁を作った。たまに湯船に浸かりたいような気分になるのも事実だけど、風呂を楽しむ人生よりもシュートの幸せを取ったコトに後悔はない。
「シュート、寒かったろ……あれ?」
あったかいの食うか?って聞こうとキッチンから顔出したけど姿が見えなくて、寝室を覗いたらシドニーと抱き合うようにして眠ってた。今日は普段行かねえトコに行って子供に懐かれて、疲れたんだな。
「ちゃんと暖かくしろよ」
「ん……」
「うわっ」
毛布をかけてやると腕を掴まれて抱き込まれた。
「こら、俺メシの準備するから」
「……」
「食わないのか?」
くすぐるみたいに頬に軽くキスすると嬉しそうに目を細めて押し返してくる。
「へへ」
「な、食うだろ。出来たら呼ぶから、寝とけ」
「うん」
毛布をかけ直して、まだ俺のことを見つめてる両目を閉じさせてから部屋の電気を消しておいた。
今日、寺で撮ったシュートとシドニーの写真をそれぞれに送っておくと全員から「風邪を引かせるなよ」という旨の返事がきた。
「俺の心配もしろよな」
なんて言いながら豚汁の味見をする。いい感じだ。さて、そろそろアイツらを起こすとするか。
「シュート、シドニー、メシにすんぞ」
部屋を覗くとあんまり気持ちよさそうに寝てるから起こすのがしのびない。
「眠いか?メシは明日にするか?」
「んん……」
顔にかかってる前髪を避けてやると、枕に押し付けてたのか左頬に傷みたいな痕がついててドキッとした。
「ちゃたの、ごはん……たべる」
「……っあ……、あれ?」
俺はなんでかその言葉を聞いた瞬間に勝手に涙が出てきて、シュートが驚いた顔をして跳ね起きた。
「ちゃた?」
「わ、わり、なんでもない……」
手で押さえてもポロポロとこぼれて止まらない。なんだよこれ、なんで……。
「ちょっと待っててくれ、ごめんな」
こんなトコ見せたらまたシュートまで不安定になっちまう。そう思って趣味部屋で気持ちを落ち着かせようとしたのに腕を掴まれた。
「ちゃた!」
「だ……大丈夫だから、ちょっと待ってくれ」
顔を背けて手で隠そうとしたけど苦しいぐらいに抱きしめられて息が詰まる。
「っふ、う……なんで、俺……ごめん」
「だいじょうぶ」
大丈夫、大丈夫って繰り返しながら背中を撫でられて、初めて会った時のことまで思い出しちまって、余計に泣けてきた。
そのまま俺がみっともなく泣いてる間、シドニーまで心配して寄り添ってくれて、初めてこんな風にシュートに甘えて過ごした。
結局さっきのはなんだったのやら、変なデジャヴを感じた気がしたんだけど、もう分からなくなっちまった。
「ほら、お前の分」
「ん」
泣いた後のちょっと喉が気持ち悪い感じが残ってるけど、シュートをこれ以上心配させたくねえし、普段通りに振る舞う。
「じゃあ食うか」
「……ん」
まだ気になってるだろうだけど、俺が触れられたくないと思ってるのを察してくれてるみたいだ。いつの間にこんなにしっかりしてたんだろうな。もう一緒にいて13年になるんだもんな。
その日の夜は俺のことを心配したシュートに一晩中抱き込まれて、真冬だってのにちょっと暑いくらいだった。
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