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番外編◆現代日本の世界のBOX 11
【現代日本の世界のBOX 11】
◆社会人茶(33)撃(28)
▼頭が痛い日
それはあまりにも突然だった。
「ん……どうした」
いつも通りの時間にベッドに潜り込んで本を読んで、そろそろ電気を消そうかと思ってたら大人しく隣に寝転がってたシュートが急に起き上がった。
「……」
「シュート?」
「う……」
小さく漏れた声に慌てて体を起こす。
「どうした、しんどいのか?」
顔を覗き込むといつも表情に乏しいシュートが珍しく眉間にシワを寄せてて、明らかに苦しそうだ。だんだん呼吸も乱れ始めた。
「シュート、触るぞ」
小さく声を掛けてから背中に手を当てて軽くさすってやるけど反応がない。とりあえず手元のリモコンで部屋の明かりは少し落とした。
「っ……た……」
「ん?」
一瞬名前を呼ばれたのかと思ったけど、「いたい」って言ったような気がした。
「シュート?今、痛いって言ったのか?」
「……う、う」
歯を食いしばってる。只事じゃない。痛みに鈍感なシュートが自分から痛みを訴えてくるなんて初めてだ。それほどの"激痛"に襲われてるってコトだろう。
「どこが痛いんだ?横になれるか?」
「い……いた、いたい……」
立ちあがろうとするから、なるべく優しく捕まえて声をかける。どこが痛いんだ?頭か、ハラか、どっか骨でも折れたのか。
「シュート、じっとしてろ。大丈夫だから」
こんなに痛がってる姿を初めて見る。痛みがおさまらないのか「痛い」と繰り返す姿に心配で心臓がバクバクうるさいけど、極力落ち着いた声を出すように気をつけた。
救急車を呼ぶか、まずオーサーに連絡するか……とにかく扉が引っ掻かれてシドニーが部屋に入りたがってたから開けてみてピピ、ピピ、という甲高い電子音に気がついた。
「……シド、シュートを頼む」
クンと鼻を鳴らして、シドニーはすぐシュートに寄り添ってくれる。俺は慌てて台所に走って、扉が開きっぱなしだった冷蔵庫を閉じた。
警告音はすぐに止まったものの、庫内が暖まっちまったのかブーンと低い断続的なファンの音が止まらない。
「チッ……」
呑気にガタガタ冷蔵庫を動かして背面にある電源コードを抜いてる場合じゃない。俺は玄関に走って家中のブレーカーを落とした。
外出用のイヤーマフと耳栓を手に取って、水とタオルを持って寝室に戻る。部屋が真っ暗だったからカーテンを開けると、カーテンレールの金属音がキツかったのかシュートの呻き声が聞こえた。
「あ、ごめん……っ、ごめんな」
「はぁ、はぁっ……」
耳に触るぞって言いながらイヤーマフを装着させて、濡らした柔らかいタオルで額を拭いてやる。冷たい手を握って、空いてる手で胸元を撫でながらなるべく穏やかな声を出した。
「シュート、ずっとうるさかったんだな。ごめんな。もう音は止めたから」
たまに開けっぱなしにしちまっても、普段なら警告音が鳴ったら即刻閉じるようにしてた。だからシュートにはアレが何の音なのか分からなくて止めに行くことも出来なかったんだろう。
いや、むしろさっきの様子から察するに"音のせいで頭が痛い"って部分が自分でもあんま分かって無かったのかもな。
「気分悪くないか?」
「ふ……ぅ……」
そうして落ち着くまで10分くらい、俺とシドニーは静かにシュートに寄り添って様子を見守った。
***
シュートが眠ったのを確認してからゴツいイヤーマフをそっと外して耳栓に付け替えてやる。リビングに出てオーサーに一応メッセージで報告しておいたら、数日は神経過敏になってる可能性があるから家の中でも耳栓をさせておけって返事がきた。
それにしても、あんなに"痛がる"シュートをまじで初めて見た。酷い自己嫌悪でうんざりする。俺のせいでシュートを苦しめてしまったことが悔しい。高い電子音がトラウマになってないか心配だ。
音に敏感なシュートは苦手な音に対して、恐怖や不安だけじゃなく、実際に物理的な"痛み"を感じてる可能性が高いらしい。そのことは一緒に暮らす前からずっと知ってたのに。
「……」
平気そうにしてたから今までは気にしてなかったけど、給湯器や炊飯器なんかの操作音も消せるなら消しておきたい。とりあえずそういう対策全般は明日にして、今はシュートの隣にいよう。
シドニーの反対側に寝転がって、きっとまだ頭痛がしてるだろうシュートの頭をそっと抱き寄せて眠った。
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