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番外編◆初期構想の世界のBOX 2
【初期構想の世界のBOX 2】
おかしな音で目を覚ました。
「……んん」
地下室の中は完全に真っ暗で何も見えないが、目の前にいるのは確実にシュートだ。今日はそろそろ帰ろうとしても離してもらえなくて、初めて"アジト"に泊まる事になったんだった。
コイツと一緒に寝るのは"色んな意味で"危険だぞとオーサーに忠告されたけど、そんなの先週襲われかけた俺が一番わかってる。
でもなんとなくシュートの様子が変に見えたから、どうしても心配で放っておけなかった。明日は仕事休みだからってのもデカい。とにかく、そんなワケで俺はこのデカい甘えん坊に抱きつかれたまま一緒に眠ったんだ。
「……シュート?」
ひくっと引き攣るような音とザラザラとしたノイズの混じった息遣いが暗闇の中から聞こえてくる。
「シュート……っどうした」
慌てて体を起こし、手探りで頬に手を伸ばして息がしやすいようにその顔を少し上に向かせてやるが、ゼッゼッと小さく音を立てながら浅く早い呼吸を繰り返すだけだ。
「しっかりしろ、おいっ」
いつものコイツなら呑気に昼寝をしていてもこんな風に声をかければすぐに目を覚ますのに、軽くペチペチと頬を叩いても一向に起きない。暗くて様子が確認できないのがもどかしくて、枕元に置いてあるハズの電池式のランタンを慌てて探した。
「クソ、どこだよ」
カタッと指先に触れて倒れたそれをすぐ掴んでスイッチをONにする。
「シュート、おい……どうしたんだよ、起きろって!」
呼吸は明らかにおかしいが本人の寝顔は至って穏やかで、とりあえず酷く苦しんでるワケじゃなさそうだ。とはいえ安心できるハズもないから、早く目を開けてほしい。
「……っくそ……」
オーサーとリディアはそれぞれ隣と向かいの部屋で寝てるから、何かあれば声をかけろと言われてる。呼びに行くか迷いつつ、この状態でシュートから目を離すのも心配で……揺さぶってしつこく何度も呼ぶと薄く瞼が開かれた。
「シュート!」
前髪を除けて右眼を覗き込むと少し視線が泳いだあと、ちゃんと目線が合った。
「なあ、俺がわかるか?大丈夫か?」
「……」
やっぱりまだ呼吸にザラザラとした音が混ざっているが本人は至って平常通りキョトンとしている。
「はぁ……大丈夫……なんだな?」
まじでビビった。ホッと気が抜けて項垂れると頭を抱き寄せられて頬を舐められた。
***
気が付いたら胸の上に抱き込まれたまま寝ちまってた。苦しくなかったか心配だけど、その呼吸はすっかり安定してる。ランタンをつけると、先に目を覚ましてたらしいシュートが俺のコトをまじまじ見てた。
「ジロジロ見んなよ……今日、後で病院行こう」
聞こえないとでも言うかのように目を逸らすから、「おい」と言うとグイッと押し退けられた。いっつもよく飽きないなって思うほどにくっついてきてばっかのシュートの初めての"拒絶"に驚く。
「なあ……冗談じゃねえって!本気だぞ俺は」
手首を掴んで言い聞かせると抵抗はしないが鋭く睨みつけられた。
「そんな目で睨んでも俺はな……!」
「おい、朝から何を騒いでる」
そこへオーサーが入ってきて、俺の方がシュートに馬乗りになってんのを見ると「予想外の展開だな」と笑った。
「笑い事じゃねえ、病院行こうって言ってんのにコイツが反抗すンだよ!」
「落ち着け」
命知らずだな、と呆れたように肩をすくめられて少し冷静になった。俺の手を振り解くのなんか容易いだろうに、大人しくじっとしていたシュートの腕をそっと離してやると逆に手を掴まれて指を甘噛みされた。
ランタンの灯りしかなくて薄暗い部屋の中、シュートに手を食われながら夜の様子を伝えたらオーサーは何か知ってそうな反応をしたのに、黙ったまま何も教えてくれない。
他の部屋には電気も通されてるんだけど、ここは寝具のみで"がらんどう"だ。何でかなって思ったけど「不要だし、危険だから」としか教えてもらえなかった。
教えてもらえない事だらけだ。まあ、俺は部外者だからな……。
「連れて行かなくていい」
「なんでだよ!この街にも医者はいるだろ?」
「ああ、法外な値段だが」
モグリってヤツか。でも仕方ないだろ、俺が出してやる、多少の出費くらい別にいい。そう思ったのに、続いた言葉に息を呑んだ。
「病院に連れて行くなら、そいつに無理やり目隠しをして四肢と首をベッドにベルトで|磔《はりつけ》にする事になるぞ」
「な……っなんでそんなこと」
「暴れる可能性があるからな。この街の医者は強制的に眠らせるか体を拘束した状態でしかそいつの診察を受け付けない。ああ、混乱して舌を噛まないよう、|猿轡《さるぐつわ》も……」
縛り付けられて苦しむシュートの姿が脳裏に浮かんで、思わず遮るように大声を出した。
「やめろ!!考えたくもねえよ!」
んなバカな話があるかよ、だから病院を嫌がってたのか。そんなの、嫌に決まってんじゃねえか。
「……そうか。ごめんな、シュート」
「そう心配するな、その症状なら把握してる。時々あるんだ。病気じゃない」
喉が潰されてるせいだとオーサーは事も無げに言う。そもそもその前提がおかしいんだからよ。
「……はあ……」
「身体的、精神的どちらにせよ、ストレスが溜まるとこうなるようだ。本人はあまり気にしてないし、そのうち|治《おさま》る」
てかオーサーがそれを知ってるってコトはつまり、過去に病院に連れてったコトがあるんだな。そりゃそうか。仲間……なんだもんな。
「……」
「ひととおりの検査は過去に一度受けさせてある。その時は|あの馬鹿《リディア》に押さえつけさせて手足を縛ったが、なかなか大変だった」
「怖がってたんだろ……」
つい食われてない方の手でシュートの頭を撫でると心地良さそうに目を細める。
「ああそうだが、医者にとってはこいつの精神衛生より自身の安全の方がずっと大事なんだ」
まあそれで変な病気じゃないって診断されてるならもういい。そんなトコに連れて行きたくはない。
「……わかった。俺、会社に連絡して明日も休みにしてくる」
「正気か?」
「それで今夜、異変がなかったら帰るよ」
シュートの口から手を抜いてポケットから携帯を取り出すと電波の入る屋上へ向かうために廊下に出る。
「茶太郎」
「ぁンだよ」
振り返るとオーサーもついて出てきて部屋の扉を閉めた。
「何故そこまで奴を気にかける?まさか"お友達"だと思ってるわけでは無いだろう。お前にとってあいつはなんなんだ」
これ以上、本気で"|こっち側《法外地区》"に関わるつもりなのかと確認されているような気がした。
「……うっせーな、うまく言えねえけど……大事なんだよ!悪いか!」
「……ふ」
「笑うな!」
もういいからシュートのこと、見ててくれよ!と言えば「過保護め」と悪態を|吐《つ》かれた。なんだよ、オーサーだってずっとあいつの面倒を見て、病院にだって連れてってやってるクセに。
***
軽口を言い合える気の知れた上司には「"出張"扱いにしておいてやるよ」とわざとらしい含みのある言い方をされた。普段休んだりしない俺が突然休みの連絡なんか寄越したから、あのスキャンダル|依存症《ホリック》め、ふしだらな不倫旅行だとでも思ってるな。
次に出勤したらとんでもない噂話が巡り巡ってそうだと思いながらも携帯の電源を落とす。
「……あー……」
とうとう仕事を休んでまで、この街に居座っちまった。それをし出したら歯止めが利かなくなると思ってずっと控えてたのに。でも今回ばっかりは仕方ねえだろ。
階段を降りていくとリディアの騒がしい声が聞こえてきた。上階に上がってきたみたいだ。
「なあ、今日は……」
お前らが"仕事"しに行く間ここにいるから、と伝えようとして2階の扉を開けると目の前にズイッとクラブサンドが差し出された。
「おはよーちゃたろー!」
「ああ……おはよ」
「朝ごはんだよ!」
「ありがとな」
こんな立派なメシどうしたんだと聞けばキッチンカーが通りがかったらしい。電話してて気がつかなかったな。
「ちゃたろーはスパイス好きだから、ぐるっとチキン入りだよ」
「グリルドチキンな」
「ぐるりっとチキン」
まだ温かさの残ってるサンドに齧り付きながら窓際に突っ立ってぼんやりしてるシュートの隣に腰を下ろす。
「あのねあのね!今日はいいおしごとなの!」
「おいそこの馬鹿、座って食べろ。話すのは食事の後だ」
「はあい」
大人しくオーサーの近くに戻って行ったリディアに苦笑しながらチラリとシュートを見上げた。シュートも目だけでこっちを見下ろしてくる。
「……」
「シュート、お前は食べたのか?」
「食欲が無いみたいだ」
じっと見つめてるとしゃがんできたので口元にクラブサンドを持っていくと少しだけ食べた。
「もっと食え」
「茶太郎、あまり深刻になるなよ」
「でも」
「人間誰しも食欲の無い日くらいある」
発語が無いからとハナから話の通じない危険な猛獣扱いをする医者もロクでも無いが、本人がケロリとしてるのに勝手に「苦しいんじゃないか」「辛いんじゃないか」と想像を膨らませすぎるのもまた違う。オーサーはそう言いながら食べ終えたクラブサンドの包み紙を綺麗に折り畳んでポケットに突っ込むと手を洗いに出て行った。
そりゃ分かってるけど、でも、何かしらのストレスが溜まってるからあの症状が出てるんだろ。さっきオーサー自身が言ったんじゃねえか。俺はそれが気がかりなんだよ。
「ちゃたろーはシュートの心がしんぱいなんでしょ?でも体がつかれちゃってるだけかも。たまーになるだけだよ。ほとんどないよ」
そんなコト言って、別室で寝てんだから本当のトコロはわかんねーじゃねえか。俺がまだ納得してないのを感じ取ったのか、リディアが「なる時はわかるよ」と言って戻ってきたオーサーも頷いた。
「しばらくずっと雨だったし、おとといはビショぬれになっちゃったもんね」
「ああ、そのせいだろう。だから昨日そいつの様子がおかしかった事は俺たちも分かっていた。ただお前が一緒だから信用して任せただけだ」
「じゃあ先に言っとけよ!」
「言えばお前は心配して一晩中起きてただろう」
「ああそうだよ!いいだろそれで!」
「ちゃたろーってしんぱいしょー」
「……」
少し食べて食欲が湧いてきたのか、シュートは俺のクラブサンドをモソモソと半分くらい食べた。
「もういいのか?全部食べていいんだぞ」
鼻の頭にソースがついてたから拭いてやると口を舐められた。
「あっこら、口はやめろ!うわ、んんっ」
「朝からのーこーだね」
「先週の粗相を謝罪する必要は無かったようだな」
「おいお前ら見てねえでやめさせろ!」
さすがに顔を背けると腰に巻きつかれたから、仕方なくそのまま壁にもたれて腹の上にシュートを乗せたまま残りのサンドを食べた。
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