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番外編◆初期構想の世界のBOX 5
【初期構想の世界のBOX 5】
悩んだ末に俺は法外地区にすぐ出て行ける程度の距離ではあるが、まだ栄えてる……ってくらいのエリアに引っ越してきた。ついでにボロいスクーターも買ったから、これで移動は大分楽になる。
仕事の連絡が鬱陶しいから携帯の電源は落としてあるっていうオーサーに「コレは俺のわがままだから」って電話とショートメッセージ機能のみのプリペイド携帯を押し付けた。何かあったら何時でも連絡してくれって。
てか"仕事"ってなんなんだよ。当たり前だけど、やっぱりただの運び屋じゃなかったんだな、アイツ……。
「さて」
片付けをしてた手を止めて体を伸ばす。今日は"アイツら"がこの新居に遊びに来るんだ。でもここはスラム周辺だけど法が働いてる。シュートが来るのは心配だったから早朝を指定した。真昼間は絶対ナシだし、夜中は怪しすぎるし、まあ朝が一番マシかなって。
リディアとシュートでチビのオーサーを挟むように手でも繋いで来てくれたら、どこからどう見ても仲の良いファミリーにしか見えない。けど、それを提案するだけでオーサーに殺されるだろうからやめておいた。
ちょうど良い部屋がなかったから6階の物件になっちまって、なんだかなぁと思ってたけど、窓からの景色はそう悪くもない。こう……全体的に荒廃してる感じで。
「スラムには色が無ぇなあ……」
まだ他に誰も歩いてないような時間だから、遠いけどオーサーたちの姿を簡単に見つけるコトができた。さすがにこの辺りでは目立つからかオーサーも自分の足で歩いてる。
リディアに見つかったら近隣に響き渡る大声で挨拶されそうだから身を隠しておいた。越して来て早々隣人トラブルはごめんだ。
それにしても、チラリと見えたシュートは眠たそうだったな。ほとんど寝てるようにも見えた。着いたらまず寝かせてやろう、なんて考えながらエントランスへ出迎えに行く。
「おはよー!」
「おうおはよう。迷わず来れたか」
「舐めた口を聞くなよ」
「朝からキレッキレだな」
6階なんだ、と言うとリディアはシュートを引っ張って颯爽とエレベーターに乗り込んだ。
「わーいエレベーター!好き!」
「あのさ、オーサー、帰りのコトだけど……」
「おい」
忘れないウチにと思ってオーサーに向き合うと顎で背後を示された。
「え?」
振り返るとリディアが速攻でエレベーターの扉を閉じてカゴが行っちまった。
「あっおい!こら、待て!」
扉に窓のついてないタイプだから中の様子が全くわからない。
「まさかエレベーターで6階まで上がるだけの間に事件は起きねえよな!?」
「起きると思ってる奴の慌てようだな」
俺は慌てて非常用の外階段へ飛び出して階段を全速力で駆け上がった。オーサーも一応駆け足でついて来てくれてる。やっぱちゃんと保護者してんだよな、コイツも。
「……おい、リディア!シュート!」
絶対にエレベーターの方が先に到着してるハズなのに6階の廊下はガランとしてて誰もいない。朝っぱらから騒いで、何やってんだ俺は。
「カゴは3階と4階の間で止まっているようだ」
「なんでだよ!!」
後から来たオーサーは1階ごとに様子を見ながら上がって来てくれたらしい。すぐ階段を駆け降りて4階に向かった。
「この辺りか?おい、聞こえるか!?」
しゃがんで声をかけると壁の向こうからくぐもった呑気な返事が聞こえる。
「いるよお」
「大丈夫か、シュートは!?」
「……へいきだよお」
「おいなんか間があったぞ!!」
古い建物だからエレベーターも古い。大したロックもかかってなくて、無理やり外扉を開けることが出来た。
暗いピットの中にエレベーターのカゴの上部が少しだけ見えた。這い出すにも頭さえ通らない隙間しか作れそうに無い。
「俺は3階から様子を見てくる」
「俺も行く!」
3階も同じように外扉を開けてみたが、こっちも体は通せない程度しかカゴは見えなかった。
「上手いコトど真ん中で止めやがって!」
「ちゃたろーそこにいるの?」
するとカゴ側の扉も開かれて中の様子が少しだけ見えた。
「おい、あんま無茶すんなよ、ボロいマンションなんだ、もし落下したら……っ」
「ねーえここ引っぱってみていい?」
「何かわかんねえけど、やめろ!!」
どこかの部屋から「うるせーぞ!」と怒鳴り声が聞こえてきたが気にしてられない。
「シュートッ!シュートは!?」
「いるよ?」
呼ぶとヒョコッとシュートが隙間から顔を出した。呑気に眠そうにしてる。平気そうだ。
「シュート、大丈夫か?しんどくないか?」
「慌てるな。そいつは別に閉所を怖がらない」
「くらいところもへいきだもんねー」
「そりゃ知ってるけど……」
もし落ちたらここから地面まで何メートルくらいだ?とオーサーに聞いてみると「13mくらいじゃないか。人間は1mの高さからの落下でも打ち所によっては死ぬことが出来る」と言うからクラッとした。
「安心しろ、5階から落下したカゴに乗っていた人間が重症で済んだケースもある」
「何ひとつ安心できねえよ!」
「慰めにならなかったか。そもそもエレベーターは滅多に落ちたりしないから落ち着け」
一旦落ち着こうと壁に額を当てて深呼吸をしてると後ろから会話が聞こえてきた。
「おい馬鹿、外部に連絡する為のボタンがあるだろう」
「どれだろ?」
「電話みたいなマークが書いてあるんじゃないか」
「うーん、これかなあ?」
バキッと音がしてビービーと派手な警告音が鳴り出した。そしてカゴの扉が閉じられてしまう。
いくつかの部屋から住人が迷惑そうに顔を出すが、エレベーターの故障らしいなと気付けば鬱陶しそうに睨みつけて部屋に戻っていった。文句を言っても仕方ないと思うんだろう。
「何を押した?」
「聞こえない、中がすっごくうるさいよお」
俺の方が心配で倒れそうだ。ああ、いっそ入れ替わりたい。
少しして警告音が鳴り止んだが、早朝だからかボロいマンションだから管理なんてされてないのか、何の反応もない。
「管理者不在のようだな」
「シュートは?」
「えへ、さっきの音でちょっとビックリしたみたい!」
「おい、おいっどうなってんだよ」
様子を教えてくれ、と近寄っても返事がない。後ろからオーサーに服を引っ張られた。
「足元を見ろ。落ちるぞ」
「あ!こういうのって天井に出入りできるフタがあんじゃねーの?」
ハッと気が付いて俺はまた階段へ走った。
「ああ、古いタイプだから救出口は確かにあるかもしれない。蓋はネジで止められているハズだ。ドライバーはあるか」
「ある!引っ越して来たばっかだからな!」
ついでにライトも必要だろう。ハシゴもあれば良かったけど、さすがにそんなモンは持ってない。
大慌てで部屋からドライバーとライトを持って帰ってくるとオーサーが声をかけながら待ってくれてた。
「大丈夫か、様子は!?」
「さっきから返事が無い」
「……っ!」
気が気でないけど慌てても仕方がない。俺は慎重にエレベーターのカゴに乗って救出口を探した。
「コレか?落ちたりしねえよな……」
ライトを口に咥えてそれらしい板につけられているネジをドライバーで外していく。焦って手元が狂いそうだ。汗だくになりながらネジを外し終えて救出口を開けるとカゴ内の明かりが目に飛び込んできて視界が眩んだ。
「シュート、リディア!大丈夫か!?」
俺がこんなに必死になってるってのに二人ともスヤスヤ寝てて身体中の力が抜けた。朝、早かったもんな……。
***
なんかもう全部イヤになったからオーサーとリディアには「好きに過ごしてろ」って言って俺はシュートと一緒に寝室で不貞寝してた。エレベーターは操作盤が壊れてたけど、知るかクソボケ。
リビングの方からイスを動かす音やテレビの音が漏れ聞こえてくる。ここの壁、薄いんだよな。
「ねーちゃたろー、今日はおひっこしのお祝いなんでしょ?」
「ああ、ん?お祝いなのかな?」
「あのね、おひっこしおめでとう!おかしもって来たよ!」
「気使わなくていいのに、ありがとな」
冷蔵庫にジュースあるから……なんて寝転んだままだらだら喋ってたら横で寝てたシュートが目を覚ましてくっついてきた。
「わり、起こしちまったか。そろそろハラ減った?」
寝返りを打って向き直り、頬に手を当てるとグルルと小さく唸るような音が聞こえた。詳しくはわかんねーんだけど、声帯が使えなくても食道を震わせたりして音が出せるらしい。
「なんだ嬉しいのか?」
両手でわしゃわしゃ頭をかき混ぜてやる。あんまりここに来させるのは心配だけど、こうして俺のベッドの上でコイツと目を覚ますのは悪くないなあ、なんてのぼせた事を考えた。
「シュート、すっごくうれしそうだね」
「そう見えるか?」
「うん!私でもわかるよ!」
他でもないリディアにそう言われると俺も嬉しくなる。じっと見つめられて思わずキスしてやりたくなったけど、ギャラリーがいるから抑えた。俺は挨拶であっても人前でそういうコトすんのは照れ臭いタイプなんだ。
「……じゃ、そろそろメシにしようか」
体を起こしてそう言うとリディアが「ごはんごはん!」と元気いっぱいに出て行ったから、振り返ってシュートの額に軽く口付けた。
少し早めのランチを済ませたら、オーサーは「近所を回ってくるから子守りは任せる」と言って出かけて行った。この辺りはひとりでウロついても平気なんだと。
確かに法外地区と比べりゃ安全とはいえ一人で行動するには危険な地域だけど、アイツが大丈夫と言うなら大丈夫なんだろう。下手に口を出すとキレられるから黙っておいた。
「ちゃたろー、あのね!マシュマロとチョコとビスケット買ってきたの!スモア作って食べようよ!」
「俺はいらねえ。レンジ使うのはいいが、爆発させるなよ」
使用許可を出すとリディアは嬉しそうに「じっけんだよ!」とシュートをキッチンに引っ張って行った。とはいえあのバカ力に触らせたら確実に壊されちまうと気が付いて操作は俺がした。
そうして俺はマシュマロがレンジの中で膨らむ様子をじっと観察してるガキ二人をコーヒー飲みながら観察してた。
***
甘みの爆弾をご機嫌で食い終えた二人をリビングのソファに座らせて|カートゥーン《子供向けアニメ》を観させつつ後片付けをする。
ちょうど終わる頃にオーサーが帰ってきて、夜はデリバリーのピザにするかと提案してきた。
「珍しいな、食べたくなったのか?」
「ああ、2ブロック先でやけに香りを漂わせている店があってな」
対してこの部屋の中は甘ったるいニオイが酷いな、と言いながらオーサーは|顰《しか》めっ面で窓を開ける。
「奴らは大人しくしていたか」
「スモア作って食って、アニメ観せてたら……今は寝てるよ」
「よく寝るな」
早起きだったけど昨晩は早く眠らせたから睡眠時間は足りてるハズらしい。まあ野生動物ってのは狩りと食事の時以外はずっと寝てるモンだしな。
「あのさ、帰りは……」
「俺とリディアは帰ってアジトで寝る。ここにゲストルームは無いだろう。シュートは置いていく。今朝と同じ時間に迎えに来るから、泊めてやれ」
「え、いいのか?」
「何がだ」
いや、一応"そういう"関係の俺の部屋に泊まらせるって、なんとなく……その、オーサーは"保護者"なんだし。そういうコトをごにょごにょ伝えたら呆れた目で見られた。
「今更何を言ってるんだ、脳にカビでも生えてるのか?」
「うるせーな、じゃあ責任持って預かるよ」
「ああ、奴も喜ぶだろう」
いつもと違う環境になるのは心配だけど今も問題なくスヤスヤ眠ってるコトだし、俺が隣にいれば平気だと思う。自惚れじゃなければ。まあ、なによりオーサーがこうして信用してくれてるんだしな。
この機会だからオーサーとしばらく色んな話をして、夜になったらみんなでピザパーティーをした。
二人が帰って行くのをシュートはキョトンと見送ってたけど、一緒にシャワーを浴びて一緒にベッドに入って、翌朝まで不安な様子もなく終始ご機嫌にしてくれてて嬉しかった。
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