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番外編◆初期構想の世界のBOX 6

【初期構想の世界のBOX 6】  夜、オーサーに預けてる緊急連絡用の携帯番号から初めての着信があった。ちょうどシャワーを浴びてたからすぐ気付けなくて、水を飲んでから時間を確認しようとして通知に気が付いた。 「……っ!!」  せっかくシャワーを浴びた所だってのに一気に冷や汗が吹き出して大慌てで折り返す。すぐ出られるように上着に袖を通して、スクーターの鍵を手に取る。数コールの後に呼び出し音が途切れて「どうした!」と叫んじまった。 『もしもーし?』 『おい何勝手に触ってる』 『これちゃたろー?えへ、なあに?こんばんは!』 「……」  スピーカーモードにしてるのか、向こう側からそんな会話が聞こえてきて床にへなへなと座り込んだ。 「ビ……ビックリすんだろ!心臓に悪ぃ、勘弁してくれよっ!」 『どうしてビックリするの?』  隣人に壁ドンされて声のトーンを落とす。 「……はぁ……で、特に何の用でもないんだな?」 『用って?』 『それはシュートに何かあった時に茶太郎を呼びつける用の携帯だ。無闇にかけるな』 『ふうん、シュートなんにもないよ!じゃあね!バイバイ!』  自由奔放かよ。でもせっかくだからシュートと話したくなったな。 「バイバイの前にさ、シュートは近くにいるのか?」 『うん、今日はもうおへやで寝てるよ』 『もし起きてたら代わってやれ。驚かせた詫びにそれくらいしてこい』 『はぁい』  オーサーって態度は悪いけど結構優しいよな。  しばらくガタガタゴソゴソしてたかと思うとリディアの騒ぐ声がまた聞こえてきた。 『シュート起きて!ねえ!』 「待て、寝てんなら起こさなくていいよ」 『ちゃたろーからお電話だよ!シュートとおしゃべりしたいんだって!』  何してんのか、またガサガサと音がしてペチペチ聞こえてきた。まさか叩いてんじゃねえだろうな。 「おい乱暴すんなよ」 『へいき!』 「平気かどうか聞いてんじゃねーって……」  渡してあるのはプリペイド携帯だからあんまり無駄遣いさせて重要な時に使えなかったら困る。時計をチラリと見てあと10分くらいで切り上げようと決めた。 『ねえこれ!ちゃたろーと話せるよ!』 「リディア、無理に起こさなくていいから、シュートの近くに置いて後で回収しにきてくれ」 『|Okeydokey《がってんしょーち》!』  今度はドタバタガシャガシャ聞こえてきて、次第にその騒がしい物音が離れていった。多分リディアが立ち去って行ったんだろう。  気を取り直して電話の向こうの音に耳を澄ませた。シュートは起きたのか?あの騒がしさだ、起きないわけはないか。 「シュート、起こさせてごめんな。聞こえるか?」  電話越しじゃ様子を探るのは難しいけど、なんとなく気配を感じる気がする。 「その、何か用があるわけじゃねぇんだけど……せっかくだから、ちょっと話したくなって」 『……』 「週末また行くから、あと3日だな。最近は調子どうだ?」  もうずっと調子の良い日が続いてるのを知ってるけど、どうも確認するクセがついちまった。オーサーとリディアには「過保護」ってよく言われる。ああ、そりゃもはや俺の代名詞だ。 「無事に|こっち《スラム》で来月から働く仕事先も見つけたよ。工場なんだけど、ライン作業とはまた違って……俺、細かい作業とか機械いじりが得意だからさ、そういうのが活かせる部署で。割と給料も良いんだ」  一日中座ってデスクワークしたり堅苦しいスーツ着て営業周りするよりきっと性に合ってる。電気系の資格も取っといて良かったよ、と笑えば何か物音がした。 「ん?」  気のせいかなと思ったけど、カリ、カリ、と明らかに意図的に何かを引っ掻いてるような音が聞こえてきた。向こうにいて、俺の声を聞いてくれてるみたいだ。たったそれだけの事で無性に愛しくなる。 「……今日は良い仕事あったか?」 『……』 「ちゃんとメシ食ったか?」 『……』  なんか、目の前にシュートがいるような気持ちになって何もない空間を撫でそうになる。返事のない電話を耳に当てながら頬を緩ませて……俺ってまじで末期だな。 「引っ越しの片付けも落ち着いたしさ、今日は家の周辺を散歩してたんだよ。不便かなと思ってたけど、意外といろんな店があって……」  また遊びに来てほしいな、なんてガキみたいな事を思ったけど、あんまりこっちに来させるのはリスクが高い。 「……早く週末になればいいのにな」  正直、今は仕事も辞めたところで引っ越しの後片付けも周辺の散策も終わっちまったし、会いに行く時間なんていくらでもある。  でもそうして時間があるからって何日も一緒に過ごしておいて、働き始めたからって今度はまた行くペースを落としたりしたら、きっとシュートは傷つく。そんなの、俺の都合で振り回しすぎだよなと思うから自重してる。  仕事があって忙しくしてりゃ週末なんてあっという間にやってくるのに、こうも時間があると一日一日が長すぎる。趣味のDIYをやっててもすぐ気がそぞろになっちまって……なんか俺って、好きな人ができたらこんな感じになるタイプだったんだな……。 「そろそろ切るよ。おやすみ」  名残惜しいけどキリがない。少しだけ向こうの様子に耳を澄ませて、何ともなさそうだから電話を切った。 「……」  平静を装ってアッサリ切っておきながら頭を抱える。ああ、下手にちょっと接触したせいで余計に会いてぇ……。  頻繁に会うとシュートの情緒が心配だから、なんて言いながら我慢できなくなってしんどいのは俺の方かもしれねぇ。  ***  めちゃくちゃ長く感じた2日間をなんとか耐え忍んで週末がやってきた。俺は昼から我慢しきれずソワソワと家を出てドーナツやらクッキーやら、オーサーに怒られそうな量の手土産を買っちまった。  それでもまだ早すぎて、そんな自分に苦笑しながらコーヒースタンドで時間を潰す。 「……うー……」  いつもより早めの時間だけど、ちょっとくらいいいか。もう十分我慢したし。  引っ越してきて買ったスクーターに跨ってコトコトと法外地区に差し掛かると騒ぐ物音が聞こえてきた。そういやすっかり慣れちまってたけど、この辺りの治安は普通に終わってるんだった。 「やべ……」  銃声が近い。巻き込まれたら損だ。一旦どこかに身を隠すか、引き返した方がいいかもしれねえ。  そう思ってたのにまさに揉めてるらしい野郎が一人飛び出してきて、当然のような流れで俺のスクーターを奪おうとしてきた。 「おい、やめろ!」 「うるせぇ!!」  都会っ子の俺は生まれてこの方ケンカなんてした事もねえんだから、大人しくしとけば良かったのに……つい反射的にハンドルを握りしめて抵抗しちまった。 「放せ、さっさと降りろ!!」 「うわっ!」  ガツッと銃身かなんか、硬いモンで頭を思いっきり殴られて地面に転がる。呻いてると左肩を撃たれた。ウソだろ、まさかまじで撃たれるなんて。 「っぐ、う……!!」  撃たれたところが焼けるように熱い。いや、これはきっと痛みだ。頭を殴られたせいか意識が薄れてく。ああ、せっかく買ったドーナツが俺の体の下敷きになっちまった。 「はっ、はぁっ、はぁ……っ」  体が動かない。やばい、このまま死ぬのかな。シュートに会いたい、シュート……。 「シュ……ト……」  ***  ハッと気が付いたらアジトの2階にあるソファの上だった。俺は上稞で左肩には包帯が巻かれて固定されてて、頭にも何か貼られてる。 「……っ」  まだ混乱してて理解が追いつかない。俺、スクーターを奪われて、殴られて、それから……。シュートが見つけてくれたのか?普段と時間帯は違ったけど、俺がこの辺りに来たらアイツ、いっつもすぐ寄って来てくれるから。 「シュート……?オーサー?」  あの後どうなったんだ?なんで誰もいないんだ?どういう状況だ? 「いてぇ……」  痛みは酷いけど、じっとしていられない。ヨロヨロ起き上がるとテーブルに走り書きのメモが置かれてた。 『弾は肩の外側を貫通、関節や腱に異常なし、それなりに出血していたから急に動くな。頭は軽傷。クリームだらけになっていたから服は洗って屋上に干してある。地下にいる』  地下?なんで地下なんだ?  転ばないよう気をつけながら慌てて階段を降りるとリディアがシュートの寝室の扉を押さえてた。 「おいっどうしたんだ!」 「あ、ちゃたろー。おはよ!」 「起きたか」  部屋の中からガタガタと物音が聞こえる。まさか……。 「シュートは!?」 「この中だ」  オーサーはリディアが押さえてる扉を指差した。その肩にはシュートのホルスターが担がれてる。 「どうなってる、どういう状況なんだ?」 「酷いパニック状態で手がつけられなくてな。取り急ぎ危険物は取り上げたが、こうなると気を失うまで閉じ込めておくしかない」 「そんな……っ」  中に入れてくれって頼んだけどキッパリ断られた。 「今はどうしようもない。お前の姿を見たら余計に混乱する可能性もある」 「シュートがしずかになってからね」 「でも、そんな……ケガでもしたら!」  巻き込まれて怪我をするのはお前の方だぞ、と冷静に言い聞かされる。 「大丈夫だ。部屋に危険物は無いし、腕は縛らせた」 「やめてくれよ!!」  思わず叫んで扉を開けようとしたけど、リディアに押し退けられた。 「"たちいりきんし"なんだって!」  そうしたらオーサーが珍しく困ったような表情を見せてため息をつく。 「医者を呼ぶ為にも仕方なかったんだ」 「ちゃたろー血がいっぱい出てたから、あのままにできなかったもんね」  俺の治療をさせる為に、シュートを拘束したって言うのかよ。 「……っ」  せめて少しでも様子を確認したくて扉に耳を当てると、錯乱してるのか荒々しい呼吸の音と壁にぶつかるような音が聞こえてくる。 「シュート……!!」  部屋に入れてくれってもう一回頼んだけど、こればっかりは絶対にダメだって言われた。 「そろそろ大人しくなるハズだ。もう少し待て」 「お、大人しくって……」 「うーん、じゃあ私が今すぐねむらせようか?」 「やめておけ」  そんな会話をしてたら急に中が静かになった。 「……ちょうど静かになったな」 「もういいだろ!入れてくれ!!」 「はい、これ使っていいよ」  リディアがランタンを手渡してくれたから受け取って部屋に飛び込む。 「シュート!!」  部屋の隅で倒れてるシュートに駆け寄って、折りたたみナイフで腕を縛ってたロープを切る。どこにケガをしてるのか、頭も手も血だらけで完全に気を失ってる……というか、目を回してるって感じだ。 「シュート、シュート」  とりあえずか細く息はしてるけど、頭を抱き寄せて名前を呼んでもぐったりしてて全く反応がない。 「とにかく明るい場所へ運ぶぞ」 「せっかくちゃたろーが起きたのに、次はシュートが寝ちゃったね?」  そう言いながらリディアはヒョイとシュートを肩に担ぎ上げて階段を上って行った。  シュートをソファに寝かせてケガの具合を見ようとしてたら、オーサーが濡れタオルを持って来てくれた。 「無理をするな。軽傷だったとはいえ、お前は怪我人なんだ」 「いいからやらせてくれ」  腕や首に痛々しい引っ掻き傷が大量にできてたから、オーサーが緊急措置として腕を縛らせた理由は納得できた。でも……縛られてた所はロープが擦れて傷になってて、壁にでもぶつけちまったのか額や目の周りも赤くなってる。 「……ふぅ……参るな……」  それらを見るだけで酷く辛い気持ちになるけど、オーサーに任せたくはない。 「大丈夫か」 「俺はいいんだ、いいから……ああ、くそッ」 「……お前が倒れるなよ」  まだ血は止まらないけど、あらかた拭いてからリディアが持ってきてくれた軟膏を塗る。 「氷とかねえよな……」 「そうだな、濡らした布で冷やしてやるしかない」  他にケガしてねえかなって確認し終えて、シュートの頭を抱きしめるように横になった。 「俺、このままここにいるから」 「そろそろ日も暮れる。今日は俺たちもこの部屋で一緒に寝る」  暴れそうだったら止めろ、とリディアに言いつけてオーサーは階段を降りて行った。寝具を持って上がってくるつもりだろうか。あの小さい体で。心配だったけど、俺はここから動けなかった。

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