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番外編◆初期構想の世界のBOX 7
【初期構想の世界のBOX 7】
夜中に顔に触れられる感覚がして目を覚ますとシュートに抱き込まれてた。起きてはいないみたいで、せっかく寝てんだから起こさないように静かにしておく。
「……」
いつもは真っ暗な地下室で寝てるから、こんな風に寝顔を見るのは俺の部屋に泊まりに来たとき以来だ。しばらく寝顔を見つめてると視線を感じたのか、寝ぼけた様子で顔を舐められた。
朝になって目を覚ますとシュートも目を開けたけど、寝転がったままぼんやりして動きそうにない。頬や目の周りが青アザになってて、それを見るとちょっと悲しくなった。
「シュート、どうした?どっか痛いか?」
話しかけても無反応だ。俺の声に反応しないなんて珍しくて、ついしつこく声をかけちまう。
「なあ……」
「放っておけ。ああして暴れた後はいつも2,3日くらい虚脱状態が続く」
先に起きて歯を磨いていたオーサーがそう言いつつ近付いてきて、シュートの額に軽く触れた。
「熱は無いな」
「虚脱状態って」
「体力も精神力も使い果たすんだろう」
寝かせておけばそのうち回復する、だなんて平然と言うけど……俺が「はいそうですか」とシュートを放っとけるワケがねえことくらい、もう分かりきってンだろ。
「少なくともここまで落ち着けばもう暴れはしない。おい、降りてこい」
「そういう心配をしてんじゃねえよ」
オーサーが窓から屋上に向かって声をかけると俺の服を持ったリディアが飛び込んできてズイッと手渡してくれた。
「おはよ、かわいたよ!」
肩の部分が破れちまってるけど、まあ帰宅するだけだから汚れを落としてくれただけで十分だ。
「ありがとな。階段使えよ、落ちたら危ないぞ」
「へいきだもん」
「じゃあ買い出しに行ってくる」
出かけて行った二人を見送ってから肩の包帯を外して傷の消毒をした。こんな事に全く慣れてない俺はまじで死ぬかと思ったけど、全然。弾は掠めただけだったらしい。とはいえ肉が抉れてて、傷の見た目は十分にグロいけど。
「いてて……」
包帯を巻き直してたらシュートがゆっくり起き上がろうとしたから慌てて手を貸した。
「大丈夫か?トイレか?」
フラフラしてんのが心配だったけどとりあえず自主性に任せて見守る。
モノを食べる元気はなくてもせめて水くらい……と思って、戻ってきたシュートにコップを手渡すと少し飲んでくれた。
「疲れたろ」
力なく抱きついてきたから背中に腕を回す。肩にズシッと頭の重みが伝わって、深く呼吸をする音が聞こえる。
「びっくりさせてごめんな……」
俺のケガは大したこと無かったからな、と頭を撫でると通じたのかぎゅっとしがみつかれた。
***
オーサーの言った通り、シュートはそれから3日経つ頃にはメシも食えるくらい元気になって、4日目の今日はもうすっかり大丈夫そうだ。
「結局ずっとここに残っちまったな……」
「良かったのか?」
「ああ、実を言えば毎日ヒマだから」
ちょうど俺自身の傷も塞がってきた所だし、そろそろ帰るべきだ。今日は泊まって、明日からまた距離を置く。シュートの調子が崩れないか心配ではあるけど……いつまでもずっと一緒にはいられないし。
「貴重な戦力を削らせちまって悪かったな」
「それはいい。明日からまたしっかり働かせる」
容赦ねぇなって笑ったけど、元気なのにいつまでも一日中だらだらしてるより、忙しくしてる方が時間も早く過ぎるモンだしな。そのコトは今、俺が一番感じてる。
その夜、シャワーを浴びてると突然シュートが入ってきた。
「おわっ!なんだ、シュートか……どうした?一緒に浴びンのか?」
俺はもう頭も体も洗い終えてそろそろ出るところだったから、「洗ってやるよ」と手を引いてシャワーの下に立たせた。
「そっち向いてちょっとかがめ」
後ろからが洗いやすいと思ったのに、全然言うコトを聞かない。まあいいや……と正面から手を伸ばしてシャンプーを泡立ててたら抱きついてくる。
「はは、まったくお前は……」
仕方ねえな。くっついたまま一緒にシャワーを被って泡を流してやると首にぬるっとした感覚が当たって、舐められたんだとわかった。
「シュート、待て」
こんな素肌同士で触れ合いながら"それ"をされると、俺はその気になっちまう。
「こら……」
そう思ったのに、ちょっと押し離して顔を覗き込むとシュートの目に興奮した熱が篭ってるのが分かった。
「あ、うわっ」
つい動揺して壁に追い詰められる。意思薄弱な俺はそれ以上抵抗できずにキスを受け入れた。
「……ん……う」
腰を抱き寄せられてまんざらでもない。いや、正直めちゃくちゃ興奮する。やばい、勃ちそう。
「シュート……ふ……っ」
抱き合ってキスしてるとまじで盛り上がってきて、背中に腕を回すとまた首元に吸い付かれる。いつもの唸り声が聞こえて、求められてるような気がした。
「あ……はっ……」
このまま流されちまっても悪くないかも……なんて呑気なコト考えてたら肩に乗せられてる頭が急にズシッと重くなった。
慌てて様子を確認すると明らかに息が荒れてる。興奮させすぎたのか?
「っおい、シュート!?」
焦った俺の声音が余計に不安にさせちまったのか、シュートはグラッとよろめいて壁にぶつかった。
「落ち着け」
今もし倒れたらさすがに困る。お互いに素っ裸なんだし、リディアに運んでもらうわけにはいかない。まあ、多分シュートもリディアも気にしないとは思うけど。俺が気にする。
「大丈夫だから」
急いでシャワーを止めて脱衣所に連れ出し、タオルでシュートを包み込んだ。さっきはビビッたけど当の本人はもうケロッとしてて、気持ちよさそうに目を閉じてる。
「ごめんな……ゆっくり覚えような」
もし無理ならそれでいい。俺たちはこれでいいんだ。
***
リビングでシュートをイスに座らせて、髪を拭いてやりながら「中古とはいえあのスクーター買ったばっかだったのになあ」と肩を落とした。
「水、傷に沁みなかったか?」
まだまだ痛々しい引っ掻き傷に軟膏を塗ってやってるとちょっとイヤそうだけど大人しくしてる。オーサーは隣でそれを見て感心してた。
「茶太郎が相手なら随分と大人しいものだな」
「思いやりが伝わってんだよ」
「俺にも思いやりはあるぞ」
「お前のは伝わりにくいんだよ、態度が悪すぎて」
オーサーの考え方や振る舞いは合理的で正しいのかも知れねぇけど、俺には絶対に真似できねぇ。まあ、甘やかし役と嗜め役……どっちも必要だよな、きっと。
「……おい、気をつけろよ」
「何がだよ?」
「そいつの耳に触るな、引っ掻かれるぞ」
ああ、シュートは耳が敏感なのは知ってる。でも俺が触っても怒らない。
「大丈夫だよ、ほら」
持ってたタオルをシュートの頭に乗せて、両手でそっとその耳を包むようにしてみても大人しくしてる。むしろ気持ちよさそうに目を細める。
オーサーは信じられないモノを見たような顔をしてから「信頼できる相手がいて良かったな」と珍しく優しいコトを言ってた。
それから、シュートはリディアと何やら床の木目をなぞって仲良く遊んでるから俺はオーサーが寝具を地下に戻すのを手伝うことにした。
「……あいつら何やってんだ?」
じっと床を見つめながら「Shhh」みたいな変な音を口から出してる。ヘビか。
「"練習"だと」
「はあ?」
「早くそっちを持て」
この数日間はずっと全員で2階のリビングで寝てたんだけど、やっぱ落ち着かないらしい。あと、夜に電気を点けてると目立っちまうんだとか。
それもそうか。ハタから見りゃただの廃ビルにしか見えないようにしてあるのも、防犯意識からなんだろうな。
「……はあ……」
「なんだ。シュートがお前の後を追ってバスルームに入って行く所までは見たが……上手く出来なかったのか?」
「よせ、不躾だぞ!」
とは言いつつ、ウジウジ弱音を吐く。
「あいつが、アレを怖い行為だと勘違いして覚えちまったらどうしよう」
「どうせ興奮しすぎただけだろう。平気だ。明日には忘れてる」
「よく分かってらっしゃること……はあぁ……」
「ため息を吐くな。鬱陶しい」
冷たくね?というか、コイツ10歳なんだよなあ?
***
翌朝。また争いに巻き込まれたら目も当てらんねえし、今日のところは明るいうちに帰っておこうとアジトを後にするコトにした。
「じゃあ……また週末な、シュート」
「……」
未練がましく振り返ると抱きつかれて、俺もぎゅうと抱きしめ返す。まだ肩の傷が若干痛いけど、拒否する選択肢はない。
寂しい。事件がキッカケとはいえ、初めてこんなに何日も一緒にいたから……離れがたい。
「ちゃんとおうちまで送ってくるからね!」
真後ろでリディアの声が響いてハッと我に返り体を離した。俺としたことが、人前で甘えた真似をしちまった。
「って、え、家まで来てくれんのか?」
「そんな遠くないもん」
「お前の足ならそうか……」
リディアは力が強いし足も速いし持久力もある。俺が歩くと家からここまで40分くらいかかるけど、リディアなら小走りで15分くらいなのかもな。
そんなワケで、年長者として情けなさも感じつつ……リディアに家の近くまで送り届けてもらった。
「じゃーね!ばいばい!」
「待て待て」
何の名残もなく走り去ろうとする背中に声をかける。
「ありがとな。また週末、金曜の夜に行くから……7時にスラム地区に入るようにする」
今回の事件でオーサーから「|この辺り《法外地区》を無闇に一人でウロウロするな」と厳しく怒られた。来る時間を決めて、ピッタリに来いって。
「うん!今日がすいよーびだから、あさっての夜だね!」
そうか、明後日か。今回はまじで長居しすぎたな。今週末はパスするか……?と一瞬だけ考えたけど、今すでに寂しいのに来週末まで耐えられるワケがねえから「ああ、明後日な」と手を振った。
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