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番外編◆初期構想の世界のBOX 11
【初期構想の世界のBOX 11】
▼意思表示すること
茶太郎(28) シュート(23)
シュートの「ちゃた」から、もっと明確なコミュニケーションが取りたいって欲が出た俺は手話を教えてみる事にした。いや、手話……ってか、"ハンドサイン"って感じかな。
これなら声に頼らなくても意思疎通できるし、むしろなんで今までやってみなかったんだか。まあ、正直あんま不便は感じてないからかな。
「おはよ、メシ食ったら上の部屋行くか。今日は仕事ナシだってよ」
リビングでコーヒーを飲んでるとシュートが上がってきたから、スクランブルエッグとトーストを出してやる。
「あ、オーサーはリディアとどっか行ったけど、すぐ帰ってくるらしいから」
入金確認だとか言ってた。先週とっ捕まえたっていうお尋ね者にかけられてた賞金かな。
シュートが食ってるからまたジオラマの続きを弄ってると、いつのまにか時間が経ってたみたいで近寄ってきた。
「食ったか。皿も片付けたか?」
「……」
立ち上がって話しかけると機嫌よさそうにくっついてくる、可愛いやつ。
「なあ、これわかるか?好きって意味なんだ」
早く教えたかった俺はリビングでそのまま簡単なサインを見せてみるコトにした。シュートに向き合って、握った右手の甲を口に近づけてから左肩へ動かして見せる。
「この動きで、好きって意味なんだ。ほら、お前ドーナツ好きだろ?好き、な」
簡単だろって言うとキョトンとしてる。けど俺の動きをじっと見つめてるから、なんとなく伝わったかな。
「ほら、お前もやってみ」
「……」
「これ使ってさ、好きなモン、俺に教えてくれよ」
手を取って拳を握らせてみると大人しくされるがままにしてる。だから俺は動きの説明をするのに気を取られちまって、軽い抵抗を感じたけど、難しいのかなって思っただけだった。
「俺さえわかればいいから、厳密にできなくてもいいよ。こうしてから、こっちの肩にこうやって……」
「おい、様子がおかしい。やめろ」
部屋の入り口からオーサーの声がしてハッと視線を上げるとシュートの顔色が真っ青になってた。
「え、シュート……!?」
息が浅い。慌てて掴んでた手を離して背中をさする。
「どうした」
握ったまま固まってる手を|解《ほど》かせると指先が冷たくなっちまってるコトに今更気がついた。
「悪い、イヤだったのか」
深呼吸を促しながら窓際に置かれてる新調したソファに連れてって顔を覗き込むとシュートの目からポロッと涙がこぼれた。俺は頭が真っ白になって、咄嗟に頭を抱きかかえる。
「シュート、ごめん」
俺が触れるのをイヤがる感じはしないから、とにかく頭と背中を優しく撫でて落ち着くのを待った。
5分くらい経つと顔色が良くなって息も整ってきたから、シュートの足元にしゃがんで顔を見上げながら話しかけた。
「ごめんな、無理強いして……」
もう涙は止まってるみたいでホッとした。そうしたら様子を見てたオーサーが「自己表現が抑制されてるのかもしれないな」って呟いたから振り返る。
「どういう意味だ?」
「俺もそいつの過去については詳しくない。これは単なる憶測でしかないが、意思を伝えたり話すこと自体が|苦痛の記憶《トラウマ》なのかもしれない」
その推測を聞くと納得できる部分はある。それなりに|俺の話は理解《インプット》できてそうなのに、シュートからの|自己表現《アウトプット》はあまりにも少ない。
今までも伝える方法を知らなかったんじゃなくて、伝えられなかっただけなのかも。単に大人しくて控えめな性格なのかと思ってたけど、まだまだ俺の理解不足だった。
「じゃあ、俺の名前を口にするだけでも、めちゃくちゃ頑張ってくれてたのかもな……」
「その可能性もあるというだけの話だ。真相はそいつにしか分からん」
今までこういうことを教える気にならなかったのは、無意識にそれを感じ取ってたのかも。なのに、「ちゃた」って呼んでくれるようになったコトで、俺は調子に乗っちまったんだ。
もしオーサーの推測が当たってて、イヤだってことすら自己主張できないなら、せめて俺だけは気付いてやらねぇといけなかったのに。
「……リディアは?」
「ずっと家にいるのは退屈だから散歩してくる、だと」
散歩か。リディアかシュートが一緒ならスラムを出歩いていいことになってるから、俺たちも気晴らしに少し歩こうかって立ち上がる。
「噴水広場の方にキッチンカーが来てる時あるからさ、甘いモンでも探しに行こうぜ」
「小遣いがいるか?」
「いらねーよ!」
まさかこの歳になって12のガキに小遣いの心配をされるとは。晩メシはカレーにするからなって言えば「早めに帰ってこい」とのお達しだった。
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