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番外編◆初期構想の世界のBOX 19

【初期構想の世界のBOX 19】 ▼悲痛な叫び  ジオラマ作りに疲れてソファで休んでると、ちょうど仕事から帰ってきたシュートが土埃に汚れたままの格好で抱きついてきた。 「おかえり、埃っぽいからシャワー浴びてこいよ」 「ちゃたろー、今日のごはんなあに?」 「カオマンガイにする」  リディアは冷蔵庫から水を出して「つめたいの、おいしいね!」って言いながらシュートにもグラスを持ってきてやって注ぐ。 「優しいな」 「えへ、シュートちょっとつかれたみたいだから!」 「え?」  その言葉にビックリしてシュートの顔を見たけど、いつも通りの無表情で水を飲んでグラスを床に置いた。 「大丈夫か?」 「うん、もうへいきかなあ?さっきまっすぐ歩けなかったの」 「目眩だろう、休ませておけ」  オーサーの言葉に頷く。目が悪い上に耳が敏感だから、シュートはよく目眩を起こすらしい。本人が気にしてなさそうだから、過剰に反応するのは控えて頭を撫でてやった。 「疲れたんだな。ちょっと寝るか」  俺も休憩するところだったんだよ、と言えば頬を擦り寄せられた。  ***  リビングのソファでシュートとくっついて眠ってると、不意にソファから落ちて目が覚めた。どうやらシュートに突き飛ばされたらしい。受け身も取れず床で背中を打って息が詰まる。 「っな……、げほっ、何だ!?」 「シュートどうしたの?」  テーブルの所にいたリディアとオーサーも視線をよこす。もしシュートが暴れそうだったら抑える為だ。俺は慌てて二人を手で制してからシュートの様子を確認した。 「シュート、大丈夫か」  起きあがろうとしたような体勢のまま、ソファに顔を埋めてる。夢遊病の発作か、悪夢を見た錯乱か、それともまた呼吸の問題か。 「……シュート」  そっと肩に触れると思い切り弾かれて尻をついた。まずい、怖がらせちまったみたいだ。 「茶太郎、下がれ」  縛り付けるか閉じ込めるか、"対処"をする為に動こうとしたオーサーに「待ってくれ」と懇願する。その瞬間、ヒュッと息を吸う音が聞こえた。 「うあ、あ……っ!」 「シュート!?」  一瞬だったけど、確かにそれは絞り出したような悲鳴だった。恐怖に押し出されたみたいな声に胸が締め付けられる。喉に負荷がかかったのか、シュートが激しく咳き込み始めた。すぐ背中に手を当てようとしたけど、後ろからリディアに捕まえられて引き離された。 「離せ、離してくれ!」  咳が止まらないシュートを助けたいのに、リディアの拘束はビクともしない。 「あぶないよお」 「落ち着け。怪我をさせられるぞ」 「いいから!!」  体が硬直してるみたいで暴れる気配は無い。咳と喘鳴がますます酷くなって部屋中に響く。 「……分かった、離してやれ」 「はあい」  手を離されて転びそうになりながらシュートに駆け寄った。目は開いてるけど、見えてなさそうだ。 「シュート、シュート、わかるか?安心しろ、もう大丈夫だから」 「ねえ、私シュートの声はじめて聞いたからビックリしちゃった」  後ろでリディアが呑気にそんなコトを話してる。声……今回のは心因性だけじゃなくて、さっき叫んだのと咳のせいなんじゃないのか。 「オーサー!炎症を防ぐようなモンあるか?その……吸入器みたいな!」 「あるにはあるが、そいつの場合は声帯の機能不全が原因だから効果は限定的だ」  それに病院の匂いがするからか、使うと余計に悪化するだけだからやめておけって言われた。 「|治《おさま》るのを待つしかない」  そんなこと言ったって、咳も喘鳴もすぐには落ち着きそうにない。こんなの、マジで自然に|治《おさま》んのかよ。みるみるシュートの顔色が真っ青になって体が力を失ってく。 「いやだ……っし、死んじまうって!いやだ、シュート!!」 「落ち着け。騒がしく|狼狽《うろた》えるなら締め出すぞ」  何も出来ないのかよ、俺には、何も……。  ***  地獄みたいな時間がいったいどれくらい過ぎたのか。苦しんでるシュートの手を握りしめて額に押し当てて、とにかく「大丈夫だ」って言い続けてたら頭にポンと誰かの手が乗せられた。 「……リディア」 「シュートねちゃったよ」  パッと顔を上げると確かにシュートは眠ってた。まだ呼吸は引き攣ってるし顔色は悪いけど、状態は落ち着いてる。完全に取り乱してたから記憶が曖昧だ。同じ体制を取り続けてたせいで立ちあがろうとするとヨロけちまって、リディアに支えられた。 「ちゃたろー、しんどいの?だいじょーぶ?」 「ああ、いや……大丈夫だ」  ヨロヨロとテーブルにつくと向かいに座ってるオーサーに呆れた目で睨まれる。 「緊急時にこそ冷静さを欠かない訓練が必要そうだな」 「……」  その通りだ。俺が大騒ぎすりゃ、シュートはそれを感じ取る。シュートを守りたいなら、精神力を鍛えておかねえとな。 「まあ、壊れたテープレコーダーのようだったが、お前が感情を切り離して『大丈夫だ』と唱え続けた事は功を奏した」 「そりゃ良かったよ」 「俺がいくら冷静でいても、お前でなければ意味がないんだ。茶太郎、わかるな」 「……ああ」  オーサーは俺をシュートのパートナーだと心から認めてくれてる。気付けばもう4年近く経つんだもんな。  しばらくどこかに視線を流していたオーサーはポツリと呟いた。 「前回の発作から1年以上も間が空いていた。そもそも"こんなこと"さえ、いつかは起きなくなるかもしれない」 「え……」 「今は過渡期だな。好転反応とでも言うべきか。そのせいで今回は症状も強く出たが、お前の存在によって奴は確実に良い方向へ成長している」 「うん!私もそう思うよお」  だってシュート、すっごく元気になったから!って言われてちょっと嬉しくなる。 「地下へ運んでやれ。その方が落ち着いて眠れるだろう」 「はい兄さん!」  何かあれば呼ぶように言い残してオーサーは立ち去って行った。珍しく素直だったな。俺が落ち込んでたから、励ましてくれたのかも。  寝室でシュートの隣に寝転がって、頭から頬、首、肩を撫でる。声と咳のせいで喉が腫れてんのか息をするたびに軽くノイズが混ざってるけど、もうすっかり穏やかだ。 「……焦っちまって、ごめんな」  二度と怖い夢を見ないように願いながらそっと手を取って指にキスすると、眠ったまま抱きしめられた。

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