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番外編◆初期構想の世界のBOX 21

【初期構想の世界のBOX 21】 ▼変化する理由  どうも最近、シュートが変だ。いや、変っていうか、間違いなく良いことなんだけど、やけに落ち着いてるというか、穏やかというか。 「……」  リビングでぼんやり過ごしながら床に座り込んでリディアと遊んでるシュートの背中を見つめる。調子が良いならそれに越したことはないけど、無理してるんじゃないかと心配になる。元気がなくてもあっても心配だなんて、困った話だな。 「ちゃたろー、なあに?」 「あ、悪いなんでもない」  じっと見つめすぎてたのか、リディアが寄ってきた。 「ねえ見て見て」  手を引かれてシュートの近くに連れて行かれる。何をしてんのかと思ったら絵でも描いてたらしい。 「何描いたんだ?」  散らばってる紙を一枚取り上げてみたけど、カラフルですげー抽象的だ。 「なんだこれ?」 「なあに?」 「何の絵だ?これ」  そう聞きながら見せてみたけど、何をおかしなことを言ってるのか、みたいな顔をされた。 「いろんな色をぬってみただけだよ!」 「ああ、そういう楽しみ方もあんのか」  描くっていうと何かモチーフを描くモンだっていう固定概念があったなと頰を掻く。シュートの横に腰を下ろすと頭を嗅がれた。 「嗅ぐな嗅ぐな」 「ちゃたろーもする?」 「俺は絵心無いからいいよ。シュートは書かないのか?」  適当に転がってるペンを差し出してみたけど受け取らない。興味ないのかな。リディアが無理に持たせようとして手を取ったけど、猫みたいにスッと引いちまった。 「……」 「手さわられたくないみたい」 「なんでだ、リディアと手繋ぐの平気だったろ」  機嫌が悪いのかと思ったけどそうでもない。まあ、気が乗らないだけか。  ***  その日の夜、晩メシを作ってる時に手が滑って皿を落としちまった。甲高い破裂音がしてガラス製の皿が割れる。 「おっ……」  パッとリビングを確認するとリディアは全く気にした様子もなくソファに座って自分の描いた絵をニコニコ見つめてた。シュートはどうしてるかと思って視線を動かすと死角からぬっと現れてこっちがビビらされちまった。 「おわ!そこにいたのか、ごめんな、ビックリしたか?」 「……」  急にデカい音がしてイヤだったんじゃないかなと思ったけど、動揺した様子もなく額の辺りに鼻を寄せられる。そのまま頰をくっつけたり首筋のニオイを嗅いで、手を取られてじっと見つめられた。 「……なんだ?俺?ケガしてねえよ」  そう言うと満足したみたいにリビングに戻っていくから、呆気に取られちまった。やっぱり、何か様子が違う。 「騒がしいな」  シュートに話しかけようとした瞬間、オーサーが脱衣所から出てきて意識が逸れた。 「あ、悪い皿割った」 「手を切るなよ」  そうだな、まずは片付けが先か。  メシの用意が出来たからそれぞれに声をかけて食べ始める。俺の右隣にシュート、向かいにオーサー、その隣にリディアが座るのが定位置だ。 「なあ、これマジで嬉しく思ってんだけどさ……最近、コイツ元気な気がして」 「良かったな」  1ラリーで会話が終了しちまって思わず笑う。相変わらず可愛げのねえガキだな。 「意見をくれよ」 「……そうだな」  オーサーは少し考えをまとめるように黙った後、いつもの尊大な態度のまま口を開いた。 「人生において明確な目的や目標というものは、不安や恐怖を取り去る大きな支えになる。そいつは"お前を守る"と心に決めたんじゃないのか」  先月、屋上から落下しかけたんだろう。と言われて少しバツが悪い。でも、俺を守ろうって思うことがシュートの心の安定にひと役買ってるんだって? 「心配かけたのは悪かったけど、正直悪い気はしねえな」  チラリとシュートを見ると大人しくスープを飲んでる。左目は見えてねえから、俺の視線にも気付いてないみたいだ。 「お前を失うことを怖がるばかりだったのが、自分の手で助けたことで気がついたんだろう。失いたくなければ自分が守ればいいと」 「怪我の功名ってヤツかな」 「自己犠牲に走らなければいいがな。守るべきものがあると人は強くもなるが、時には弱くもなる」  もしも命の決断を迫られるようなことがあれば、シュートが俺を選ぶ前に俺がシュートを選ぶしかないし、考えるまでもなく元々そうする予定だ。 「お前に対する執着が依存から独占欲にすり替わりつつある。俺たちの接触をあまり拒否するようなら面倒なことになるから調整しておけ」 「調整……って、そんなのどうすりゃいいんだよ?」  リディアに手を触られて嫌がったのも、そういう新しい感情が関係してんのかな。 「お前が名実共にそいつのものだということをさっさと分からせてやれ」  思わず飲みかけた水を噴き出しそうになった。俺たちがまだ"最後まで"ヤれてないこと、分かってんなコイツ。 「……わかりましたよ」  リディアが横から「なんの話?」って聞いてくるから、皿に肉の塊を乗せてやって誤魔化した。

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