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番外編◆同級生の世界のBOX 1/8

【同級生の世界のBOX 01】 ◆シュート/茶太郎(共に13歳) ◆舞台は少し前の日本 ◆別シリーズから日本人キャラが登場します。  11月。この夏は長かったが、ようやく日差しが弱まり、風も涼しくなり始めた頃。中学1年生の|山代 茶太郎《やましろ ちゃたろう》は校舎の2階にある自身の教室で友人たちと話しながら朝礼の時間を待っていた。その時、校内アナウンスで『山代、職員室へ来るように』と呼び出しがかかる。 「おい茶太郎!何やったんだよ」 「何もしてねェよ!」  笑いながら肩を軽く叩き合って、めんどくせーなと呟きながら廊下に出る。もう予鈴が鳴った後なのに辺りはザワザワと騒がしい。階段を降りて放送室の前を通り過ぎ、職員室の扉をノックしてから開く。 「失礼しまーす、呼ばれたんですけど」 「おう、来てくれたな」  声変わり中のその声は細く掠れ、遠くまで届かせようとすると裏返る。茶太郎は不快そうに喉元を手で揉みながら、雑然とした机にぶつからないよう気を付けながら担任が近寄ってくるのを待った。 「……?」  しかしその視線は担任ではなく、一緒に歩いて来た見知らぬ一人の生徒に吸い込まれた。茶太郎の目線より少し背が低い。この学校の学ランは着ているもののサイズがブカブカで、顔にかかる髪の毛は……目を引く金髪。そしてチラリと覗いた瞳は吸い込まれるような青緑色だった。 「……誰ですか?」 「転校生なんだ。教室まで連れて行ってやってくれ」  そう言われて茶太郎は納得した。自分でも面倒見の良い自覚はある。人見知りもしない。「わかりました」とすぐ歩き出そうとしたが、担任に呼び止められる。 「この髪は地毛なんだ。海外から来た」 「見ればわかりますよ」  ここはさほど治安が良いとは言えない学校なので、この目立つ髪色が変に目をつけられないか心配しているようだ。担任は面倒そうに視線を天井に向けながらため息をついた。 「それに、話せない」 「日本語が?」 「いや、YESもNOも言わない」  じゃあスペイン語?などという問題ではないことは茶太郎にも分かった。つまり口が利けないのだろう。 「こっちの言葉もどれくらい理解してるんだか。ま、朝と終わりのホームルーム以外は基本的に支援級だ。教室の送り迎えは基本的に俺の仕事だが……たまに頼みたい」 「はい」  この態度を見るに、厄介者を押し付けられたらしい。たまにと言いながら、ほとんど毎回頼まれることになりそうだな、と茶太郎は思った。 「別にいいですよ。毎日でも」  本心だった。別に構わない。転校してきたばかりで不安なハズのこの小柄で大人しそうな子が、鬱陶しそうに扱われることに嫌悪感があった。担任はパッと嬉しそうな顔になり「助かるよ」と言い残して自席へ戻っていく。 「……あ、この子の名前は?」 「えーと、確かセオドール……呼び方はテッドだと」  本鈴が鳴るのを聴きながら職員室を出ると転校生……テッドが付いてきていないことに気が付き、声をかける。 「おい、こっち」  目を合わせようとするとふいと顔を逸らされて、その耳に何か着けられているのが見えた。 「……?」  補聴器かと思ったが、おそらく耳栓のようだ。話せないことと関係があるのだろうか、と考えたが茶太郎には分からないので深く考えるのはやめた。何事も「そういうモンか」で済ませるのは彼の良いところであり、悪いところでもある。 「行くぞ、こっちだから」  そう言ってみても反応が無い。軽く手首の辺りを引っ張ってみると大人しくついてきた。  茶太郎が教室に戻ると、すぐ何人かのクラスメイトが話しかけてきた。 「誰それ?転校生?」 「うん。テッドだって」  いくつか質問されたが、茶太郎に答えられる情報はほとんどない。後方に放置されている机と椅子を適当に引っ張ってきて、スペースに余裕のある列の最後尾に席を作ってやる。 「どこから来たの?」 「何人?」 「英語喋れる?」  何を聞かれてもテッドは答えない。緊張してるのかと首を傾げるクラスメイトたちに茶太郎は「喋るのが苦手なんだってさ」と補足しておいた。 「おい、座れ」  その時ちょうど担任が入ってきて、特に何も無いとだけ告げてホームルームを終える。 「ああその子、転校生な。テッドだ。喧嘩すんなよ。山代、来てくれ」  適当だな、と呆れながらテッドを連れて一緒に出る。担任は支援級の場所を説明しながら歩き出した。1階の図書室の隣にそれはあって、中には職員らしき大人と何人かの生徒がいた。 「へえ」 「慣れたら一人で移動してくれるとは思うが、しばらくは頼んだ」  もう完全に任せる気のようで、授業に遅れるなよとだけ言い残して担任は立ち去って行った。反対に中から職員の女性が近寄ってきてテッドの前にしゃがんだ。テッドは黙ったままだが、ほんの少しだけ顔を逸らすようにして茶太郎に近寄る。 「おはようございます、テッド君ですね」 「はい、よろしくお願いします」  なんで俺がよろしくって言ってンだ、と茶太郎は思ったが勝手に口から出てしまったのだから仕方がない。 「今日の1年2組は5時間目が道徳の授業ですね、給食の後に迎えに来てもらえますか?」 「そういうのは参加するんですか?」 「様子を見ながら、参加できそうな授業にはなるべく参加してもらいます」 「ふうん」  じゃあまた後で、と茶太郎は『ひまわりクラス』という看板の掲げられた扉をくぐり、教室へ戻ろうとする。ほんの少しだけテッドの様子が気になって振り返ると、初めて目線が合った。何故か反射的に手を差し伸べようとして、握りしめる。 「じゃ……後で迎えにくるから」 「……」  後ろ髪を引かれるような感覚に襲われながらも、授業開始のチャイムが鳴ったので慌てて駆け出した。

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