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番外編◆同級生の世界のBOX 2/8

【同級生の世界のBOX 02】  昼休み、茶太郎はクラスメイトの|東丸《とまる》 |央弥《おうや》と一緒に昼食を摂ることが多かった。その日も例に漏れず、自然な流れで央弥の席に自分の椅子を持って行く。茶太郎の席は窓際の前から3番目、央弥は中央列の2番目だ。ちなみに朝テッドの座席を用意したのは央弥と同じ列だった。 「よお」 「おー」  軽く挨拶を交わしながらそれぞれの昼食をガサガサと用意する。央弥はまだ中学1年とは思えないガタイの良さと大人びた思考力があり、クラスで一目置かれているタイプだった。派手で目立つ、いわゆる"一軍"とはまた少し違う。 「で、あのテンコーセーは茶太郎の知り合いなわけ?」 「いや、西田に押し付けられた」  西田というのはこのクラスの担任のことだ。まさか従兄弟だとは思ってもいないだろうが、央弥は少しイタズラに笑った。 「なんだそういうこと。 お前ってもしかして西洋系の血が混じったクォーターだったりすンのかと思った」  俺はどこからどう見ても純日本人だろ、と茶太郎も笑い返した。対する央弥の方が、ともすれば海外の血が混ざっているように見える。柔らかく流された髪は黒ではあるが明るめで、日に当たると茶髪と呼ぶに相応しい。スッと通った鼻筋も、発達した体つきも、どこか日本人離れした雰囲気があった。 「なんで支援級なんだ? 日本語が分からねえから?」 「いや……」  これまでの休み時間でも他のクラスメイトからすでに質問責めに合ったのだが、「何も知らない」で通しておいた。テッドが言葉を話せないこと、耳栓を着用していること……しっかり者の央弥になら言っても何も差し支えないとは思ったが、こんな教室のど真ん中で話すのは気が引けた。 「俺も正直、ほとんど分からねえんだ。西田ってテキトーだからさ。案内してやってくれ、とだけ」  その答えを100%信じたわけでは無いだろうが、央弥は人のプライバシーを勝手に話さないでおこうという茶太郎の考えまで読み取り、それ以上の深掘りは避けた。  そうして弁当や菓子パンをそれぞれ食べながらテレビや漫画の話をしていると、気が付けば時間が経っていた。 「で、放課後にも迎えに行くのか」 「いや、今日は5時間目の前にも来いって……あ、急がねえとな」  あと15分で5時間目が始まる。茶太郎は食べ終えた弁当箱をガサガサと自席の鞄に詰め込み、早歩きで『ひまわりクラス』へ向かった。  ***  勝手に入っていいのか、職員室のようにノックした方がいいのか……茶太郎が『ひまわりクラス』の前で思案していると不意にガラリと扉が開かれた。そこには朝も会った職員がいて、茶太郎を見るとニッコリと微笑んだ。 「……あ、あの、1年2組の山代です。 テッド……君を迎えにきました」 「ありがとうございます! そろそろかなと思っていたんですよ」  そう言いながら中を振り返ってテッドを呼ぶ。茶太郎は好奇心で職員の脇から教室の中を覗き見た。朝には見かけなかった生徒が他にもいて、何か書いていたり、本を読んでいたり……テッドは窓際の席に座って、ぼんやりと外を眺めているようだった。 「入ってもいいですか?」 「どうぞ」  山代くんですよ、と紹介されながら入室する。ペコリとお辞儀をしてくる生徒がいたので、むず痒い気持ちになりながら茶太郎もお辞儀をして返した。 「テッド、次はクラスで授業受けるから、一緒に戻ろう」 「……」  近くまで行って声をかけると、テッドはピクッと反応してこちらを振り向いた。伏し目がちで、立っている茶太郎の腰辺りに視線は落ちたまま。表情は動かず、感情が読めない。ふと、茶太郎は大切なことを思い出した。 「俺、自己紹介してなかったな」  机に手をついて床にしゃがみ、テッドと視線の高さを合わせる。そして「山代 茶太郎、ちゃたろーだよ」と名乗った。するとテッドが突然ハッとしたような顔をして、初めて茶太郎の方を見た……というよりも、見つめた。 「な、なに……」  吸い込まれそうな青緑色の瞳に穴が開くほど見つめられて、ついフラッとその頬に手を伸ばしたくなる。そんな衝動を誤魔化すように、茶太郎は朝と同じくテッドの手首を取った。 「ほら、教室、行くぞ」  するとテッドは掴まれた手を解き、手を繋いできた。少し驚いたものの、拒む理由もなく受け入れる。それを見て職員は相好を崩した。 「山代くんが気に入ったみたいですね」 「……失礼します」  クラスに戻るとまた質問が降ってきそうだったが、タイミング良くチャイムが鳴ったので茶太郎はテッドを中央最後尾の席に座らせてサッと自席へ戻った。  ***  道徳の授業とホームルームが終わり、担任は茶太郎に「テッドを校門まで連れて行ってやってくれ」と言いつけた。前の席の生徒がクスクス笑いながら「使われてんじゃん」などと言ってくるが、気にせずに了承する。 「茶太郎」 「うん?」  テッドに鞄を持たせて教室を出ようとすると央弥が追いかけてきた。 「俺も行く」 「陸上部は?」 「行くよ。 校門まで送るだけだろ」  目立つから。そう囁いた央弥に茶太郎も頷く。前述の通り治安が"良くはない"この学校には2年に問題児集団がいる。髪色が明るい央弥は彼らに絡まれた被害者のひとりだ。入学直後だった。 「地毛だっつっても『関係ねぇ、染めろ』の一点張りだったからな。 ありゃ病気だ」 「よくわかんねぇけど、髪の明るさが強さの象徴なんじゃね? アイツらにとって」  その問題児集団は少しでも「調子に乗ってる」と判断した相手に難癖をつけては暴力でねじ伏せて、群れて強くなった気になっている典型的な"不良たち"だった。 「さすがに外国人って分かるし、こんな大人しいヤツににまで手は出さねえと思うけど」  茶太郎はそう言いながら後ろをついてくるテッドを振り返る。またじっと見つめられて、「なんだかな……」と頰を掻いた。 「どうだか。 何かあったら俺が出るからな」  体の大きさに比例して力も強い自覚があるので央弥はそんな風に言うが、陸上部で活躍している相手を事件に巻き込もうとは思えない。 「ありがとな」  やがて廊下の先に校門前の開けたエリアが見えてくる。左手は校庭、右手が校門。校庭には小さな池があり、冬には氷が張ることもある。茶太郎たちはまだ1年なのでその様子を見たことは無いが、校門を入ってまず目の前に見えるその池はちょっとした心の癒しスポットだった。 「テッド」  その池の近くに立っていた女性が声をかけると、テッドは素直に近付いていく。どうやら母親のようだ。 「連れてきてくれてありがとうございます」 「あ、こんにちは……山代 茶太郎です」 「東丸 央弥す」  同じクラスの子?と聞かれて、茶太郎は池から見える自分のクラスを指差した。 「はい、1年2組……」 「よろしくお願いします」 「えっと、いや、こちらこそ」  するとテッドの母親はニコリと微笑んで帰って行った。

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