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番外編◆同級生の世界のBOX 4/8
【同級生の世界のBOX 04】
11月も終わりに近付き、茶太郎が中学生になって初めての冬がやってきた。少し前まで暑いくらいだと感じていたのに一気に風が冷え始めたので、母親は慌てて冬支度をしている。
「茶太郎!それじゃ寒いでしょ」
「いいよ、歩いてりゃ暑くなる」
「お弁当は持った?」
「はいはい」
それと、コレ。と差し出された小さな包みを反射的に受け取る。何これと言いたげに視線を上げれば頭を撫でられそうになって避けた。
「最近、よく話してくれるテッドちゃんに」
「クッキー?食べるかな。てかお菓子……」
「いいでしょ、ちょっとぐらい。栄養栄養」
食卓でウッカリ「最近、転校生の世話係を頼まれたんだ」と漏らせば根掘り葉掘り聞かれて、適当に答えているウチにどうやら母親の脳内には物静かで小柄で金髪蒼眼の、お人形のような美少年像が結ばれたらしい。更に体育で倒れたと聞いて病弱な儚いイメージも。
「言っとくけど、別に病弱とか栄養不足って感じじゃねえよ。はじめての参加で緊張しただけだって先生は言ってた」
「大人はそうやって真実を隠すのよ」
「少女漫画の読みすぎ」
学校に着いたら校門にテッドが立っていた。もう道には慣れたらしく、一人で登下校している。教室へも行けるはずだが、こうして茶太郎を待つのが彼のルーティンのようだった。それに、茶太郎も悪い気はしない。不思議とテッドに甘えられると、胸の奥がジンと満たされるような気持ちがするのだった。まさか恋かと思ったりもしたが、それよりもっと複雑な……懐かしさのような気持ちだ。むしろ恋なら、"とっくの昔に、出会う前から"している。などと変なことを考えて茶太郎は笑った。
「テッド、おはよう」
手を繋いで教室へ向かうのは、茶太郎にとって欠かせない朝のルーティンなのかもしれない。
教室に着くとテッドを席に座らせて、鞄の中から連絡帳を取り出す。たまにテッドの母から茶太郎宛てに伝言が書かれている場合もあるからだ。しかしここ最近は何もない。むしろ、支援級の職員とのやりとりすら必要最低限になっていた。
「……テッド、学校、楽しいか?」
机に手をついてしゃがみ、座っているテッドと視線を合わせる。じっと見つめ返されて、その目の奥の感情を読み取ろうと集中する。
「なあ今日の3時間目の体育は参加すんの?」
「バスケらしいからどうせ来たって見学だろ」
突然頭上からそう声をかけられて見上げるとクラスメイトたちだった。
「3on3するからマジ中断は勘弁」
「やめとけって」
「どうせ意味わかってねぇんだろ」
茶太郎はムッとして何か言い返そうとしたが、ちょうど教室に入ってきた央弥がその生徒たちの頭を後ろからパシッと軽く叩いた。
「面白くねえから」
瞬く間に静かになった気まずい教室内に、央弥が自身のロッカーを漁る音だけが響く。教室の前では青い名札をつけた3年の生徒が待っているようだった。
「あった。葛西さん、これでいい?」
「悪いな」
葛西さん……そう呼ばれた生徒は央弥から何かを受け取る。タイミングよくホームルーム開始のチャイムが鳴ったので短く礼を口にして立ち去って行った。
「知り合い?」
「ああ、なんだろ。友達っていうか。体育で球技すんのに爪切り忘れたって言うから」
陸上部員はケガ防止のため厳しく言われているのでロッカーに爪切りを常備している。そのことを知っている葛西……|葛西《かさい》 |辰真《たつま》はたまたま通学中に見かけた央弥にそのことを相談したのだった。
***
「あ、忘れてた」
その言葉に央弥は菓子パンを食べながら視線を寄越す。弁当を半分ほど食べて、飲み物を取ろうとしたはずの茶太郎が鞄から何か小包を取り出していた。そして時計を見て少し考えてから「ちょっとテッドの所、行ってくる」と机の上を片付けて立ち上がる。昼休みが終わるまでまだ余裕があった。央弥は特に気にした様子もなく頷いて見送った。
図書室の前を通り過ぎて通い慣れた『ひまわりクラス』の扉を開ける。
「こんにちは」
「山代くん?こんにちは、どうかしましたか?」
お菓子を持って来たことを言ってもいいのか茶太郎は悩み、一緒に遊ぼうと思って……と呟いた。職員は何か含みがあると気がついていたが、信用があったので見逃すことにした。
「いってらっしゃい。外は寒いから、気をつけて」
「はい」
どことなくバツが悪そうにしながら茶太郎が手招きをすると、席に座っていたテッドは軽い足取りでその隣へ駆け寄った。
「……行こうか」
もはや当たり前のように手を繋ぎ、どこか風が凌げて二人きりになれる場所はあるかな、と考えながら歩き出す。
「お昼はもう食べ終わったんだよな?」
先ほど、机の上は空っぽだった。そのことを思い出しながらテッドの横顔を覗き見て、茶太郎は眉を|顰《ひそ》めた。左目の下にうっすらと青あざがある。
「テッド……?」
足を止めて頬に触れようとすると、嫌がるようにスッと体ごと避けられた。最近のテッドは茶太郎の接触を拒否することがほとんど無かったので、その反応に違和感があった。
「……殴られたのか?」
そう尋ねる声は震えていた。まさか。こんなに大人しくて、素直で、無垢な少年の顔を殴れる人間がいるのだろうか。信じられないが、おそらく事実だ。もし顔にアザが出来るような転び方をしたのであれば、手のひらや顎に擦り傷のひとつでもあるべきだ。
「テッド、こっち」
少し寒いが校庭へ出て、校舎の裏に行く。他に人がいないことを確認してから、そっと手を伸ばすと今度は逃げられなかった。
「……よく見せてくれ」
クラスにテッドのことを揶揄う生徒はいるが、暴力的なイジメの気配は無い。他のクラスにもジワジワとその存在は広まっていて、今では珍しいモノを見たような反応をされる事もほとんど無くなっていた。
「2年のヤツらか?いつ?放課後?」
教室移動はほとんど付き添っているので、絡まれたとしたら登下校時だろう。アザは小さく、周りが黄色く変色していて時間が経っているのがわかる。今日ではない。そんなことを考えながらテッドの前髪を掻き分けて他に怪我が無いか確認すれば、グイッと押し返された。
「……」
「あ、ごめん。イヤか」
茶太郎が相手でも顔に手が近付くとビクッと目を閉じる。やはり、誰かに暴力を受けたのは間違い無いだろう。
「……今日から、俺が家まで送るから。一緒に帰ろう」
ポケットに入れてきたクッキーの存在など、すっかり忘れていた。茶太郎の目から涙が落ちる。テッドはそれを見ておずおずと近寄り、ぺたりと頬をくっつけた。
「ありがとな。俺は平気だから」
痛い思いをしたのはテッドなのに、慰められて情けない。目元を乱暴に拭って、茶太郎は一度だけギュッとテッドを抱きしめた。
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