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番外編◆同級生の世界のBOX 6/8
【同級生の世界のBOX 06】
学ランはなんとか脱がせたが、濡れたシャツはぴっちりと張り付いていてなかなか脱がせられない。ひとまず渡されたタオルで茶太郎と辰真がテッドの体や髪を拭いていると、耳栓を持ったびしょ濡れの央弥が入ってきた。一応絞ったような形跡はあるが、服の裾からはボタボタと水が滴り続ける。
「はぁ……親御さんは?」
「先生に連絡してもらってる」
数枚しか無くて……と辰真がフェイスタオルを差し出したが、央弥は濡れたシャツとインナーを脱ぎ捨てて廊下で絞り、水気を切ったそれで体を拭いて済ませた。
「テッドの様子は」
「いや、まだ……」
そんな二人の会話を遮るように「おい手伝ってくれ」と茶太郎が言う。その声は動揺に上擦っていた。
「早く暖めてやらねぇと……っ」
その言葉に頷いて二人も服を脱がせるのを手伝おうとする。しかしこうも肌に張り付いていては難しい。それも、本人の意識がないから尚更。このままではモタモタしている間にどんどん体温が下がってしまうので、いっそ切ってしまおうかという話になった。
「呼吸が変だな」
テッドは先程からゼッゼッと引き攣るような浅く早い呼吸を繰り返している。辰真が茶太郎に「こっちはいいから、精神的ケアをしろ」と目配せをした。それを受け取った茶太郎は新しい乾いたタオルを手に取り、テッドの頬を優しく包む。
「テッド、落ち着け」
俺と合わせて……と言いながら耳元で深呼吸をして聞かせるが、変化は見られない。辰真が事務机からハサミを持ってきて「もう切るぞ」と言うと央弥はサッと立ち上がった。
「着させるモンねえよな。俺、体操服持ってくる。体育で汗かいちまったけど、仕方ねえだろ」
トランクス姿のまま平然と出て行った央弥を見て茶太郎は辰真も濡れたままでいることを思い出した。
「先輩、寒いんじゃ」
「いいから」
まず上半身の服を切り、すっかり冷え切った肌が露出するとすぐにタオルで水滴を拭き取り、シーツで包む。
「ベッドも濡れちゃいましたね」
「全部脱がせたら隣のベッドに移そう」
「はい」
そうこうしていると養護教諭と共に話を聞きつけた支援級の職員が大量のタオルと熱湯の入ったヤカンを持ってきてくれて、茶太郎は心底ホッとした。
「お母さんすぐに来てくれるから」
「あなたたちも濡れた服は早く脱いで」
交代だとタオルを差し出される。
「先生、テッドの呼吸が……」
「大丈夫、喉が弱いだけ」
把握してる、と言う教諭に茶太郎が今度こそ引き下がろうとすると、不意にテッドの手が動いてパッとその手首を掴んだ。
「あ……?」
意識が無いのかと思っていたが、茶太郎を認識していたらしい。冷たくてほとんど力が入っていないその手を慌てて握り返す。
「テッド、ここにいる」
風邪を引くから早く着替えるよう言われたが、離れられるわけがなかった。大人が二人になれば濡れているズボンと下着もすぐに脱がすことができて、テッドは乾いたシーツでグルグル巻きにされた。
「ヤカンのお湯を使ってホットタオル作れる?やけどに気をつけて」
「もう作ってます」
指示を受ける前にホットタオルを作っていた辰真がそれを手渡す。
「ありがとう、あなたも早く着替えて」
辰真は冷静に頷き、茶太郎の肩を掴んでテッドから引き離した。
「濡れた格好のままでいると、低体温症になるから」
「……わかりました」
ちょうどそこへ戻ってきた央弥が二人に体操服を渡す。茶太郎のものと、もうひとつは他の生徒から借りてきたらしい。
「んで、こっちのは全部テッドの分」
心配したクラスメイトたちがこぞって貸してくれたのだと言う。何枚でも重ねて着ればいいだろうと。言葉で意思疎通が出来ない相手とどう接すればいいのか分からないだけで、クラスの大半の生徒はテッドのことを気にかけていたのだ。茶太郎はそれを知って涙が出そうになった。
服を着替えてから冷たい手をホットタオルで温めてテッドの隣へ戻る。まだ呼吸は浅く早いが、多少はマシになっているように感じた。しかしスプレーが入ってしまったせいだろうが、テッドの目からとめどなく涙が溢れ続ける。それを見た茶太郎はベッドの脇に膝をついた。
「テッド、ごめん。俺が……っ」
途端に急激な後悔の念に苛まれ、涙があふれてくる。支援級から自クラスへ移動する際に難癖をつけてくる上級生がいる渡り廊下の近くを通ることも、すでに暴力を受けた形跡があることも、分かっていた。だから念入りに送り迎えをしていた。
「目、洗ってやらないと……」
涙に濡れた茶太郎の言葉を聞き取れなかった養護教諭が聞き返すと、次のホットタオルを作っていた辰真が「黒いスプレーが目にも入ってるんです」と補足する。それを聞いて支援級の職員は大慌てで水を汲みに行った。
「ストーブってどこにあるんすか」
まだ教室にストーブは出ていないが、年明けから出すと聞いている。央弥が尋ねると3年の辰真が知っていると答えた。
「倉庫にある。冬休み明けに取りに行ったことがあるから覚えてるけど……まず職員室に鍵をもらいに行かなきゃならないし、許可がもらえるか分からないし、時間がかかるな」
言ってる間に親御さんが来るだろう、と言う辰真に頷いて央弥は適当な椅子に座る。保健室には茶太郎が鼻を啜る音と、桶を使って職員がテッドの目を洗う音だけが響いていた。
それから30分経っても、1時間経っても……テッドの母親は現れなかった。
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