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番外編◆同級生の世界のBOX 8/8

【同級生の世界のBOX 08】  それから、あっという間に半年が経った。学年が変わっても茶太郎とテッドは同じクラスで、明らかにそう仕組まれていたし、茶太郎自身もそれでよかったと思った。引き続き『ひまわりクラス』への送り迎えと登下校は一緒。なにしろ、同じ家に住んでいるのだから。 「ただいま」 「おかえりー、裁判所からお手紙きたよー」 「えっ」  母親の言葉に茶太郎は靴を脱ぎ捨ててリビングへ走りたい気持ちを抑え、テッドに手洗いうがいをさせてから部屋に連れて行き、少しここで待つように言ってからリビングへ駆け戻ってきた。 「裁判所、どうだって!?」  この半年で茶太郎の両親は本格的にテッドを養子として迎える準備を進めていた。まずは母親に連絡を取り、親権について話し合う所から。彼女は全ての責任から逃げ出し、ひとりアメリカへ戻っていた。弁護士を通してしか連絡ができず、直接のやり取りは一度も取れないまま。 「日本にいるらしい親族の人も関わりたくないって、親権を放棄したそうだから……これから、ようやくウチの子になる為の養子縁組の手続き開始」 「……そっか」  今更になって「やっぱり親権は放棄しない」などと言い出したとしても憤ったに違いないが、やはり改めてテッドが捨てられたという現実を突きつけられたような気がして、茶太郎は落ち込んだ。 「愛してなかったわけじゃない」 「だったら放棄しない」  難しいの、と母親が言っても茶太郎は複雑そうに頭をかき混ぜた。これからも一緒に暮らせることは嬉しい。しかし無垢なテッドのことを考えると、この状況を嬉しいと感じることにも罪悪感を覚えた。 「ほら、もうすぐお兄ちゃんになるんだから我慢しなさい」 「そういう冗談いらない」  ***  そうして中学生になって2回目の冬が来る頃、テッドは正式に山代家の養子になった。茶太郎の姉は買ってもらったばかりの携帯のバッテリーカバーにテッドと撮ったプリクラを貼るのだと豪語しているが、残念ながら嫌がられ続けている。 「ねえ行こうよ!」 「宿題してんだよ、出てけ!」 「バカ!」  部屋の入り口で姉弟喧嘩を繰り広げていると、部屋の中央にある丸机で一生懸命に何か書いていたテッドが立ち上がり茶太郎の服の裾を引いた。その手に持たれている紙には"ちゃたろう"の文字。 「……上手く書けたな」 「デレデレじゃん」  姉はあからさまに唇を尖らせて悪態をつきながら立ち去って行った。とはいえテッドに対して本気で不満があるわけではない。こんなやり取りを楽しんでいるのだ。  この頃のテッドは数学の授業にも参加するようになり、単純な計算問題であればしっかり点数も取れるようになった。家では夕飯の支度を手伝ったり、洗濯物の取り込みを担当したりと、成長の日々だ。そして相変わらず、茶太郎が泣いている時には必ず頬をぺたりとくっつけにくる。 「わっ」  例えそれが玉ねぎを切って目が痺れただけの涙であっても。 「……大好きだ」  手を繋いで茶太郎がそう言うと、いつも返事をするように頭をグリグリと押し付けるのだった。  ***  仲が良かった央弥とは残念ながらクラスが離れたが、今でも昼休みにはどちらからともなく誘いあって一緒に昼食にする時はある。 「茶太郎、一緒に食おうぜ」 「5時間目が移動だからさっさと食うけど」 「いいよ」  適当に空いていた席から椅子を引いてきて座り、手に持った袋から菓子パンを取り出す央弥を見て茶太郎は「弁当、お前の分も作ってもらおうか。|あの人《母さん》、どんぶり勘定だから絶対に二つ返事で引き受けるよ」と笑う。 「気にすンな。菓子パンでもお前よりしっかり成長できてるから」  確かに1年の時から大きかった央弥は更に成長して、すでに大人と変わらない身長になっていた。陸上部では次々と記録を塗り替え、スポーツ推薦の話が既に出ているとか。 「最近はどうだよ」 「ん、テッド?元気にしてるよ。ちょっと前に正式に弟になったけど……それはなんか変な感じ。でも良かったかな。あとはまあ……過保護にしすぎるのは良くないけど、|アイツら《3年の不良》が卒業するまであと少しは絶対に校内で一人にさせないようにするしかねぇよな」  他にも「テッドが」「テッドは」と茶太郎が話し終えるまで静かに待っていた央弥は間の空いたタイミングで「別にテッドのことって言ってねえよ、お前は最近どうなんだよ」とツッコんだ。 「あ、え、俺のこと?俺は、その……」  そして段々と語尾が弱くなり、机に突っ伏す。 「やべー、恥ずかし……」 「テッドのことばっかり考えすぎなんだよ」  呆れながらも央弥の瞳は優しかった。  すっかり通い慣れた図書室の前の廊下を軽い足取りで歩く。 「テッド、行こうか」 「ん」  そして数年後、茶太郎はこの愛してやまない弟と"一線"を超えてしまうことになるのだが……それは、また別のお話。 【同級生の世界のBOX 完】 ▼後日談へつづく

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