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番外編◆初期構想の世界のBOX 26
【初期構想の世界のBOX 26】
▼耐えがたい恐怖と苛立ち
初めてシュートと体を繋げてから、ひと月が経った。一時は悪化した独占欲と執着心だったが、オーサーの言う通り少しずつマシになってきてる。昨晩はまた月曜ぶりだったからちょっと離れてた時間分くっつかれたけど、寝る前に一発ヤッたら満足してくれたし、今日はもう俺から離れてもすっかりケロッとしてた。
「ほら、そろそろ晩メシにするから」
また床の木目をなぞってるリディアとシュートに声をかける。その遊びどういうルールなんだ?って聞くと二人ともキョトンとしてた。
寝室に入り、シュートとキスをして、軽く触れ合ってからマットレスの上に向かい合って座る。
「今日はどんな一日だった?」
「……」
「シチュー、美味かったか?」
最近、こうして腕や肩を撫でながら話しかけるのが寝る前のルーティンだ。しばらくするとコテンと肩に額を預けられた。穏やかな呼吸が聞こえてくる。リラックスしてくれてるんだろう。
「好きだよ」
今晩はもう"シ"なくてもいいらしい。あの果てしなく思えた性衝動が落ち着いてくれてマジでよかった。さすがに毎週金土日と抱き潰されてたら、いつか倒れる自信があった。明日は日曜だから、洗濯物と掃除を済ませて、次の金曜までの作り置きを用意して……なんて考える。
「明日は"仕事"あンのかな」
ケガはするなよ、と頭を撫でると気持ちよさそうにするのが可愛い。軽く笑いかけてランタンに手を伸ばす。
「そろそろ寝ようか」
その時、パッと手を掴まれて驚いた。
「なに……どうした?」
振り返ったら、シュートが薄く口を開けて閉じる。その仕草はまるで何かを言いかけたみたいだった。
「シュート?」
「……っ」
そしてまた口を開いたけど、途端に表情が曇り、ビクッと震えて唇を噛み締める。まさか、何か話そうとしたのか?
「バカ、いきなりムリすんな」
みるみる息が荒れ始めたから、慌てて抱き寄せて肩に頭を乗せさせた。何かに怯えるみたいに、その体はガチガチに硬直してて、触れる肌には冷や汗が浮かんでる。
「ふっ、ふっ……ふぅっ……」
「落ち着け、ここは安全だから」
浅く早い呼吸を繰り返す背中を抱きしめて言い聞かせる。ここはアジトで、俺しかいないって。時々まるで本当に痛みを感じてるみたいに全身が痙攣するから、心配で堪らない。
「ふ、ふぅっ、う……っ!」
小さく声が漏れた。
「うっ、あ……けほっ」
声帯を刺激したのか、ゲホゲホと激しく咳き込んだ後、ヒュッ、と喉が締まるような音が聞こえてきた。こんなことは今までにもあった。少しでも"意思表示"をしようとすると、シュートの体はこんな風に酷い拒絶反応を示す。意識が過去に引き戻されているのか、俺の声に反応しなくなる。
「落ち着け、頼む、ゆっくり吸え」
ガチガチに握りしめられてるシュートの手にゆっくり触れて、なるべく優しい声で深呼吸を促す。3階で寝てるオーサーを電話で呼び出すか悩んだけど、今はまだシュートから目を離せない。俺の気配が離れることで、もし深刻なショック状態に陥ったらまずい。
「はぁ、はぁっ、は……っ、はぁっ」
「シュート……」
乖離してた意識が戻ったのか、溺れていた川から顔を上げた後のように必死で酸素を取り込みながら俺の手を握り返してきた。
「苦しいな」
ぜえぜえと上下する背中や肩をさすり続ける。そうして支えながら横にズレて、マットレスにシュートを横たわらせた。
「何か俺に伝えようとしてくれたのか?」
苦しさに対する生理的なモノだろうが、その目には涙が溜まってた。
なるべく楽な体勢を取らせて静かに冷たい手を握ってると、しばらくして様子が落ち着いてきた。ようやく生きた心地がして、ドッと疲労感に襲われる。
「……こんなこと、やめてくれ……。 ゆっくりでいいんだ」
何かを俺に伝えたいと思ってくれたことを責めたいわけじゃない。でも無性にイライラしちまって、両目を手で覆った。間違えるな。苛つくのは、シュートの"声"を奪ったやつらにだ。枕元に置いてある携帯を手に取ってオーサーにかける。
『どうした』
「ああ、悪いんだけど……来てくれるか」
すぐ行く、と通話の切れたそれをポケットに突っ込んで、寝転がったまま脱力してるシュートの頭を軽く撫でると立ち上がった。降りてきたオーサーに様子を見ててくれと頼んで、リビングへ上がる。電気は消えてて真っ暗だけど、問題なく歩けるくらいには過ごし慣れた場所だ。
「……っ、クソッタレ!」
俺は苛立ちに任せて、作業台の上に組み立てている途中だったジオラマを叩き壊した。こんなコトをしたって何の意味も得もない。でも、何かに当たらずにはいられなかった。
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