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番外編◆初期構想の世界のBOX 27

【初期構想の世界のBOX 27】 ▼仲間を守るということ  真夏の熱気で機械がやられちまって、工場がしばらく全面的な改装工事を実施することになったから、オーサーと相談して、俺はその間ずっとアジトで過ごすことにした。最近のシュートの落ち着いた様子を見てたら、多分大丈夫だろって。だから普段はできない壁紙の張り替えなんかをしたくて、俺は張り切って大荷物を抱えてやってきた。 「2週間あるからな! 思いっきりやるぞ!」 「わあい、なにかてつだう?」 「壊しそうだからいらねえ。 シュートと遊んでてやってくれ」  オーサーから模様替えの許可ももらってるし、本当はテーブルや棚の位置を変える手伝いを頼みたかったが、壊されたら元も子もねえからな。まあ時間ならたっぷりある。焦らずやろう。  ***  作業に没頭してたら腹がペコペコになってた。気分転換も兼ねて外でメシにしようと声をかけてシュートと出かける。暑いけど外の空気は気持ちいいな、なんて上機嫌で話しかけた。 「いつものケバブサンドもいいけど、たまにはダンプリングの……あれ、シュート?」  シュートも穏やかな表情をしてたはずなのに、突然よろめいて額に手を当てる。 「シュート、どうした……」 「……」 「うわ、おいっ!」  更にグラッと膝を折るから、なんとか支えようとしたけど重くて、一緒になって地面に転んじまった。打った膝と擦った手がヒリヒリする。すぐ起き上がって様子を確認すると目を回して失神したみたいだった。 「シュート、シュートっ!?」  なんで急に。抱き起こそうとしても脱力してて重すぎる。粗いコンクリートの地面が熱い。このままじゃ熱中症になっちまう。辺りを見回してもこの暑さだから人通りは無い。なんとか腕を肩に回して引きずってでも……なんて考えてたら真後ろから声をかけられた。 「どーしたの?」 「リディア! よかった、アジトに運ぶの手伝ってくれ」 「いいよぉ」  その時、シュートを担ぎ上げたリディアのポケットから銀色の何かが転がり落ちた。なんだこれ?拾い上げると小さい笛みたいだった。 「……おい、リディア、これ……犬笛か?」 「しらない! ちゃたろーがガタガタしてたから、出てきたんだよお」 「さっき吹いたのか?」 「でもなんにもならなかったよ!」  真っ青な顔で気を失ってるシュートを見て、ふつふつと怒りが込み上げてくる。なんでこんなモンがアジトにあんのかって……決まってる。オーサーがシュートを"制御"する為に使ってたんだろう。 「……アジトに戻るぞ。 シュートは地下に寝かせてやってくれ」 「はぁい!」  ***  アジトに戻るとオーサーがリビングでパスタを食べてたから、テーブルにバンと手をついた。 「ご挨拶だな」 「リディアがコレを吹いて、シュートが倒れたんだよ!!」  目の前に犬笛を突き出して見せても動揺は見られない。 「だからなんだ」 「なんでこんなモンをリディアが持ってンだよ!」 「どこかから出てきたんだろう。 お前が模様替えだとか言って朝から……」  今度は拳を叩きつけた。ガンと音が鳴って、手の甲がジンジンと痛む。オーサーは鬱陶しそうに俺を睨みつけた。 「いいだろう、お前が聞きたがっていることを話してやる。 行動を共にし始めたばかりの頃は奴が取り乱すたびに、それを使って無力化させていた」 「……」 「そうしなければ俺の身も、奴自身の身も危なかったからだ、わかるだろう。 だが勿論、悪影響もある。 奴の異常な聴力は音を"物理的な痛み"として捉える」  オーサーは俺から1秒も目を逸らさない。自分のしたことが例え非人道的であったとしても、合理性は充分にあったと主張している。 「高周波の音に対して奴は何度も昏倒し、過呼吸や引きつけによる脳への酸素供給不足は不可逆的な損傷を与えただろう。 奴が目眩を起こすのは間違いなく犬笛による内耳のダメージが原因だ」  何も言えないでいると、手に持った犬笛を奪い取られた。そしてそれを俺の胸元に突きつけながら畳み掛けてくる。初めて見せられたオーサーの"怒り"に圧倒されて、唾を飲み込むことすら忘れてた。 「それでも主従関係を覚えさせる意義はあった。 奴は今、混乱時においても俺の指示には比較的従う傾向にある」 「……で、でも」 「俺だって趣味で"こんなもの"を使ったわけじゃない。 勘違いするなよ、茶太郎。 お前だけが辛いんじゃない。 俺は……」  そこまで言って、ハッと息を吐く。そしてようやく語気を和らげて、椅子に座り直した。 「"仲間"を守る為にこんな手段に頼るしかないほど、非力な自分を正確に自覚しているだけだ」 「……ごめん」 「謝るな。 お前の怒りは正しい」  食欲が失せた、と呟いてテーブルにパスタを残したままオーサーは立ち上がった。

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