225 / 231

番外編◆初期構想の世界のBOX 29

【初期構想の世界のBOX 29】 ▼選べない未来  あれから2日が経ったけど、まだシュートは意識が朦朧としてて、熱も上がったり下がったりしてる。迷わなかったわけじゃねえけど、俺は犬笛をゴミ箱に捨てて、オーサーとリディアにもそれを伝えた。 「じゃあ俺はまた地下にいるから」 「はぁい」 「茶太郎、交代で|看《み》るからあまり閉じこもるな」 「でも……」  心配で、離れてる方が疲れる。どうせ仕事は休みだから問題ねえし。そう言おうとした時、下からガタガタッて物音がしたから弾かれたようにリビングを飛び出す。 「シュート」  1階に降りると目が覚めて上に来ようとしたのか、階段下にシュートが倒れてた。 「大丈夫か、ケガしてねえか?」 「……」  手を貸して起こすけど、明らかにグラついてる。よく地下から1階までひとりで来れたな。 「どうしたの?」 「上に行きたいみたいだ。 危ないから運んでやってくれ」 「いいよ!」  静かにな、と頼むとリディアは口の前に指を立てて「うん!しー、だね」と言った。  リビングまで来たのはいいが、シュートはまだ一人で立てる状態じゃなかった。ただ立ってるだけなのに5秒もしたらフラつく。 「シュート、たてないの?」  その度にリディアが支えてくれてるけど、家具や壁に頭をぶつけそうで危なっかしい。 「じっとしてろ」  歩き回るシュートの腕を掴んで言い聞かせるけど、ソワソワと落ち着かないみたいだ。熱が引いて体力が有り余ってんのかな。そんなシュートをしばらく観察してたオーサーが不意にこっちを見た。 「……茶太郎」  クイッと顎で「来い」と指示される。偉そうなガキだな。  3階にある俺とシュートの部屋に来ると、オーサーはソファに"変なシミ"が無いか確認してから腰を下ろした。 「病院に連れて行くべきかもしれない」 「え、それは……」 「もしくは医者をここに呼ぶ」  だが病院へ行くのが好ましい、と続ける。そりゃ目眩は酷そうだけど、歩けなかった頃と比べたら十分回復してきてるのに。 「もう少し様子を見ても良くないか? 病院に連れて行かれるストレスの方が俺は心配なんだけど」 「……」  ふう、と息を吐いて何か考えてるから、その横顔をじっと見つめた。なんだよ……なんなんだよ。じわじわ嫌な予感が襲ってくる。もうこんな気分を味わうのはたくさんだ。 「なんなんだよ!」 「恐らく、目が見えてない」  その言葉に足元が崩れるような気持ちがした。いや、実際に膝の力が抜けてへたり込んじまった。 「う、嘘だろ」 「それをなるべく早く、正確に確かめる必要があるから言っているんだ」  脳の異常か、ストレスによる失認か、他の原因か……とにかくオーサーが観察する限り、見えてなさそうだってことは、ほぼ確定らしい。 「……ストレスのせいだったら、病院で余計に悪化しねぇか?」 「その可能性も否めない。 しかしその場合、内耳の血流を良くする薬でも飲ませれば、改善は見られるだろう」  それに、もしも脳だったら一刻も早い対処が必要だ。そんなこと、さすがの俺にもわかる。  リビングに戻るとリディアがシュートにパンを食べさせてた。 「ハラ減ってたのか、ごめんなシュート」  話しかけても反応が薄い。この分じゃ耳もあんまり聞こえてねえのかも。いつものストレスに対する乖離状態だと思ってたけど……状況はもっと深刻なのかもしれない。不安で泣きそうで、ふ、と息を吐いたらシュートが立ち上がってこっちにきた。 「危ないから」  慌てて手を添えたけど、思ったよりまっすぐ目の前まできて、ぎゅっと抱きしめられた。俺の不安を感じ取って、精一杯に慰めてくれてンだ。自分のことよりも、俺のことを心配して……。 「……シュート、ごめん」  何に対する謝罪なんだろ。痛みに気付けなかったこと、慰められて情けないこと、過去を癒してやれねえこと、これからどうやってお前を守ったらいいのか、分からないこと。その、全てだ。 「ごめんな……」  シュートの胸で泣いてると降りてきたオーサーに「連れて行くか、様子を見るか、お前が決めろ」と言われた。 「……」 「コイツの今の保護監督者はお前だ。 お前の決定に全面的に従う」  この選択が、シュートの今後を大きく左右するかもしれない。そう考えたら、どっちも選べなくなった。でもオーサーは何も言わないでいる。俺の決定を待ってる。 「……病院に、行こう、シュート」  そうすることで、また辛い思いをさせるかもしれない。でも、どうしても、シュートを失う未来だけは耐えられなかった。

ともだちにシェアしよう!