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番外編◆初期構想の世界のBOX 30

【初期構想の世界のBOX 30】 ▼二人でいれば、大丈夫  かんかん照りの日差しの下、スクーターに二人乗りをして、シュートをスラム街へ連れて行く。リディアはニコニコと並走してて、オーサーはそんなリディアが背負うリュック型のイスみたいなのに腰掛けて偉そうにしてた。 「なんだよそれ」 「特注品だ」  言いたいことは色々あったが、もういい。コイツらが変なのは今に始まったコトじゃねえし。 「……シュート、暑くないか?」  チラッと後ろを振り返ると頬にキスされた。慣れない場所に向かってるのに、落ち着いてるみたいだ。 「前を見て運転しろ」 「分かってるよ」  きちんと舗装されてないコンクリートはガタガタで、油断するとひっくり返っちまう。  ***  15分くらいでスラムにある病院に着いた。病院というよりは……テナントビルだ。飾り気の無い真四角の建物の側面には縦に長いテナントの看板が張り付いていて、かつていくつもの店や病院が入っていたと分かる。でも今はどれも割れてたり、抜き取られたままになってたり。 「ここなのか?」 「ああ、腕は確かだ」  迷いなく歩いて行くリディアの背中を追って「こっちだ」とシュートの手を引いて歩いた。ここの医者は医師免許があンだかどうだか、とにかく犯罪者でも診てくれるし、まあ信頼できるらしい。オーサーが言うなら信じるしかない。 「……シュートを、拘束する必要は?」  怖がって暴れる可能性があるシュートを医者に診せるには、それが条件なんだと過去に聞いたことがある。でもオーサーはリディアの背中でしばらく黙ったまま腕を組んで、小さく「交渉する」と呟いた。  ここで待て、とヒビ割れたガラス扉の手前で待たされて、オーサーだけが中に入る。リディアは騒がしくするから1時間ほど散歩してこいと言われて元気に飛び出してった。 「シュート、しんどくないか?」 「……」  しばらくして薄暗い受付に白衣を着た気だるそうなおっさんが現れた。アイツが医者か。最初、シュートの姿を見た医者は渋っているようだったが、オーサーが何か言って、少し悩んだ後にこっちを向いて手招きをする。中に入るとオーサーに鋭く睨みつけられた。 「……茶太郎、お前がいれば平気だな」 「え?」 「そいつは、お前がいたら絶対に暴れない。 そうだろう」  頭を縦に振れ、という圧力を受けて俺は思わず頷いてた。え?それって、つまり……このままの状態で検査してもらえるってコトか? 「……じゃあ早く入りなさい」 「え、あ……ほら、シュート」  ここに来たら取り乱すんじゃないかって、めちゃくちゃ心配してたんだけど、シュートはケロッとして大人しく俺の誘導に従ってくれる。その様子に医者も半分疑うように片眉を上げながら、文句は言わなかった。  診察室で丸イスに座らせてもシュートはじっとしてて、目に光を当てられたり、胸元に聴診器を当てられても大丈夫そうだ。 「……大人しいね」 「ああ、最近はすっかり落ち着いてきた」  医者の心底意外だという態度、怯えている看護師たち……過去にここへ来たシュートが一体どれほど暴れ倒したのか、想像に難くない。隣に立ってる俺を見て「その人は?」と訊かれる。 「シュートの精神安定剤だ」  パートナーでも保護者でもなく、薬呼ばわりかよ。でもまあ、そんな感じだからいいや。目眩がするのか、シュートの頭がグラグラしてるから引き寄せて胸元にもたれさせた。 「……うん、そう心配は無さそうだ。 望むなら精密検査もするけど、その人が付き添えない検査では麻酔で眠ってもらう」 「脳障害の可能性は?」 「おかしな痙攣はどこにも見られないし、瞳孔の動きも正常。 フラフラはしてるけど、顔に触ると目を閉じるし、口もちゃんと閉じてる。 突然意識を失うようなことは?」 「歩けるようになってからは無いな」  この人の|特性《聴覚異常など》を鑑みるに、音の刺激による過負荷で一時的な失認状態になっていると見るのが自然だと医者が言う。 「精密検査のご要望は?」  ついオーサーに判断を委ねようとしちまったが、逆にじっと見つめられた。そうだ、俺が決めなきゃならねえんだ。 「……いえ、様子を見ます」  そう答えると、それが良いでしょうと医者にも頷かれた。窓口で内耳の血流を良くする薬を処方してもらって帰路につく。スクーターを走らせてると、背中にくっついてくるシュートの体温があったかい。真夏で、汗だくだったけど、どうだってよかった。  仕事が休みの間にアジトの整理と模様替えをしよう、なんてつもりが、とんだ休暇になっちまった。まだあと10日あるけど、あんまガタガタ騒がしくしないで、シュートと穏やかに過ごそうかな。  ジオラマを組み立てながら、ソファで横になってるシュートの穏やかな寝顔を盗み見る。 「それにしても、よくも戦闘力を削ってくれたな」 「なあに?兄さん」  犯罪情報でも探ってるのか、リビングのテーブルで紅茶を飲みながらオーサーは新聞を眺めてる。ありゃ"暇つぶし"だな。物理的に読む真似事をしてるだけで、実際は見た瞬間に脳内に記録されてンだから。 「お前が犬笛を吹いたせいで、シュートが行動不能になったんだ。 きちんと理解しておけ」 「なんにもならなかったよ?」 「俺たちの耳では聞き取れない音が鳴ってるんだ。 いったいどのくらい吹いた」  まあ、もう捨てたからまた同じことになる心配はあんまりねえけど、俺も興味があったから聞き耳を立ててた。 「あのね、こんなかんじ! ぴーーーーーーーーーっ」 「お、おい、よせって!」  慌ててシュートに駆け寄って耳を手で覆う。というか、長い。10秒くらいは継続してた。そりゃ倒れもする。 「うるさい、黙れ」  オーサーはリディアを階段に連れ出して説教してるみたいだった。なかなか難しいかもしんねえけど、甲高い爆音がシュートには危険だってことだけ、覚えてくれたらな……と思う。 「平気か?」 「……ん」  小さく返事みたいな声が聞こえた気がして胸がギュッてなったけど、プレッシャーを与えないように大袈裟に反応しないよう努めた。

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