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三十一話 晃だから

 駅の西側は、裏寂れた雰囲気の路地があり、そこは小さな歓楽街エリアになっている。いわゆるガールズバーとかスナックとか、そういう店の他に、何年前からあるのだろうと思う、レトロな風俗店。さらに奥に、ホテルがある。中に入ってみれば、思ったよりも清潔な内装で、ちょっとだけホッとする。  慣れた様子で部屋を選ぶ晃を横目に、次第に緊張して、バクバクと心臓が鳴る。何しろ、先日のラブホ事件は、オレには抱かれるつもりがなく、その場所へ行ったのだ。そういえば夕暮れ寮ラブホ化計画(馬鹿)はどうしよう。と、関係ないことを考えて、緊張を誤魔化す。 「行こうか」 「う、うん」  エレベーターに乗り込む。なんとなく二人の間が少し空いているのは、緊張からだろう。晃も、表情が固い。耳は真っ赤で、手が白くなるほど強く握っている。 「ここ、みんな使ってそう」  と、晃が呟く。確かに。他に近くにホテルはないし、寮の仲間が使うならここかもしれない。そんなことを考えるのは、やはり緊張のせいだろう。 「鉢合わせ気まずいな」 「それな」  微かに笑う声が、震えている。それから、急に黙る。  晃が「スゥー」と息をするのが、なんだかおかしかった。  部屋のドアを開け、室内に入る。ホテルの内装は、拍子抜けするほど普通の部屋だった。先日行ったラブホテルのように、あからさまな装飾やライトはないホテルのようだった。  ガチャン、扉が閉まる音がして、思わずそちらに視線を向ける。晃が腕を引っ張り、オレの身体を抱き締めながら壁に押し付けた。抗議の声は、晃の唇で塞がれた。ビクッと肩を揺らす。濡れた舌が侵入する。 「んぁ、晃……」  晃の手が、俺の髪を撫でる。地肌に指が触れる感触に、ゾクリと皮膚が粟立った。舌を絡め、唇を吸う。服越しだというのに、体温があがるのが解る。心臓が、痛いほどにバクバクと脈打っていた。今から、オレ、するんだ。晃と、本当にエッチするんだ。  そう思うと、緊張で胃がきゅっとなった。 「あ、あき……、シャワー……」 「待てない……。それに、陽介が冷静になったら、ヤだ」 「なんっ……」  んむ。晃が噛みつくように深く口づけて来た。そのまま、キスをしながらじりじりとベッドに近づいていく。ぽふんとベッドに押し倒されても、キスは続いたままだった。 「っん、ちょ、おま」  性急なキスに、文句を言いたかったが、唇を塞がれていては声も出ない。晃の手が、肩からジャケットを剥いでいく。 「ちょ、落ち着、こらっ……」 「陽介、ずっと、好きだったんだ」  切羽詰まった顔をして、晃がそう言って額をくっつけて来る。切なそうに顔を歪める晃に、胸の奥がきゅうっと疼いた。 (そんな顔、ズルい……)  文句が言えなくなってしまう。  俺は晃の背に腕を回し、ハァとため息を吐いた。 「……オレも、好きだよ」 「陽介」  息を詰まらせ、晃が呟く。すん、と鼻を鳴らして、目元を赤くし、今にも泣きそうだった。  思わずフッと笑って、鼻先にキスをする。 「泣き虫」 「うるさい」  さっきから、晃の泣き顔ばっかり見ている気がする。バカで、おかしなヤツだけど、可愛いと思ってしまうのは、惚れた欲目というヤツだろうか。  唇を貪りながら、服を剥がしていく。二人の間にあるものが、邪魔であるかのように、もどかしい気持ちと共に脱ぎ捨てていった。  互いに、一糸纏わぬ姿になる。  思えば、こうやって生まれたままの姿でベッドに入ったことが、始まりだった。  あの時はイタズラだったけど。今度は本当に。  ドクン。心臓が脈打つ。晃の黒い前髪から覗く瞳は、熱っぽくて、どこか色気がある。発情しているって、こんな感じなんだ。オレも、こんな顔してるんだろうか。  ハァ、と息を吐き出し、晃の手のひらが胸を撫でる。何もない、平たい胸を、晃は得がたい宝物に触れるみたいに、丁寧に扱った。  震える唇で、皮膚に触れる。鎖骨に唇を寄せ、ゆっくりと滑らせる。胸、腹。へその下。敏感な箇所に触れられ、ピクピクと身体が跳ねた。 「あっ……」  思わず口を手で覆うと、晃が「我慢しないで」と囁く。 「寮じゃないから、声、聴かせてよ」 「――っ、あの、なあ……」 「陽介が感じてくれてるって、実感させて」  そんな風に言われて、断れる奴なんかいるんだろうか。本当に、ズルい。 「晃だけ、だからな……っ」  こんなことを我慢できるのも、晃だからだ。お前だから、全部さらけ出せるんだ。  オレがそう言うと、晃は心底嬉しそうに微笑んだ。

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