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第27話 結びの儀式
魔王の予想通り、日を置かずにハネシアが魔王城にやってきた。
得意げに口端を上げるハネシアの隣で、大天使アレイラが申し訳なさそうに頭を下げた。
「この度は、私の余計な振舞が魔王様にご迷惑をおかけいたしました。お詫びの仕様もございません。本当に申し訳ございませんでした」
事の発端はアレイラだから、そうですねと言いたいところだが。
ハネシアの迷惑行為へのお詫びとして骨を折ってくれたわけなので、無碍にも出来ない。
というか、アレイラの気苦労が気の毒になる。
「別に迷惑ではないよ。けど、今後は控えてもらえると助かるかな。前にも言ったと思うけど」
チクリと嫌味を刺してみた。
それに、アレイラの気遣い自体は迷惑ではない。
迷惑なのはむしろ、隣で得意げに顎を上げるハネシアだ。
「だけどさ、ウチの小天使を堕天使にしてくれちゃったのは事実だよね」
「ですから、ハネシア様。それは私の落ち度であって、魔王様は被害者ですから」
「アレイラは黙っててよ」
ハネシアにぴしゃりと言い切られて、アレイラが口を噤んだ。
今回ばかりは自分がきっかけなので、強く出られないらしい。
「シリウスの代わりを貰わなきゃ、でしょ。天上だって天使不足なんだ」
「それなら、ユーリをあげるよ。地上じゃ大陸一の大魔導師だった子だから、大天使になれるくらいのポテンシャルはあると思うよ」
予想通りのハネシアの要求に、予定通りの返答をする。
「ユーリは前から打診してた子だよね。もらう予定だった子だ。それだけじゃ、足りないよ」
案の定、上乗せを要求してきた。
「なら、シリウスとトビーをセットで天上に戻すよ。シリウスは、トビーと同じでいられれば、何でもいいらしいから。ハネシアの神力で、戻してあげたら?」
「それは無理だよ。人を殺して喰らった堕天使は、天使には戻せない。別の子をくれなきゃ」
ハネシアの言う通り、生存目的以外で血肉を喰らう行為や殺しは、強い穢れを受ける。
強すぎる穢れを受けた魂は、二度と天上へは上がれない。まして、天使になど戻れない。
(ダメ元で言ってみただけだから、別にいいけど。トビーだけなら、天上に行けただろうな)
トビーに対して、あれだけ強い執着を見せているシリウスだ。
シリウスからトビーを取り上げたら、どんな暴挙に出るか、わからない。
「ハネシアは、誰が欲しいの?」
答えの知れた質問をする。
ハネシアが玉座を指さした。
魔王の隣に立つシャムル、ではなく。
「ヴェルが欲しい」
ハネシアが、魔王を指さした。
「それは無理が過ぎます。というか、失礼すぎます、ハネシア様!」
流石に耐えられなかったのか、アレイラがハネシアを制止した。
「どうして? 出来ないことじゃ、ないだろ」
ハネシアが当然のように言い放った。
「魔王様が欲しいと言われましても、魔王様が天上に上がることなど、できるのですか?」
シャムルが疑問を投げる。
ハネシアが得意げに笑んだ。
「管轄する場所を変更すればいいんだ。今のヴェルは常闇の神として、この世の闇の総てを治めているけど。天上で僕と同じように愛や平和、裁きや制裁なんかを司る神様に鞍替えすればいいんだよ」
尤もらしく強引な提案をしてくれるものだと思う。
シャムルにずっと隠してきた肩書も、あっさりバレた。
「常闇の神ヴェルヴァラントが僕と一緒に天上に来てくれたら、他の奴隷は要らないよ」
良い笑顔のハネシアを観ていたら、苛々した。
苛つくなんて、何千年振りだろうか。
「いいよ」
「ヴェルがいなくても魔国はランドールがしっかり統治してくれる……って、え? 今、良いって言った?」
ハネシアが驚きの目を向けた。
アレイラの顔が引き攣っている。
「だから、いいよって、言ったんだ。ただし、条件がある。この場で魔王の核を光属性に変えられたら、一緒に天上に行ってやってもいい」
ハネシアが真顔で、ごくりと唾を飲んだ。
「どのみち、属性を変更しないと天上には上がれない。魔を統べる常闇の魔力は地上と地下にのみ存在できる。ハネシアが魔王を光属性にできなきゃ、叶わない条件だよ」
「そんなの、交換条件にもならないくらい、簡単だろ。ヴェルだって同じ神様なんだ。できないわけがないって、わかってるよね?」
かえって混乱した顔で、ハネシアが身を乗り出した。
「ふぅん。なら、どうぞ」
魔王はシャムルの背中を、ぽんと押した。
シャムルが前に出て、ハネシアに一礼した。
「なんだよ、今日はお前に用はないよ。僕とヴェルの会話に出しゃばってこないでくれる? 目障りなんだよ」
「大変恐縮ではございますが、魔王様の核は、ここにありますので」
シャムルが自分の胸に手を当てた。
「は? なんでお前の胸の中に、ヴェルの核があるんだよ」
「シャムルの核と魔王の核を、入れ替えた。結びの儀式をしたからね」
魔王の言葉に、ハネシアの顔が見る間に蒼褪めた。
「結びの儀式って、核を繋げたってこと? そんな、そんなの……」
ハネシアの顔が真っ赤になって、目に涙が溜まった。
「ハネシアはシャムルを欲しがるだろうと思っていたから、奪われないために対策したんだよ。まさか、魔王が欲しい、っていうとは思わなかった」
「だからって! 核を繋げて交換するなんて、命を共有するのと同じじゃないか! 一つの魂を、二人で使うようなものだ。そんなの……」
ボロボロと涙を流すハネシアの肩を、アレイラが宥めた。
「もう理解できましたでしょう、ハネシア様。ヴェルヴァラント様が如何にシャムルを大事に思っているかを。そこにハネシア様の付け入る隙はないのだということも」
結構、残酷な真実をはっきりと伝えたなと思った。
「結びの儀式なんて、天上の神である僕じゃ、絶対無理じゃないか。狡い、狡いよ」
ハネシアが見た目の通り子供のように駄々をこねて泣いている。
なのに、可哀想だと思わないのは、何故だろう。
「天上の神とか、そういう話でもないんだけどね」
単純にハネシアが苦手なだけだ。
それを伝えたら、きっともっと泣くから言わないでおいた。
アレイラが困った顔で笑んだ。
「帰りましょう、ハネシア様。次は素直に、ご迷惑をおかけしないように、魔王様の所に遊びに来ましょう」
「遊びには、来るんだね」
魔王なりに気を遣って、小さな声で小さな苦言を零した。
「しかし、小天使が一人消えて困るのも事実です。ユーリを譲り受けても、よろしいでしょうか?」
「いいよ。本人も喜んでるから。魔族より天使に憧れるんだって」
そもそも大魔導師として栄誉を欲していたタイプの人間だ。魔族より神に威光を感じるんだろう。
更に魔王城には、自分から裏切ったランドールや弟子だったシャムルがいる。
ユーリにとっては居づらい場所なんだろう。
「それでは、奴隷を一人もらい受けてお暇致します。この度は、ご迷惑をおかけいたしました」
スンスン泣いて目を擦るハネシアを、アレイラが抱きあげる。
深く一礼すると、二人の体が光に包まれて消えた。
思ったよりは面倒にならなくて良かったと思いつつ。
知られたくない事実をシャムルに知られた。どう誤魔化そうかと、珍しく悩む魔王様でした。
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