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第12話 束の間の安息

 フートを守る戦線が持ち直したと伝令が来た。増援が着き、大量の兵が投入されてまた相手軍を押し返し始めたのだ。 「調子はどうだい」 「大丈夫です、心配しすぎだって」 「太陽の光に触れると死ぬって聞いたことがあるよ」 「そんなにヤワじゃない。まあ、少しくらい問題ないよ」  まあ寿命は確実に縮むだろうけど。呟いていちは外を眺めた。暗闇の向こうに海が見える。その向こうで、アラタは今も戦っているのだろうか。 「俺、どうしたらいいのかな……」 「僕に言わせればね、さっさと首都に戻って人の幸せを掴めばいいんだと思うな」 「あの家の子になれば人並以上の幸せを体験できるだろうね」  バーンハードとの会話は心地良かった。何も気負わないで話せる。心を開かせる不思議な力でもあるみたいだ。 「あの、大佐」 「ハルドでいいよ、大佐は堅苦しいし、名前は長いし」 「じゃあ、遠慮なく。ハルドさん」 「なんだい」 「俺……やっぱりフートに行きたい」  バーンハードは分かっていたように笑っていちを見つめ、仕方が無いなと立ち上がった。そしていちのベッドの端に手紙を置いて立ち去って行く。 「あの……」 「いいんだ、アラタに嫌われるのは慣れてる」  悪者になってあげるよ、と言い残してバーンハードは病室を後にした。  いちは恐る恐るその手紙を手に取る。宛先は書かれていなかった。  いちは文字が読めなかった。だが、その手紙を見ていると悲しくなって涙が出た。 「……どうして」  ――どうして。こんな風にしかなれないんだろう。  手紙の中に「北葉月」という文字を見た。いちが読める数少ない字だ。きっと、そこにはいちのことが書いてあるんだろう。いちにもそれはわかった。 「う……」  それ以上この手紙を見ていたくなくて、いちはベッドに潜り込んだ。  明日、海軍の船が出るらしい。支援物資と、援軍が送られる。いちもそこに乗り込む予定だった。  バーンハードは良くしてくれる。いちのこともすごく可愛がってくれた。ここで養生したこのたった2日間、いちは初めて親に甘えるような心地を体験した。  本音を言えば、ずっとここにいたい。戦場に戻るのはもちろん怖かった。だがアラタを対岸に残して首都に戻ることなどできなかった。その上、アラタが得るはずだった北葉月家での幸せを、自分が横取りするなど。 「迷っているのかい、いち」  バーンハードはいちのことを大切に思っていた。アラタが託したからかもしれない。まだ幼いのに人並みに生きられなかったことを不憫に思ったからかもしれない。子供の頃からの大親友が、自分にヤモクの血が流れていると悩んだ時期があったからかもしれない。 「俺は、大きなことを言ったところで結局、臆病な卑怯者なんだ」  いちはアラタの手紙をバーンハードに押し返して立ち上がった。 「戦うのはもう嫌だ」 「いち、皆そうなんだ」 「その手紙、読めないけど、アラタが家族に宛てたものだろ。ちゃんと届けてくれ」 「読まなくていいのか?」 「何度も読んだ」  意味はわからない。けど、全ての文字の形を覚えてる。いちはそう言ってバーンハードに敬礼して見せた。 「八代バーンハード閣下、ユ国陸軍第十三大隊第三中隊ヤモクのいち、フート島防衛戦線に復帰いたします!」

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